お手伝いさんの章 其の三 桃は女性の果実

 ボクが作る。のんちゃんが片付ける。何だ、この新婚ローテーションは?!ううっ……ダメだ、心の声を叫んでしまいそうだ。


「あ、のんちゃん。ボクってば、庭の草刈りを再開してくるね」

「はぁい、お願いしまぁす」


 ウオオオオッ!!

 キッチンから返事だけ聞こえてくる、この感じ!やはり、新婚さんじゃぁありませんか!!『待って、アナタ。行ってらっしゃいの、チュウは?』なんて言ったりしてさぁ!グハハハッ


「あれ?斗威とうい君、まだいたの?洗い物終わったけど……?」

「ドゥワッ!!今ちょうど行くとこだよ!じゃあ、行ってくるよ……

「え、今……って?」(気のせいかな……?)


 ブィーンッ……

 あー、草刈り機楽しい!カラダに伝わるこの振動、我の行く手を阻む草どもを散らしていくこの感じ……むむ中々いいな!小説家の次にボクの天職かもしれん。

「フゥー、こんなもんかな。のんちゃん。終わったよぉ」

「あ、お疲れ様です。今、麦茶用意するね」

「プハァ、仕事の後の1杯は堪んねぇ!麦茶のミネラルがカラダに染み渡るぜ。あ!そういえば、あぐちゃんはスタッフさんと夕食済ませたら帰宅するんだよね?」

「うん。たぶん21時過ぎには」

「よし、じゃあデザートだけでも用意しますか!」

「何を作ってくれるの?」


「ふふふっ……買ってきた桃で、コンポートを作りまぁす!まずは桃を半割りにして、種を取り除く……」

 スタァッン!!グリグリ……

「グラニュー糖、白ワイン、水、レモン汁、そして切った桃を鍋でグツグツ煮込む」

 グツグツ……

「更に、クッキングシートで落し蓋。弱火で15分程煮詰める。桃をひっくり返して更に10分。火を止めて粗熱を取り、冷めたら桃の皮を剥いて冷蔵庫で冷やす!美味しくなぁれ!よし、完成!」

「凄ーい!デザートも作れるんたねぇ。ところで、どうして皮ごと煮たの?」

「皮ごと煮ると、実がほんのり桃色になって綺麗なのだ。デザートだから見た目も重要でしょ!それと、コンポートは冷蔵で4~5日保存できるから、多めに作っても問題無し!」


 のんちゃんは、何故か尊敬の眼差しでボクを見る。けど、誰でも作れるでしょうが……。


 後片付けをして外へ出ると、いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。昼間は暑くて憎々しい太陽も、夕暮れになり、西へ沈んでゆくのを見ると、何だか寂しい気持ちになる。そしてまた……翌日、暑くて憎々しくなる。


 そんな事より、ふたりでラーメン屋とか……何だ何だ?付き合って二年くらいの、なんか、こう、気取らない感じの夕食は!嗚呼ああ……ボクってば、勘違いしてしまいそうなのだか。グフフッ

「斗威君、どうかした?ひとりで笑ってるけど?」

「い、いえ!何でもありません!さ、行きましょう」

 のんちゃんオススメのラーメン屋は、何の洒落っ気もない昔ながらの店だった。しかし、そんなお店のラーメンは最高に美味い。常連さんのんちゃんの連れという事で、店主はチャーシューをサービスしてくれた。無愛想で無口なオッサンだったが、なかなかいいヤツだった。


「ご馳走様でした!ふぅー、美味かったぁ」

 ふたりでラーメンを食べただけなのに、ボクってば、のんちゃんとの距離がグッと近づいた気になっていた。だって、のんちゃんが今朝よりも自然な笑顔になっている気がしたんだ。


「たっだいまぁ」

「あ、お姉ちゃんおかえりなさい」

 杜宮もりみやあぐちゃん!ハァァ!やはり可愛い!!夢じゃない、夢じゃないんだ!目の前に推しメンがいるぅぅ!!


