お手伝いさんの章 其の七 大物の苦悩

 杜宮もりみや家のお手伝いさんになって、ひと月程が過ぎた。


「終わっつぁああ!!ハァハァ……」

 今更ながら、家、デカ過ぎ。掃除だけで午前中が終わる勢いなのだ。よく分からん武将の甲冑かっちゅうが並ぶ玄関の土間どま。アホほど長い廊下に、50畳ほどのだだっ広い宴会場。泳げるほどの大浴場に、ホテルの厨房並みのキッチン。テレビでしか見た事のないスイートルームのようなリビング。ほぼ、コインランドリーのランドリールーム。そして、美人双子ふたりの部屋とボクの部屋がある居住スペース。そこの掃除と朝食の準備はのんちゃんが手伝ってくれるので、まだいいのだが。

 気が付けばもうお昼。ひと息入れて、午後は『大』日本庭園のお手入れ(草刈りマシンは楽しい)。邸宅の離れには家1軒程のくらがあり、今日は初めてそこの掃除も頼まれている。


「さてと、お邪魔しまぁす……え?」

 重い扉を開くと、そこに広がるのは鏡張りのフローリング。これって……レッスンスタジオ?!隣接するのはガラス張りのレコーディングスタジオ!蔵じゃなかったのか!

 あれ?ガラスの向こうに人影が……一応、掃除に来たと言っておくか。不審者と思われるのも面倒だ。おおっ、防音扉重っ!ん?ちょっと暗いな、間接照明しか付けてない。

「あのぉ、すみません。掃除に来た者です。レッスンスタジオからやっていきますね」

 こちらに背を向けて椅子に座る男が、首だけ傾け振り向いた。

「やぁ、か」

「あ、オジサ……ダディ。お仕事中でしたか!すみません」

 様子がおかしい。いつもの明るく陽気な姿はなく、話す声も呟きのようだ。ダディにも、こんな時があるのか。そりゃそうか、DAIKIダイキと言ったら、アイドル界を引っ張る大ボス的な存在だ。凡人には分かり得ない、色々な悩みがあるのだろう。


「あのぉ、何かお手伝い出来る事ありま」

「実はね……出来ないんだよ、曲が」

 ダディは、またガクッと俯いた。大きなため息で、肩がゆっくりと上下した。スランプってやつか……。分かる、分かるよダディ。ボクってば、万年スランプ作家さ。

「来春、『ななイル』の1周年コンサートがあるだろ?そこで新曲披露する予定なのだが……」

「え……っと、ほら、まだ9月ですし余裕ぅ!みたいな……」

 ボクってば、自分に驚いた。他人を慰めるような事、出来んだ?

 しかし、ダディは無言のまま暫く動かなかった。

「くっ、ううっ……」

「えっ!ちょっ……泣」

 まさか泣いてる?今、嗚咽したよね?どうすんの、これ!?こんな大物プロデューサーの抱えきれない悩みをこれ以上慰める事なんて……。嗚呼、ボクってば、改めて凄い家庭にいるんだ。務まるのか……こんなボクに家事手伝いが務まるのか?いや、双子ふたりも、ダディもこんなに頑張ってんだ!ボクってば、掃除ごときで凹垂れてる場合じゃない!この男がいなければ双子ふたりに出会えなかった!この男がいなければ『なな色イルミネーション』はいなかった!いや、今のアイドル界はなかったんだ!少しでいい、ボクなんかを雇ってくれたダディに、ご尽力たまわりてぇ!


「ダディ……」

 ボクは、ゆっくりと彼に近づいた。プロデューサーだろうが、アイドルだろうが、一般人であろうが、コレを嫌う大人はいないはず!

「良かったら、肩を揉……」


 ポチポチ……ポチポチ……


 ……ス、スマホでRPGゲームやってんじゃねぇ!!しかも無課金んんっ!!

「え?なぁに?足手ま君」

「なぁにって……曲は?曲が出来ないのでは?」

「あー、それね!まぁ、そのうち出来るっしょ!ノープロブレム!あ、夕方から『ななイル』がスタジオ入るから、それまでに掃除お願いね」

「ナ、ナンデストォー!!『ななイル』が、ココにぃ?!」

「Hey!足手ま君、そりゃそうでしょ。『ななイル』は、『DAIKIダイキプロダクション』なのだからぁ、Foooふー!」

「盲点っ!確かにそうだよな……がけど、まさか家の敷地内にレッスンスタジオがあるとか分かんねぇし!」

「Hey!足手ま君、がアイドルを守るのだよぉ!アンダースタンッ?」


 ボクは、壁一面の鏡とフローリングを鬼のように磨き上げた。会える、『なな色イルミネーション』に会えるかもぉぉお!!
























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