お手伝いさんの章 其の十二 パンドラの箱

「あー、風呂キモティー!やっぱ最高だわ。この広さ!まぁ、掃除は大変だが」


 明日の昼食どうすっかなぁ?朝は焼きジャケと納豆でいいとして。てか、あの金髪1泊だろうな。明日無理にでも追い出さなきゃ!

 カラカラカラ……

「おー、広っ!大浴場じゃん!」

「オォイッ!金髪!ボクが入ってるでしょうがぁ!」

「え、広いんだし別にいいべ?あ、ドラゴンの口からお湯がドバドバ!食中毒かよ!ゲラゲラッ」

 うわぁ……ボクってば、コイツと同じレベルなん?てか、いい身体してんなコイツ。腹筋6個あるやん。


「メンズシャンプー……これ使用人のやつ?借りるね」

「まぁ、それくらい別にいいけど」

 シャワワワー……ゴシゴシ

「オイ!頭洗ってる間はシャワー止めろや!」

「あーはいはい。親かよ……」ブツブツ


 ったく、光熱費考えろっての。


 ブルブルッ

「あ、やべっ」

 ……

「え……オイ!お前っ……今絶対にオ○ッコしたろ?!ブルって無口になってんじゃねぇよ!誰が掃除してると思ってんだ!てか常識無さ過ぎだろがい!」

「は?し、してねぇし……。さてと。おー、いい湯加減!」

「いや広いんだからわざわざ隣りに来んなや!」


 何なんだ、コイツは……。謎過ぎる行動パターン。てか早く帰れよクソが。ゆっくり風呂も入れん!仕方がない、もうあがるか。

「オレってさぁ、結構寂しがり屋なとこあるじゃんか?」

「イヤ知るかぁ!自分語り始めてんじゃねぇ!もう、ボクってばあがるから」

「えー、もうちょいだけ頼む。双子ふたりの秘密教えちゃうからさ」

「さぁ、政宗さんの物語を聴かせておくれ」

 ボクってば、人の話を聞いてやれる器がある。何の気兼ねも無い男ふたりでの風呂、幻想的な湯気、ほんのりと灯る照明が相反するボクたちを、ほんの少しだけ近づけたんだ……よ?


「ところで、金髪君は何故東京に?」

「あー、来春からこっちの学校に入学するから、下調べ的な?」

「え?入学?いやおまっ、何歳だよ?」

「は?普通に15の中3だけど?」

「いや年下かいっ!」

 まさかの年下……ボクってば、こんなガキにムキになっていたのか。言われてみると、幼く見えてくる不思議……。だがしかし、イケメンは駆逐したい派だが。

「実はさ、オレ、調理師免許取って店出したいんだ。その為にこっちの調理系の学校入るんだけどさ。立ち寄った『あぐのん』の使用人が、あ、豆もやしみたいな使用人がまさか、料理の匠だとは……。頼む!オレにちょっとだけでいいから、料理の事を学ばせてくれないか?」

「えっーとまず、のとこ言い直す必要あった?それ虐めだかんね?それと、ボクってば料理はズブの素人だし、んだわ。あ、文才ならあるぞ?ボクってば、ラノベ作家になるんだ!プロット作成なら教えてやるぞ?」


 金髪君は、ほんの数秒だけ固まった。きっと作家に興味が湧いたのだろう。分かりやすいな、お子ちゃまは。顔を真っ赤にしちゃってさ!まぁ、腹割って何かよう分からん頼みをしてきたんだ。少しは労わってやるか。よく見りゃ、まだまだ可愛い中坊だしな。


「使用人……お前、アホだべ?」

「は……?」


 衝動的だった。ボクってば、気が付くと金髪君の首を絞めていた。彼のまわりのお湯は、まるで防波堤に打ち付ける波のよう。

「おい使用人、離せ!皮付きウインナーが太ももにペチペチ当たってんだよ!教えてやんねぇぞ、双子ふたりの秘密を!」


 反射的だった。ボクってば、気が付くとお湯の中で土下座していた。ボクの目の前に生える海藻は、まるで蜃気楼のように揺らいでいた。


 ボクの辞書に『駆け引き』という文字は無い。目的の為なら手段を選ばないからだ。求められるなら、カラダの一部さえ差し出す。


「スミマセンした!どうか、この使いどころの無い使用人に、双子ふたりの秘密を教えろ下さい」

「ったく、仕方ないな。身の程知らずの皮付きウインナーに免じて教えてやろう!実は……ゴニョニョ」


 むくっ……むくむくむくむくっ

 ズンッ!!


 ナナナ、ナンデストォォ!!

 あ、あぐちゃんの左『B地区』に小さなホクロが……あ、る!!

 ハァハァ……なんて恐ろしい秘密なんだ!!危っな……ボクってば、噴火寸前だったぜ。

「おい使用人、双子ふたりは一卵性双生児だ。つまり、そう……のんだ!」


 ドォォォン!!


