お手伝いさんの章 其の十三 帰郷はたまにがいい

 街を行き交う人たちは、皆 薄手の上着を羽織っている。そんな肌寒い季節になった。ボクってば、二両編成の田舎電車に揺られていた。都会の景色とは違い、窓の外には赤や黄色の落葉樹が山を彩っている。スマホに夢中になっていた乗客たちも、手を止めて短い季節の色を目に焼き付けている。


 ヒーターが暑いくらいの電車から降りると、冷たい空気が少しだけ心地よい。3か月ぶりの地元は閑散としていた。いや、都会に慣れたからそう見えるのか……。

 ボロ団地の公園から、子供たちのはしゃぐ声が聴こえてくる。たった3か月離れただけなのに、季節が移り変わったせいなのか、とても懐かしい気持ちになった。


「ただいま」

 って、まだ両親ふたりとも仕事か。うわぁ、やっぱ家狭いな。天井も低い。なんか、こう、四方八方から迫られてる感ハンパねぇ。

 腰を下ろした畳みも、杜宮もりみや家とは違いボロボロだ。てか、『ななイル』グッズこんなに持ってたんか……。大好きじゃん。

 16時過ぎか、そろそろ母ちゃんが帰る頃だな。洗濯物、取り込んでおくか。

 それから間もなくして母ちゃんが帰宅した。

「あら、洗濯物ありがと。何時頃来たの?明日帰るしか言わないんだから。こっちも予定組めないでしょ」

 母ちゃんは、特に久しぶり感も嬉しそうな顔もしない。けど、買い物袋にボクの好きなお菓子が入っていた。

「親父は?」

「今日は残業ないみたいだから、そろそろじゃない?」

「そっか。ちょっとコンビニ行ってくる……」


 ボクってば、コンビニでは無く、親父の通勤路である川沿いの土手に来た。母ちゃんもニヤついていたから、きっと分かっているのだろう。

 自転車の学生、犬の散歩をする主婦、マラソンのお兄さん……幾人か通り過ぎると、夕陽が眼鏡に反射した親父が見えてきた。あっちもボクに気付いたようだ。


斗威とうい

「え?あ、うん。ただいま……」

 会社から帰宅した親父に、おかえりと言われた。ボクたちは土手の草っ原に腰を下ろした。

「仕事、始めたんだって?」

「うん、まあ、一応」

 親父とふたりっきりで会話した思い出が無い。そのせいか、妙なが気になる。

「執筆は進んでるか?」

 ここだ、このタイミングだ!親父に酷い事を言って、家を飛び出した。たった3か月だけど、仕事をする厳しさと大切さを学んだ。謝るなら今しかない。今回はこの為に帰郷したんだ!

「親父、あの、あん時……ボクってば、酷い事言って本当にご」

「すまなかった!息子の夢を馬鹿にするような事を言って、しかも出て行けなんて……悪かったな、斗威」

「そ、そんな!ボクの方こ」

「さ!冷えてきたし、帰ろう」

 あ、懐かしい……小さい頃、よくこうして頭をポンってしてくれてたっけ。結局、謝らせて貰えなかった。親父ってば、『お前の気持ちは分かっている』と言わんばかりの笑顔を見せた。


「なんだい、ふたりとも遅かったわね。すき焼き始めるよ!」

 で、出たー!何かの時はすき焼きぃ!まぁ、好きなのだが。

「どう?美味いかい?斗威」

「うーん、ちょっと『割り下』の醤油と砂糖の分量がイマイ」

「じゃあ食うな!!」

「冗談だよ、全くぅ。美味いよ、美味い……母ちゃんの味だ」


 夕食の後片付けを終え、体育座りじゃなきゃ入れない風呂に入り、お茶の飲みながらバラエティー番組を観る。うん、悪くない。なんか、こう、落ち着くわ。

「あ、そうだ。これ」

 ボクってば、お金の入った茶封筒を母ちゃんに渡した。せっかく給料を貰ってるんだ、貧乏実家に還元しなきゃな。

「何だいコレ?……え、ちょっとアンタ!どうしたの?この50万円!」

「何って、働いてるって言ってんでしょうが」

「こんな大金……アンタ!やっぱり闇バ」

「だから違うわ!住み込みで働いてるから『衣食住』にお金かからんのよ。ボクってば、小説買うくらいだし、後はスマホ代しかかからんのだ」

「それにしたって多くないかい?」

 母ちゃんは手をぷるぷるさせ、親父は白菜を箸で掴んだまま動かない。

「ちょっと雇い主が頭イ○れてんのよ。こんなニートあがりに月収25万円よ?社会保険引いても全然多いんよ。だから初任給の時にぶちキレたんだけどね、多すぎんだろ!ってさ」

「いや、雇い主よりアンタの方がイ○れてるけどな……」

「ハハハッ!父さん、ちょっとだけ嫉妬しちゃうぞ〜」

 えっ……ちょっ……箸、折れてますよ……お父様。

「ったく。アンタね、こういうのは将来の為に貯金するもんだよ。まぁ斗威の気持ちだし、少しは頂戴するけど、残りは貯金しなさい。分かった?」

「う、うん……」

 そう言って、母ちゃんは10万円の入った茶封筒をボクに返した。


 翌朝……両親は、始発で帰るボクを駅まで見送ってくれた。

「早いからよかったのに、寒いし」

「いいのよ、どうせ仕事で早起きだからね。そういえば、アンタのアイドルグッズ持って行かなくていいのかい?」

「あー……ボクってば、止めたんだ。『けやき』」

 母ちゃんは真っ青な顔で、苦笑いを浮かべたボクの両腕を強く握ってきた。

「止めた?あれほど命かけていたのに……アンタッ!お菓子な薬やってんじゃないでしょうね?!」

「やるかっ!BBA!!」

 ったく、母ちゃんとはたまに会うくらいが丁度良いな。今まで耐えていた自分を誇りに思うわ。

 そんなやり取りをしていると、線路がカタカタと鳴く音が聴こえてきた。

「それじゃ、見送りありがと!」

「斗威、風邪とか引くんじゃないよ。肌が荒れやすいからハンドクリームも塗って、あと、歯磨きはちゃんとしなさい。爪も定期的に切らないと、どこかに引っ掛」

「いやガキかよっ!ったく……要らぬ心配だわ。まぁ、たまには帰って来るからさ」

「うん、いつでもおいで。あ!あれよ、来る度に茶封筒持って来なくていいのよ?全然そういうの気にしないでいいから!あ、何なら仕送りなんかもいらな」

「するかっ!BBA!!」

 いやマジで話長ぇし、茶封筒の心配してんじゃねぇよ……

「じゃ、行くわ。あ!そうだ、聞き忘れた。母ちゃん、飯作ってる時にさ『美味しくなぁれ』のおまじないって……普通は言わないの?」

「当たり前だろ、ガキかよ!」


 なんだろう……やたらセリフの長い母ちゃん、もはやいるのか分からない親父……

またねばいばい。













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