マネージャーの章 其の二 デビュー戦『大園美羽』

艶島 斗威あでしま とうい18才。トレードマークは青いフレームの眼鏡。特技はラノ……特技はありません!よっしゃっしゃース!」


 12月28日

 遂に、ボクってば所謂いわゆる業界の人になった。何故なのか……。あの夜、ダディの以外の理由が判明した。『なな色イルミネーション』のマネージャーは数人体制なのだが、杜宮もりみやのんちゃん以外の奴らが年末年始を苦に一斉に辞めやがったのだ……。


 マネージャーの仕事は激務。担当のタレントをメディアに起用して貰う為、テレビ局や出版社に交渉。流行ハヤリモノや人気のSNSをレクチャーして、ファン層以外から更なる人気を獲得する。個々の性格やビジュアル、キャラクターを活かした仕事をひたすら探し回る。マネージャーは、タレントをサポートするえんの下の力持ち、簀子すのこの下の舞なのである。あくせくしても、苦労が報われない事も多々ある。しかし、努力が実りタレントと喜びを分かち合う瞬間は、言葉に表せない程素晴らしいのだ!……知らんけど。


 ボクのデビュー戦、栄えある1人目のメンバーは、メンバーカラーイエロー、関東エリア代表『ななイル』のクールビューティー『大園美羽おおぞのみう』愛称『美羽姉さん』メンバーで唯一、『けやきファン』を『オマエら』と呼ぶヤンキーキャラなのだ。


 本日はチョコレート菓子のCM撮影。美羽姉さん、ソロのお仕事。頼りののんちゃんは別の現場。ボクってば、おひとり様での初仕事となった。のんちゃんいわく『ななイル』メンバーは皆イイ人ばかり、直ぐに打ち解けて仲良くなれるとの事だが……。ボクってば、圧倒的にあぐちゃん推し。だがしかし、『ななイル』の箱推しでもある。直接対面し舞い上がったりしないか、自分自身の心配の方が大きいのだ。


 イザ、楽屋へ!

 コンコンコンッ

「失礼しやっス!」

 うおおおっ!艶のある長い黒髪、色白でスレンダーの長身、18才おないどしなのに色気さえ感じる!

「ボ、ボクってば、新しく『ななイル』のマネージャーになりました艶島 斗威あでしま とうい18才。好きな雑草はペンペン草です。よっしゃっしゃース!」

 ……チラッ……すんっ

 えええっ!チラ見しただけで挨拶は無し。威風堂々、長い足を組み椅子に座っている。手にはパックのオレンジジュース、ストローを口に加えて上下させている。


「あー、えっと、早速ですが今日の段取りを確認しまっス。まずはAスタジオでグリーンバックの撮影です。雲のように軽いチョコレート『ふわふわり』のイメージで、美羽姉さんが雲の上を飛び跳ね……え?」

 えっと……何故、二本指をこちらへ向けていらっしゃる?イヤまさか……

「あの、美羽姉さん18っスよね?煙草タバコは良くないんじゃ」

「アタシがこうしたら、チュ○パチャプ○だろうがっ!」

「ヒィィッ!スミマセンスミマセン!」

 棒付きの飴かよっ

 えっと、ドコだ?よし、あった!

「ど、どうぞ……」

 美羽姉さんの指の間に飴を挟み、段取りの説明を再開した。のんちゃん、本当に皆イイ人なのか……?前途多難じゃね、コレ?


「えー、その後はBスタジオでイメージキャラのフワリ君との撮影で……」

 コンコンコンッ

「大園さん、スタジオ入り時間です。よろしくお願いします!おい、新人!さっさと動けよ、時間押してんだよ!」

「あっ!ス、スミマセン!急ぎます」

 ったく、何でこの業界はいつも時間押してんだよ?だから皆ピリピリイライラしてんだろうなぁ。


 撮影は順調に進んだ。美羽姉さんはどんな事もそつ無くこなす。楽屋ではあんな感じだったが、きっと台本を何度も読み返し、撮影に挑んでいるのだろう。NGは一度も無かった。『ななイル』のコンサートでも、歌詞や振り付けを間違えるのを見た事が無い。かなりプロ意識が高い、仕事熱心な人のようだ。

 午前中の撮影が終わり楽屋へ戻った。ボクは、美羽姉さんと弁当を食べる事になった。


「ん」

「え?」

 美羽姉さんは、ボクの目の前にペットボトルのお茶を突き出した。

「あ、自分の分あるんで大丈夫です」

「……違うだろ。フタを開けろ」

「え……あ、スミマセン」

 クハァ、それくらい自分で開けて欲しいよ。まさか、こういうのもマネージャーの仕事なんか?