「オイ!鼻血出しながら、仰向けでんじゃねぇよ!……ヒクヒクさせんな!」


 曇りの無い、純度100%のボクには刺激が強過ぎた。小説を書くにあたり、妄想力には自信があったが、まさか、こんな中坊の話で妄想力を発揮してしまうとは……。しかし、これは序章に過ぎなかった。金髪とボクは、この後気を失う事となる。


 嵐を抜け、ボクはボクのたたみ、ふたりで風呂を出ようとした時だった。

 すりガラスのドアに、ふたつの影……またか!また石にならねばいけないのか?!

 しかし、この出来事は、石になるなどヤワに思える想像を絶するモノだった。


 カラカラ……

「ふたりともぉ、お風呂で語り合って仲良くなったかな?」

「え……?」

 ドア越しに顔を覗かせたのは、イタズラな笑みを浮かべたあぐちゃんだった。

「お姉ちゃん、やっぱり止めようよ」

「大丈夫大丈夫。ねぇねぇふたりとも、私たちも一緒に入っちゃうよぉ!ジャーン!」

「ぇぇえ!!ちょっ……待っ……」


 双子ふたりは、大きな白いバスタオルを巻いて入って来た。いやそれ、ヤバいから……本当にヤバいから……


「フフフッ」

 イタズラな笑みのあぐちゃんは、更にバスタオルの結び目に手を当てた。そして……白いバスタオルは宙を舞った。


「ジャーン!なんてね、残念〜!水着でしたぁ!期待しちゃった?うふふっ」


 あぐちゃん、それは『残念』では無いんだ……。水着は、獣のような男たちにとって『夢』なんだ。決して開けてはいけないパンドラの箱に、『災い』ではなく『幸福』が入ってたようなモンなんだよ。それとのんちゃん、白は卑怯……白はね、○傷能力を持っているんだ。うん……意味、分かんないよね?ボクも、自分で言ってて分からんもん。


 薄れゆく意識の中、双子ふたりの青ざめた顔が見えた。まるで、恐ろしいを見てしまったような……金髪中坊と、無垢なボクには刺激が強過ぎた。またしても、ボクってば帆を立てたまま気を失った。気が付いたのは朝。大広間にポツンと敷かれたひとつの布団に、金髪とボクは干物のように並べられていた。

金髪君は、起きて開口一番ボクに尋ねた。

「使用人君はさ、『あぐ』と『のん』の事が好きなの?」

「え……?」

 ボクってば、動揺した。自分でそんな事を考えた事がなかった。

「どっちって……そもそもボクってば、あぐちゃん推しの『けやき』だったのだよ……」

「ふーん、でものんはアンタに気があるぞ。態度を見てたら分かる」

 ボクってば、更に動揺した。知ってる……分かってる。だって、本人に告白されたのだから。

「へー、動揺してるって事は?もしかして、告白されて断ったの?」

「え、いや、そんな事ないけど……のんちゃんの気持ちを、頭の片隅に置いてて欲しいとだけ……言われた感じ」

「ふーん。いずれにしろ、双子ふたりの事ちゃんと考えておいた方がいいと思うよ。因みにオレは、双子ふたりとも姉ちゃんみたいな存在だからな。ちゃんと彼女いるし」


 双子ふたりの事を考える……つったって、何をどう考えるのか?大体にして、のんちゃんにお付き合いして欲しいと言われたワケじゃないし、付き合うってどういう事なのか分からんし。あぐちゃんに限っては、ボクに気があるワケないし……。うん、考える事など無いじゃないか。どうも腑に落ちないが、今すぐどうこうって話じゃない。ボクってば、お手伝いさんとしてしっかり働き、作家になる為に頑張る。これしかないんだ。


 朝食を済ますと、青葉政宗は帰り支度をしていた。

「マサムゥは、今日仙台に帰るの?」

「んだっちゃだれー」

 のんちゃんの問いかけに仙台訛りで答えた政宗は、少し寂しそうな表情だった。本当に寂しがり屋さんなのかもしれない。

 ボクら3人は、玄関先で政宗を見送った。

「なんだかんだ結構楽しかったぞ。調理師の勉強頑張れよ、金髪君」

「ああ、サンキュー!使……艶島あでしま。アンタ、作家は無理だろうから、オレと同じ道をお勧めするよ」

 ボクたちは拳を合わせた。年の差は関係ない。なんか、こう、良い友達が出来たような嬉しい気持ちになった。双子ふたりとも挨拶を交わすと、金髪君は駅の方へと歩き出した。振り向く事無く、小さく手を振ったカッコつけの金髪君は、きっと夢を叶えるだろう。そして、きっとボクにこう言うんだ。

「どっちの料理が美味いか、双子ふたりに決めて貰おうぜ!」って。






















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