お手伝いさんの章 其の十五 あぐちゃん風邪でダウン。ボクはノックダウン

『アイドル』……それは憧れの存在。歌い、踊り、その笑顔で皆の心を温かくしてくれる。ファンたちは皆、グッズを買うためにアルバイトに精を出したり、コンサートへ行く為に貯金したり、SNSを通じて友達が出来たり……華々しい彼女(彼)らは、正に偶像アイドルなのだ。だがしかし、それは裏で本人たちのとてつもない苦労があるからだ。厳しいレッスン、歌やテレビの収録、雑誌等の撮影やインタビュー、握手会にコンサート、その他に個々の仕事もある。私生活で学校へ通う者だっている。


 だから、ボクってばアイドルが大好きだし、リスペクトしているのだ!


 12月上旬、凍てつくような潮風が砂浜に吹き荒れる。そんな中行われるのは、来夏の水着グラビア撮影。有りもしない真夏の太陽を感じてはしゃぐ杜宮もりみやあぐ。連日の過密スケジュールのトドメがコレ。最後の力を振り絞って撮影に挑み、体力も気力も尽きたのだろう。

 翌日、風邪をひき高熱を出した。本人は大丈夫だと強がるが、流石に事務所は休息を取らせた。


「じゃあ斗威とうい君、お姉ちゃんをお願い!行ってきます!」

「うん、任せて!行ってらっしゃい!」

 事務所のお手伝いに出掛けたのんちゃんの代わりに、ボクってばあぐちゃんの看病をする事になった。うーん、こんな時はお粥しかないよな。食べてくれるといいけど。シンプルな薄味の玉子粥。まぁ、しゃーない。


 ハッ!ボボ、ボクってば女子の部屋に入るの初めて!!しかも杜宮もりみやあぐちゃんの部屋とか……どうしよう、緊張してきた。とりあえずノック……コンコンコンコンコンコンッ

 しまった!手が震えて連打してもうた……

 寝てるかな?起きてるかな?ちょっと覗き見。そろーり……


「起きてるよ」

「ヒィィィ!!ごめんなさいごめんなさい!覗き見したけど覗きじゃありません!!」

「分かってるよ、フフッ。どうぞ、入って」

「し、失礼します!」

 おおおっ!!

 あぐちゃんの部屋は、メンバーカラーの青を基調としていた。青いカーテンに星や月の絵柄。絨毯も青色。布団も青色だ。棚の上には、恐らく『けやき』(ファン)にプレゼントされたのであろう、ぬいぐるみや飾りが綺麗に並んでいる。

 一方、あぐちゃんは真っ赤な顔で荒い息をしている。まだ熱が下がらないようだ。


「あ、玉子粥作ってきたんだけど、食べれそう?」

「うん」

 いつも明るく元気なあぐちゃんだけど、流石に言葉数も少なく、ボーっとしている。ゆっくりとカラダを起こすと、ひとつ息を吐いた。

「ふぅー、

「え?こわい?」

 何何?なんかいるの?もしかして、あぐちゃん霊感ある人なのぉ?!ガタガタガタ……

「あ、ごめん。またなまり出た。『具合が悪い』って意味〜」

 ふぅー、脅かしやがって。お粥がお盆に零れたわ。

「あ、お粥美味しそう」

「食欲はあるんだね。ちょっとだけ安心。じゃあ食べようね!ふぅ、ふぅ……はい、あーん」

「え……?」

「イヤ『え……?』じゃなくて、あーんして」

「う、うん。あーん……はふっ」

「大丈夫?熱くない?」

「う、うん。大丈夫……」

 どうしたんだあぐちゃんは?かしこまってるのか?あ、実はお腹減ってないとか?

「はい、最後のひと口。あーん……」

「ありがと、ご馳走様でした。やっぱ艶島あでしま君って、面白い。クスっ」

「イヤ何が面白い?心配してんだわ」

「うん、知ってるぅ。あー、ちょっと元気出たかも」

 あぐちゃんは、何かスッキリした表情で、両手を上に向けて伸びをした。

 ハゥッ!TT、Tシャツの袖口から見えるのは……ブブ、ブラジ……

「あ!!」

「ヒィィィ!!」

「今、見たでしょ!……

 ワワ、ワキィ!!あぐちゃんは何故いつも斜め上を行くぅ!!

「み、見てないし……(ワキは)」

「ふぅーん……まぁ、いいけど。そういえば艶島あでしま君、のんちゃんと付き合ってるの?」

 ドドドドドドドドッキン!!

「ナナナ、何を言ってるんだね?キキ、キミはぁ!!そんなワケねぇでしょうがぁ!!」

 ボクってば、えっっらい動揺した……付き合って無いのに。

「えー、そうかなぁ?何か最近妙な距離保ってるし、少なくとものんちゃんは艶島あでしま君の事好きだよ」

「なんで知ってんのさ?!」

 ああ、ワキ汁が滝のようだ……

「やっぱそうか!双子だから、分かるんだよね。んで、アンタはどうなのさ?」

 ちょっ!何そのニヤニヤした顔は?

「ぐぬぬ……そんなん、好きだよ!好きだわ!!」

 あぐちゃんは、ボクのまさかの回答に一瞬、目を丸くした。

「おっどろいた!そんなハッキリ言うとは!じゃあもう決まりじゃん!嗚呼……両想いなんて羨ましいなぁ。ねぇ、もう告っ」

「でもぉ!ボクってば……あぐちゃんの事も好きだぁぁあ!!」

 あぐちゃんは、また……目を丸くした。今度は口が開いたまま、口角がヒクヒクしている。あーあ、ボクってば何を言ってんだよ……。知ってるぞ、こういうの1番ダメなのだろ?クズ男ってやつ。でも、でも違うんだ……

「あ、あのさ……言い訳がましいと思われるかもだけど、ボクってば分からないんだ。って種類があんの?恋愛した事ないから……全然分からないんだ。なんか、ごめん」

 あぐちゃんは、俯いたまま動かなくなった。怒ったのか?馬鹿だと思われたのか?それとも、傷付けてしまったのか……?


艶島あでしま君、ごめん。熱、上がってきたみたいだから……寝るね」

 あぐちゃんは俯いたまま、か細い声で呟いた。ボクってば、やっちまったようだ。怒っててもいい、馬鹿にされててもいい……ただ、傷付けていませんように。


「あ、ごめん!そうだね、まだ熱ありそうだしゆっくり休」

 ……っ!?

 ボクってば、カラダが硬直した。金縛りって、こんな感じなのかな?とにかく、カラダが言うことを聞かない。


 だって、あぐちゃんが……ボクの腰に手をまわして、ガリガリのカラダに顔をうずめてるんだもん。

「ねぇ、お願い……行かないで。私が、眠りにつくまででいいから」

 あぐちゃんは、小刻みに震えていた。まるで、雨に打たれる子犬のように……

「……なぁんちゃって!」

「えっ……?」

 あぐちゃんは……あぐちゃんってば、ボクの顔を見上げると、鼻の頭に皺を寄せて小さく舌を出し、イタズラな笑顔を見せた。


「さぁさぁ、マジで寝るから!明日には復帰しないと!あ、お粥ありがとね!ご馳走様〜そしておやすみ〜……あ!のんちゃん泣かせたら許さないからね!よろ〜」


 えっと、何コレ?またドッキリなん?演技上手すぎやん。もはや女優やん。


 数週間後、あぐちゃんはマジで映画の仕事が決まるのであった。

























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