お手伝いさんの章 其の六 スタッフオンリー

 ボクってば今、日本最大のコンベンションセンター『東京ジャンボサイト』の前に立っている。今日ここで、超絶人気アイドルグループ『なな色イルミネーション』のファンクラブ限定コンサート『けやき祭り』が行われるのだ。

 隣にいるのは杜宮もりみやのんちゃん。なんと彼女は、家事手伝いをしながら、姉あぐちゃんのマネージャー的な仕事もしているそうだ。関係者の象徴スタッフパスを首から下げている。

 そして、ボクの首にも……スタッフパスがぁあ、ブランブランにぶら下がっているのだぁぁあ!!

 あぐちゃん、ありがとうございます。そして、一般の『けやき』どもごめん。ボクってば、スーパー『けやき』になったんで。いや!『ななイル』の関係者になったんで、ぐふふっ……

「ぶっひゃひゃひゃ!」

「どうしたの、斗威とうい君?」

「あ、いえ、ちょっと緊張しただけ……」

 お!いるいる、『けやき』ども。ちゃんと列を成して偉いじゃないか!褒めて遣わすぞ!


 さ、ボクは関係者入口からイザ侵入!

 ズン……

 え?ちょっ……何この重圧感?けたたましく、重苦しい。


「オイッ!ボサっと立ってんじゃねぇよ!さっさとアレ持って来い!」

「ヒィィィ!ごめんなさい、今持っ……」

 って、ボクじゃないっ。当たり前か……


「おっ、のんちゃんお疲れさん!ごめんな、バタバタしちゃっ……オイッ!早くしろや!!じゃ、またね」

「お疲れ様です」

「えっと、あの感情が豊かな方は……?」

「ディレクターの小林さん。コンサートの総指揮してるんだ。パパのお弟子さんなの」


 ナンデストォ!鬼のようなオジサンが、あの派手なチャラチャラしたオッサンの弟子?!そんなに凄いのか?奴は……いや、ボクってば雇われの身だった!ふぅ、危なく口に出すとこだった。

「えっと……出てたよ、斗威君」

「え?あ……トゥミマセンデシタ。ちょっとトイレに行ってきます」


 いやぁ、しかし舞台裏はこんなに忙しくピリついているのかぁ。まぁ、この人達がいて、『ななイル』がいるんだよなぁ。ちょっと頭下がるわ。あー、オシッコ黄色〜。

「oh!君じゃないか!今日は見学かい?」

「オ、オッサ……ダディ!お疲れ様です。あぐちゃんの計らいでお呼ば」

「oh......足手ま君、なかなかを持ってるねぇ!ビッグボーイ!ハハッ」

「いや見んなよ!てか、話聞け……あ、えっとダディこそ規格外のロケッ」

「じゃあ仕事に戻るよ!また会おう足手ま君!ハハッ」

 いやマジで、苦手なタイプ。何だよ『ハハッ』って。ネズミか?……は!イケナイ!ダディはボクを拾ってくれた恩人なんだ!根は良い子なのさ!たぶん。


 トイレから戻ると、のんちゃんは周りのスタッフと打ち合わせをしていた。明らかに年上の男の人が、背筋を伸ばし、緊張した面持ちでのんちゃんの話を聞いている。中学生の頃からダディのお手伝いをしていると言っていたから、のんちゃんは彼より先輩なのだろう。緊張した後輩に気が付き、のんちゃんは恐縮してオロオロしている。でも、ふんわりしたいつもののんちゃんとは別人に見えた。やるべき事はキチッとやる。これは見習わなければ。ボクってば、Webコンテスト用の小説全然進んでない……。帰ったら、ちゃんと書かなきゃ!


「ようっ、あ・で・し・ま・君!」

「ん?」

 振り返ると、そこに『なな色イルミネーション』の杜宮もりみやあぐがいた。メンバーカラーのブルーの衣装に身を包み、大きな瞳を輝かせて……ボクがずっと応援してきた、アイドル杜宮もりみやあぐが……。

「あれ?どした、艶島君?」

「え?あ、いや、何でもないよ!今日は、招待してくれてありがとう!」

 あぐちゃんは、心配したようにボクの顔を覗き込んできた。あまりの顔の近さに……溢れ出るオーラに……ボクは思わず視線を逸らし半歩下がった。

「そっか。何でもないならいいけど。じゃ、行ってくるね!」

 アイドル杜宮もりみやあぐは、ボクに……ボクみたいな凡人に、優しく微笑み小さく手を振りステージへと向かって行った。


 その後直ぐに、ボクはのんちゃんに連れられ、舞台袖で『なな色イルミネーション』のコンサートを見学した。ステージが暗転すると、客席の『けやき』がどよめく。いつもなら、ボクもあの中のひとりだ。スポットライトがメンバーひとりひとりを順番に照らしてゆく。7つ目のスポットライトがあぐちゃんを照らすと、会場のボルテージは最高潮に。

 1曲目から、配信再生回数4億回を超えるヒット曲が、『けやき』達を歓喜の渦に包み込んだ。アイドル界のトップグループである『ななイル』7人の歌声、ダンス、元気、笑顔は、5万人を超える『けやき』をひとつにした。

 曲が終わっても、歓声は鳴り止まない。耳に手を当てて歓声を浴びるメンバー達。センターのあぐちゃんが、鼻の頭に人差し指をあてがうと、一転、会場は嘘のように無音となる。


「せーの、I・L・Yアイ・エル・ワイ(アイラブユー)!

 私たち、『なな色イルミネーション』です!」

 お馴染みのアイドル挨拶で、会場に地響きが起きた。

「『けやき』のみんな!元気いっぱいですねぇ!私たちも、負けませんよぉ!今日も最後まで、一緒に楽しみましょう!」

 あぐちゃんのあおりで2曲目がスタート。3曲目も、4曲目も、次も、その次も、MCも、ファンとメンバーはひとつになって盛り上がった。舞台裏で怒鳴っていたディレクターも、汗水流して動いていたスタッフも、みんな笑顔になっていた。全ての人を笑顔にする。これが『なな色イルミネーション』の不思議な魅力。そして、プロデューサーDAIKIダイキの力、スタッフの努力、『けやき』の熱……これらがひとつとなり、輝く星を作っているんだ。


 この日、ボクってば初めてひと言も発することなくコンサートを観た。決してつまらなかったとか、そういうんじゃない。自分でもよく分からないけど……何故か、ボクは頬を濡らしていた。


「ただいまぁ」

「あ、お姉ちゃん帰って来たよ。斗威君」

 ヤバい……緊張してきた。この家に来て10日くらい経った。気付かないうちに豪邸にも、美人双子に慣れて自然体でいられるようになった。それは、あぐちゃんのプライベートが、普通の女の子だった事が大きく影響している。黒縁メガネにアホ毛、ジャージ上下でとてもアイドルとは思えない。けど、今日観たコンサートで思い出させられた。キラキラの衣装を来て、歌い踊るあぐちゃんは、とてつもなく輝いていた。紛れもなく、ボクの推しメン『杜宮もりみやあぐ』だった。

 どうしよう……ボクってば、まともに顔も見れないかもしれない。

「おー、艶島君ただいまぁ。いやぁ、今日は流石にわ。『けやき』のみんな気合い入ってるんだもん」

「が、がお……あ!疲れたよね、お疲れ様!」

 取り越し苦労とはこの事か。あぐちゃんは、いつものあぐちゃんだった。ボクってば、プライベートのあぐちゃんも推しメンになりそうだ。



















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