マネージャーの章 其の三 億を動かす男(前編)

「お前らも『ふわふわり』食べて、ふわっとしようぜ!」

「はいカット!OKでーす!」

 何がOKだよ……『ふわっとしようぜ!』って『お菓子な薬』かよっ。誰だ、考えたヤツは?これマジで全国放送のCMで流すんか……

「あ、美羽さんお疲れ様でした!」

「お、おう」

 大園美羽おおぞのみうちゃんは、一瞬目を泳がせた後、クールビューティーを気取って見せた。無事に撮影を終えても安堵した表情は見せない。姉さんキャラ通り、堂々とした態度だ。勿論、NG無しの一発OK!決して努力を惜しまない、真面目な彼女の賜物だ。まぁ、出会ったばかりなのでよう知らんけど……でも、間違いないだろう。


 それは、楽屋へ戻る為スタジオの廊下を歩いている時だった。

「あら?大園さんじゃない?!」

 声を掛けてきたのは、別事務所の先輩アイドルグループ『すいーとホイップ』の青木あおきかのん。歌番組は勿論、バラエティでも引っ張りだこ。テレビで観ない日は無い程の人気アイドルだ。美羽ちゃんと同じ関東のアイドル、デビューしてから4年『関東アイドル人気投票』で、第2~3期『なな色イルミネーション』のエリア代表を抑え、4年連続1位を樹立していた。が、しかし……5年目にしてその記録は途絶えた。そう、第4期『ななイル』の大園美羽ちゃんに1位の座を奪われたのだ。


 イヤめっちゃ気まずーい。


「デビューして1年も経たずにソロでCM?流石は天下のDAIKIプロダクション『なな色イルミネーション』ねぇ。なんと言っても……大園さんは1ですものねぇ」


 ハイ、キタコレー。

 うん、分かるよ、分かる。確かにキツいよね。これ人気商売の辛いトコよね!何だかなぁ……。でも、何卒なにとぞ穏便にお願いします。

「……まぁ、なんて嫌味を言っても仕方ないか。私もまだまだ負けないぞ!大園さん」

 オィイイ!かのんちゃん、めっちゃイイ人じゃん!そりゃ人気ありますわ!!フゥー、ひと安心。


「あれ?かのんちゃん、それに大園ちゃん?あらまっ!1位2位が揃って談笑とは奇跡的だねぇ!」

 イヤ、オイッ!!何言ってんだよジジイ!!○すぞ!!てか誰だよ?

「と言っても、大園ちゃんは初対面だよね?僕、苑田秀雄そのだひでお。知ってるよね?宜しく」

 そ、苑田秀雄ォ?!日本映画界を代表する監督のひとりじゃないですかぁ!!

「苑田監督、おはようございます!あ、来春の件よろしくお願い致します」

「かのんちゃん、丁度良かった。あれ?その映画主演の件、事務所から聞いてないの?」

「え?っと、ウチの社長からですか?私はまだ何も……」

「あちゃー!参ったな。その件さ、。ていうか、だわ」

「え……?何で、どうしてですか?私、役作りの為に髪も短くしたのに……冗談ですよね?」

「イヤ、ホントホント。何だよ、かのんちゃんの事務所、横の繋がりどうなってんの?酷いね、髪まで切ったのに。恨むなら自分トコの社長にしてくれよ?」

「そ、そんな……」


 こりゃあ気まずい。聞かなかった事にしよう。さ、長居は無用だ!

「美羽さん、ボクたちはこの辺で……」

「おい、待ちなさい。大園ちゃんに話があるんだよ!てか、キミは誰?みたいなキミ」

 ハイ出たー。てか、会う人皆が言ってくるけど、そんな似てんの?それいじめだかんね?

「初めまして。新しく『なな色イルミネーション』のマネージャーを勤めさせて頂いておりますあで

「マネージャー?!タイミング良いね、キミ!実はその映画の主演、大園ちゃんを起用したくて、ダイキ社長に連絡しようと思ってたところなんだ」

「……えええっ!何だって?!あと、まだ苗字の途中な」

 かのんちゃんと美羽ちゃんは顔面蒼白で視線を合わせていた。

「何だ『ええ』って?僕が監督する映画の案件などそうは無いぞ。新人のくせに最高のマネジメントになるだろ!感謝して欲しいな?それとも何か?断るの?」

「え?!イヤ……あ、イヤってその嫌じゃなくて、断るなど滅相もないのだがでござりまするが……えっと、何と言いますか」

 苑田監督は、ボクの視線が一瞬かのんちゃんに向いた事を見逃さなかった。

「ああ、かのんちゃんに……ね。気まずい?新人君、ひとつ教えてあげるよ。飛び上がって喜べ。優越感に浸れ。を見下してやれ。ここは、そういう世界だ」

 確かに、言っている事は分かる。でも、『負け犬』とか『見下す』とか、それは違うだろ?何を楽しそうな顔してんだジジイ?

「オイ!その目は何だよ新人?どうせしょうもない給料で不味い飯食ってんだろ?こっちはな、動かしてんだよ!僕に向けたお前の生意気な目つきで、その金が飛ぶ事もあるんだぞ!代償出来るのか?」

「しょうもない?イヤ、ウチの社長頭お菓子いんで、高校中退のボクに月25万ッスよ!流石に頭にきて、ようやく月20万まで落として貰いましたよ。全く常識が無いよ、彼は」

「いやお前もな……」

「ちょっと待って下さい!私、大園さんより何倍もキャリアがあるし、お芝居で賞を頂いた事だってあります!なのに、どうして?」

「はぁ?かのんちゃんさ、実力や実績があるのは勿論認めてるよ。でもさぁ、『人気落ち目でギャラが高いアイドル』と『人気急上昇中のギャラが安いアイドル』……キミならどっちを使う?僕、間違ってるかなぁ?」

 かのんちゃんは口を閉ざした。真っ青になって俯く彼女の顔は、とてもじゃないが見ていられない。しかし、このジジイが言っている事は間違いでは無い。もしボクが監督だったら、やはり後者を選ぶだろう。

 だが、このジジイ……何か胡散臭い。正論を述べている筈なのに、どうも気持ち悪い。かのんちゃんの反応にも違和感がある。単純に落ち込んでいるようには思えない。


 臭ぇ……なんか、こう、臭いますよ。














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