「はい、どうぞ」

「おう」

 フタを開けたお茶を渡すと、ボソッと返答してきた。なんだソレは?『ありがとう』って意味なんか?まぁいいや。さて、早いとこ食べないとまたスタッフに怒られてしまう。

「いただ……き」

 え……?今度は、目の前に弁当を突き出された。何?何なの?『あーん』すればいいの?ワケ分からんのだが……

「輪ゴム」

 輪ゴ……イヤイヤそれくらい自分でやれよ。ちょっと美羽姉さんの印象が悪くなってきたわ。

 輪ゴムを外し、念の為フタも取って弁当を渡した。ったく、『けやき』が知ったら応援減るぞ。まぁいい、さっさと食べるか。

「いただきま……」

 えっと……美羽姉さん、割り箸をボクの頬をグイグイと押し当ててるのは、まさか……ですよね?

「あのぉ……」

「割れよ、分かるだろそれくらい」

「……」

 ふぅ〜。落ち着け、ボク。これもマネージャーの立派な仕事なんだ。大した事じゃないし。そうだよ、ボクってば、温厚なタイプでしょうが……

 ……

 ……

「って、ちょっと美羽姉さん!これくらい自分でやったらどうなんです?いくら何でもこき使い過ぎだろ?オイッ!!」

 し、しもーた……ついキレてもーた。

「あ、あのスミマセン!ボクってば初仕事なもんで!あ、割ります!自分に、割らせて下さい!」

 ……って、俯いてプルプルしてるのだが?長い髪で表情見えんのだが?ヤバいっしょ、コレ。嗚呼ああ……完全にブチ切れてるわなコレ。


「う、うう……うえーんっ!!」

「え……?え、え?いや、ちょっ……泣っ」

 めっちゃ泣いてるぅ!!ちょっと何なん?何が起きた?ヤバい、ボクの方がパニックを起こしそうだ!とにかく泣き止ませねばっ!

「ああ、あの、スミマセン!ちょっと大きな声が出てしまって……申し訳ございません!」

「うえーん!うう、うえーん!」

 ちょっ……過呼吸とか起きちゃうから!どどどどうしよう??

「ああ、ス、スミマセン!ボクが悪かっ」

「……ヨシヨシして」

「え……?ヨシヨ……」


 ボクってば、初仕事で緊張してた。神経がビンビンになってた。だがしかし……今は冷静だ。冷静なハズだが、何故か『ななイル』のクールビューティーにヨシヨシしている。


 ……ナニコレ?


 暫くして、美羽姉さんは泣き止み落ち着きを取り戻した。

「あのぉ……スミマ」

「ごめんなさい!あの、アタシ……本当は、クールじゃないんです。でも、キャラを崩しちゃイケナイと思って、つい失礼な事を……うえーん!」

「ドゥワッチ!あああ、大丈夫です!全然大丈夫なんで!泣き止んで下さい!」

 ボクってば、再び彼女にヨシヨシするのであった。大園美羽は……泣き虫ちゃんだったのだ。再び落ち着きを取り戻すと、失礼な行動についてを説明してくれた。

「アタシ、ペットボトルのフタ……開ける力も無いんです。ぐすんっ」

「え、イヤイヤ。そういう女子、結構いるみたいだし!ねぇ?!」

「それと、輪ゴム……パチンッてなるの、怖くて。割り箸も真っ二つに割れず……ぐすんっ」

「あー、そうだよね!輪ゴム怖ぇよね?割り箸もそうなるよね!ボクも中々上手くは割れないっスよ!アハハッ」


 ク……クッソ可愛い!!これがギャップ萌えってヤツか!ヤバい……落ち着けボク!マネだ、ボクってばマネージャーなんだ!美羽姉……美羽ちゃんの秘密をバレないようにしなければ!


艶島あでしま君、優しいんですね」

 美羽ちゃんは、長い黒髪を指でクルクルしながら、頬を赤く染めていた。よう分からんが、ボクのマネージャー意識は初日から高まった。





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