お手伝いさんの章 其の二 スパイスで胃袋から掴む

 まだ午前中とはいえ、日射しが痛いほど刺さってくる。

 ボクの『お手伝いさん』業務、映えあるひとつ目は、食材の買い出し。隣りには、フリル付きの白い日傘をさしている杜宮もりみやのんちゃん。物静かな彼女は、目が合うとはにかむ。こういう時は、男がリードするもんだ(確か)

 これって、もはやデートでしょ?女の子と一緒に買い物なんて、一生経験出来ないと思ってた。


「前のお手伝いさんは、どんな食事を作ってたの?」

「うーん、これって決まりはないんだけど、栄養のバランスが良いものを作ってくれてたの。でも、住み込みではなかったので、いない日はわたしが適当に……」


 ボクの目を、チラッと見てはにかむ、チラッと見てはにかむ……いちいち可愛いんだよ、クッソォォ!!


「あ!それと、お姉ちゃんもパパも帰る時間も決まってないし、外で済ましてくる事もあるから、なるべく1~2日は冷蔵庫で取って置けるものを作るの」

「なるほどね。芸能人も大変だけど、のんちゃんも大変だねぇ」

「え、いや、そんな……」

 ボクってば、事実を言っただけだが、のんちゃんは何故か嬉しそうに赤面した。


 ダディはさておき、あぐちゃんは未成年者の為、活動時間に制限(22時~5時はNG)があり、都内の仕事の時は22時過ぎに帰宅して、必ずのんちゃんと夕食を共にするらしい。本当に仲むずましい双子しまいだ。そして、今日はなのだ。


 歩くこと、およそ10分

 杜宮もりみや家、御用達のスーパーに到着した。かなり大型の店舗で、品数も種類も豊富だ。日用品も、大半がここで揃う。ここ、ちょっと楽しいかも!うーん、しかし何でもあって目移りしてしまう……。てか、その前に断りを入れておこう。


「あのぉ。ボクってば、簡単な料理しか出来ないのだが、大丈夫かな?」

「全然大丈夫だよ!ごめんなさい、気を使わせてしまって」

 しまった!ボクってば、逆の逆に気を使わせてしまった!慣れなきゃ、女子に慣れなきゃ……


「えっと、夏のフルーツは何が好き?」

「夏の……わたし、桃が大好き。お姉ちゃんも好きだよ!」

 何だとッ!!桃のヤロウ……双子ふたりから好意を持たれているとは!!料理してやんよ、クソがぁ!!


「どれどれ、うーん……お前じゃない!お前でもない!」

「……?」

「お!左右対称でふっくら、うぶ毛もいい具合……程よい赤み。よし、お前に決めた!」

「斗威君、そんな事まで分かるんだね?スゴい!尊敬しちゃうよ」

「えっ?いや、そんな……恥ずかしいな」

 ただの桃の選定で褒めてくれるとは!なんて優しいんだ、のんちゃんは。


 ぴろんっ

「あ、お姉ちゃんからL○NEだ。……え。斗威君、ごめんなさい!今日はスタッフさんとご飯食べて来る事になったみたい」

 ガーン!!……しょ、初日から空振り。まぁ、しゃーない。


「あぐちゃん忙しいんだねぇ。じゃあだね……あ、違っ!そういう意味じゃないから、違うから!」

「うふふっ。分かってるよ、斗威君。そうだ!良かったら夕食、ラーメン食べに行きませんか?わたし、ご馳走するので……」

「え、マジで?いいの?嬉しいでしょうが!あ!でも、食材はある程度買ってもいいかな?」

「勿論です」


 涼しい店内から外へ出ると、暖まった空気がカラダを包み込む。同じ道でも行きより帰りの方が短く感じる。それは、その道に慣れただけでは無く、きっとふたりでいる事にも慣れたからだろう。

 誰もいない杜宮もりみや家に『ただいま』を告げる。ボクはお昼ご飯までの間、お手伝いさんの仕事をのんちゃんに指導して貰った。

 最初は外回りから。玄関の掃き掃除、庭の草刈り、鯉の餌やり……ここまで習ったところでお昼ご飯の支度に入った。


「のんちゃん、お昼ご飯はドライカレーでいいかな?」

「え、嬉しい!わたし普通のカレーよりも好きなの」

「おー、それは良かった!辛いのは苦手?」

「うーん、どちらかと言えば。マイルドな方が好きかも」

「了解した!では、まずはカレー粉を作るよ!」

「え……?市販のじゃないんだ?」

「市販のも美味しいんだが、ボクってばお手伝いさんなので、杜宮もりみやファミリーそれぞれの口に合うモノを作るのだ」

 のんちゃんは口元に手を当て、少し驚いた様子でお礼を述べた。


「よし、ではスパイスを調合……ターメリック、クミン、シナモン、ローレル……諸々12種類。辛さを控えめにするので、チリペッパーを少量で。ターメリックを多めに入れる事でマイルドに仕上げる!っと。コイツらを、香りが立つまでフライパンで煎る。よし、完成!」


 じー…………

「ん?ちょっ……そんなに見られると緊張するでしょうが!リビングでお待ちなさい」

「えー、ヤダよ!見る、出来上がるまで見学させて頂きます」

 うーん……のんちゃんは、たまにグイグイ来るね。まぁ、全然嫌な気はしないが。


「ではでは、オリーブオイルを引いて、中火で生姜とにんにくを炒めます。次いでひき肉、そしてみじん切りにした野菜を投入。ここで先程調合したスパイスを振りかける!オリャァァ!あ、はお好みで。スパイスが馴染んできたら、ケチャップ、醤油、みりん、砂糖を加えて中火で煮込む。汁気が少し飛んだら、塩コショウで味を整えて……美味しくなぁれ。よし、完成や!」


「え?美味しく……なぁれ?ヤダ可愛……」

 のんちゃんは、頬を赤く染めてボソッと何か呟いた。何故か、ボクの目をチラチラと見てくる。


「ん?どしたの、のんちゃん?」

「え……いや、何でもないよ!斗威君、やっぱり凄い!美味しそう」

「いや、誰でも作れるでしょうが……。ちょっと贅沢に、目玉焼きも乗せよう」

「わたし、お水運ぶね。氷、入れるよね?」

「さぁ、食べますか……では、いただきます!


 もぐもぐ……もぐもぐ……

 のんちゃん黙食もくしょく……。え、不味いのか?もしかして失敗したか?

「うぅーん、美味しい!!」

「ドゥワァッ!ビビった……のんちゃんも大きな声出るのね?」

「だって、辛さもちょうどいいし、すっごくマイルドだし!今まで食べたドライカレーで1番美味しい!」

 なんてこった!ボクってば、のんちゃんの心より先に、胃袋を掴んでヤッタァ!!ギャハハハッ!!

「斗威君?何か、邪悪なお顔してるけど……?」

「あ、ごめんなさい。何でもない」

 心の声が漏れなくて助かった……。その後ボクは、ニヤついた気持ち悪い顔で黙食した。午後からは『桃』をいじってやんよ。


 デュフフッ





























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