艶島あでしま君、ただいま!お手伝いさんの初日はどうだったかな?」

「え、イヤ、あの、その、とても充実してまスた!」

「お姉ちゃん、斗威君お昼にドライカレーを作ってくれたんだけど、わたし用にスパイスを調合してくれたんだよ」

 のんちゃんは、名前シールの貼った瓶を振ってみせた。

「えー!ズルい〜。艶島君、私のも作って?」

 あぐちゃんは、上目遣いで小首を傾げた。ズルいのはそっちや!アニメでしか観たことが無いぞ、そんな仕草は!!

「もも、勿論デス!!」

「もも……と言えば、斗威君がお姉ちゃんの為にデザートを作ってくれたんだよ」

「えー、嬉しい!何だろ?じゃ、手洗いうがいしてくるね」


「お待たせしました。桃のコンポート、アイスクリーム添えでござりまする」

「うわぁ、スゴぉい!お店のみたい!」

 双子ふたりは、目を輝かせて喜んでくれた。味はどうだ?失敗はしていないはず……

「もぐもぐ……んー!美味っ!」

「美味しい!」

 よっしゃー!キターッ!!てか、緊張したぁ。

「桃にはカリウムが豊富で、浮腫むくみをとってくれるんだ。ペクチン(食物繊維)はお通じ改善、ビタミンEは抗酸化作用で血行を良くし、お肌を守ってくれる。コレぞ、女性にとって最高の果物なのだぁ!」

 ボクは、調子に乗り早口で説明した。双子ふたりは、こんなつまらない説明も、頷きながら聞いてくれた。

「艶島君、このアイスクリームを添えたのは、どんな効果が?」

「は?アイスクリームは美味いから添えただけでしょうが」

「あ……あ、そうだよね。確かに相性バッチリ」

「ご馳走様でした。美味しくてペロリと食べてしまったぁ。斗威君、やっぱりレシピとか作ってるの?良かったら見せて欲しいなぁ?」

「レシピ?いや、無いのだが?」

「え?もしかして、全部頭に入ってる感じ?」

「頭に入ってるって言うか、1回食えばどんな材料を使ってるとか、調理方法も大体分かるでしょ?

 シーン……

(お姉ちゃん、斗威君ってもしかして……天才?)

(うーん……で、天才かも)

 ……?何だ?何故双子ふたりはヒソヒソ話を?やったか?ボクってば、何か変な事を言ってしまったのか?

「ご馳走様でした。お片付けはわたしがしておくね。お姉ちゃんは、ゆっくりしてて」

「ありがと、のんちゃん!あの……艶島君、昨夜はごめんね。眼鏡、壊しちゃって」

 ちょっ……!そんな申し訳なさげな表情!やめてくれぇ!

「イヤイヤイヤ、全っ然大丈夫!!古いから、そろそろ替え時かなって思ってたし。気にしないで!」

「あ、のさ……明日の午前中って時間作れないかな?私、弁償するから良かったら、一緒に眼鏡屋さんに行かない?」

 えーっと、ボクは目が悪い。まさか、耳も悪い?幻聴がハッキリと聴こえたぞ?

「あのぉ、艶島君?嫌ならお金だけ渡すけど……?」

「え……?あのぉ、違ったらごめん。もしかしてボクと眼鏡屋さんへ行こうとか誘いました?いや、無いか。ごめんなさい!幻聴でした。アハハッ」

「誘ったよ。それって、OKって事で良いのかな?」

「斗威君、明日はわたしがお家の事するから、お姉ちゃんと行っておいでよ」


 ボクは艶島 斗威あでしま とうい17才。『なな色イルミネーション』の大ファン『けやき』。その中でも杜宮もりみやあぐが推しメンで、何故か彼女の家のお手伝いさんをしている。そして、今……何故かそのあぐちゃんにデートに誘われたでしょうが!!


「ハフゥ……」ブルブル……

 ボクってば、武者震いと緊張でカラダが痙攣した。















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