お手伝いさんの章 其の四 『けやき』の豆もやし、推しメンとデート

 本日はお日柄も良く……

 ボクってば、タクシーに乗っている。隣に座るのは、大人気アイドル『ななイル』の杜宮もりみやあぐちゃん。ボクの眼鏡を新調する為、ふたりでお出掛けなのだ。おーい、の『けやき』君たち、信じられるか?……られないだろうなぁ。デュフッ

艶島あでしま君どうかした?ニヤついて」

「あー、イヤ!何でもござりませぬよ!オホホホーッ」


 タクシーを降りると、あぐちゃんはキャップを深く被り直した。そうだよな、こんな街中で身バレしたら、大騒動だ。

「さ、行こっ。艶島君」

「あぐちゃんは、こんな街中を歩く事ってあるの?」

「そうだね。オフの日は、のんちゃんとお買い物に来たりしてるよ。逆に人混みに紛れてバレないんだ」

 あぐちゃんは、小さく舌を出して微笑んだ。可愛い、恐ろしい程に可愛い。しかし、何故だろう?ボクってば、隣を歩くあぐちゃんがアイドルでは無く、なんか、こう、普通の女の子に思えた。


「いらっしゃいませ」

 一面ガラス張りのオシャレな眼鏡屋さん。ボクがいつも買っている全国チェーン展開のお店とはワケが違う。

「艶島君はどんなフレームが好き?」

「うーん、別にこだわりは無いなぁ」(と言うか、値段で選ぶのだが)

「じゃあ、今回私が選んでもいい?」

 ナナ、ナンデストォ!!

 杜宮もりみやあぐが、ボクの眼鏡を選ぶ!?

「ハイお願イシマス……」

 ボクってばニヤけるのを我慢し、震える声で答えた。あぐちゃんは早速、鼻歌交じりでフレームを探し始めた。値段など見ちゃいない、流石は芸能人だぜ。ボクは、あぐちゃんが選んできた眼鏡を何本も試着した。そして、試着する事26本。遂に……

「よし、決ーめたっ!」

 あぐちゃんは、青いツヤのあるフレームを選んだ。これは!あぐちゃんのメンバーカラーじゃないですか!まさか、ボクがあぐ推しだから?えっと……でもこれって、スタイリッシュなのかな?それとも、センスが無……いや、きっとオシャレなんだ!ボクにオシャレが分かるワケない!


 眼鏡が出来上がる間、有名コーヒーチェーン店でフローズンドリンクを飲んだ。

「いやぁ、なんか申し訳ないっス」

「そんな!私が悪いんだから」

 嗚呼ああ……これって、マジデートじゃないですか!人生初デートが、まさか推しのアイドルとは……やはりボクってば、もうすぐ○ぬのか……。


「あれ?おい、アレって『ななイル』のあぐじゃね?」

「えー?こんな所にいるかよ!しかも隣に生えてるし。ゲラゲラ」

 ボクとあぐちゃんは、チラリと目を合わせた。とにかく知らんぷりや。こっち来んなよ、モブどもめ。でも、念には念を……お店を出るか。


、お店出よう」

「え?あの豆もやし、今あぐちゃんって言ったぞ……」

「やっぱホンモノじゃね?よっしゃ、行こう!」

 ハゥア!やってもーたぁ!!

 ボクってば、なんておっちょこちょいなんだ!とにかく逃げるが勝ちや!

「さ、あぐちゃん早く!」

「え、あっ……うん」


 コーヒーチェーン店を出ると、眼鏡屋さんの方へ足早に歩いた。二人のモブは、駆け足で近づいて来る。巻いてやろうと人混みに紛れ込んだ。しかし、ボクってば運も持っていない。交差点の横断歩道が点滅し、赤色に変わってしまった。


「ネェネェ、待ってよ!君、アイドルの子だよね?『ななイル』のあぐ?」

「うわっ!アイドルって、やっぱハンパなく可愛いな!てか眼鏡君、何で?」

「え……?」

 うぉおおっ!!

 いつの間に!パニクってあぐちゃんの手を引いていたのかぁ!恋人だと勘違いされたら一大事だ!今更ながら、ボクはしれっと手を離した。

「まぁいいからどけよ、マネージャー君」

 おっと、まさかの恋人疑惑ゼロ!!

「ねぇ、一緒に写真撮ってよ。SNSで自慢するからさ!」

 モブどもはスマホを取り出すと、あぐちゃんの横についた。内カメラにして構え、あろう事かあぐちゃんの肩に手を回した。させるか!!


「あ、やめてく……」

「いくよ〜、はいチーズ」

 パシャッ

「おいっ、豆もやし!何割り込んでんだよ!」


 Hey、ざまぁ!!

 モブのカメラはボクの顔面を激写していた。顔を被らせたので、あぐちゃんは1ミリも写っていない。

 だがしかし、モブも黙っちゃいない。もう一人のモブがボクを羽交い締めにした。

「くっ、卑怯だぞ!離せ、モブB!」

「やめて!離して下さい!あの、サインで良かったら……」

「は?サインとかいらねぇし。てか、調子に乗るなよ

「ちょっと売れてるからって天狗かよ。あー、もういいわ」

「『ななイル』のあぐはファン対応悪かったってSNSにあげとくからな」


 横断歩道の信号が青色に変わった。けど、あぐちゃんは俯いたまま動かなかった。いや、動けなかったのか……?人波が行き過ぎると、キャップのツバを指で挟み顔を上げた。

「いやぁ、ごめんごめん!たまにあるんだよね、こういうの。あ、助けてくれてありがとね!エヘヘッ」

 あぐちゃんは、恥ずかしそうに微笑んでみせた。そして、モブどもが去って行った方向に顔を向けると、頬っぺたを膨らませ、鼻の頭に皺を作り、怒ってる風におチャラけて見せた。けど、鈍感なボクにも分かった。その表情とは裏腹に、とても哀しい気持ちが痛いほど伝わってきたんだ。

 その後、眼鏡屋さんに戻るといつものあぐちゃんに戻っていた。ボクはあぐちゃんの選んでくれた青いフレームの眼鏡を弁償……いや、プレゼントして貰った。


「あのさ、眼鏡のお礼にお昼ご飯をご馳走するよ!あ、お金あまり無いからハンバーガーとかで良ければ……」

「うぅん、ヤダ!」

 瞬殺っ!間髪入れずに拒否された……やっぱアイドルはハンバーガーとか食べないのかな?カロリー高いしなぁ。いや、ボクといるのが嫌なだけか……ブツブツ

「クスッ。艶島君、心の声出てるよ。そうじゃないの……私、艶島君の手料理がいい!のんちゃんも一緒に食べれるしね!」

 そう言って微笑んだあぐちゃんは、アイドルではなく、やっぱり普通の女の子だった……と思う。たぶん。






























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