お手伝いさんの章 其の一 これ、もう新婚って事でいい?

 団地の朝は五月蝿うるさい。

 子供の泣き声や、その母親の怒鳴り声が団地の壁に反響するのだ。

 しかし、今朝は違う。小鳥のさえずりが、ボクを優しく目覚めさせる。


「んああっ、よく寝た!やっぱ自分の布団が1番よな。ん?あれ?知らない天井……!」

 そうだ!ボクってば、昨日杜宮もりみや家にお泊まりしたんだ!

「夢じゃなかったのかぁ!嗚呼ああ、なんて幸……ヒェァア!!」

 クッソ!何で『お松ちゃん』が添い寝してんだよ!絶対にあぐちゃんの仕業でしょうが!イタズラっ子だなぁ、全くぅ。うへへっ


 5:46……よし!身支度して、キッチンへ行くとするか!うーん……眼鏡はガムテープで応急処置したが、早めに買わなきゃ。しっかり働いて、初任給で買うか!


「えっと、キッチンは確かここ……あれ?クンクン……いい匂い!」

「あ、斗威とうい君おはようございます。あの、夕べはごめんなさい。眼鏡も壊してしまい……」

「のんちゃん、おはよう!ああ、お松ちゃんの事ね?!眼鏡だって自分で踏んだだけだし。全然気にしないで。楽しかったし!ところで、この匂いは?」

「あのね、朝ご飯作ってみた。と言っても、材料無かったから長ネギのお味噌汁だけど……」

 のんちゃんは、申し訳なさげな恥ずかしそうな顔で、お味噌汁とホカホカのご飯を用意してくれた。


「ええっ、嬉しい!うわぁ、美味そう!早速いただきます!」

 ボクは、お味噌汁をひと口すすると、温かいご飯をかっ込んだ。

「どう……かな?」

「お!んん、美・味・い・ぞぉぉお!!」

「え、本当に?良かった、嬉しい!」

 不安げな表情を浮かべていたのんちゃんは、肩の力が抜け安堵した。


「ボクってば、両親が共働きでさ。小学生の頃から、自分で作った朝ご飯しか食べてないから、のんちゃんみたいな綺麗な子に朝ご飯を作って貰えるなんて、なんか、こう、新婚ってこんな感じなのかなぁ?最高に幸せだなぁ。と、思ったりして」

「し、新婚……」

「あ、いや、ごめ!変な意味じゃないから!きき、気にしないでね!」

 のんちゃんは、真っ赤な顔で口を閉ざしてしまった。ボクたちは黙々と朝ご飯を食べた。何か、何か話しかけなきゃ!


「あ!そういえば、あぐちゃんとオジサ……ダディはお仕事かな?」

「うん、そう。芸能人って時間が不規則だから。一緒に朝ご飯食べる事も少ないんだ」

「そっかぁ。だよね、芸能人だもんねぇ。朝早くから大変だね」

 ボクってば夕べの出来事で、あぐちゃんの事をどこにでもいるお茶目な女の子と思ってしまっていた。でも、あぐちゃんは芸能人。ボクの大好きな超人気アイドル『なな色イルミネーション』なんだ。ボクってば、ただの『けやき』(ファン)のくせに、プライベートのあぐちゃんを少しだけ知る事が出来て、調子に乗りそうだぜ。


「ご馳走様でしたぁ!後片付けはボクがするね!」

 さて、ボクもお仕事頑張るぞ!掃除、洗濯、炊事……まずは食材の買い出しに行かなきゃな。そういえば、食材のお金はどうすれば?


「あの、お買い物のお財布はわたしが預かってるんだけど、今日から斗威君にお願いしても、いいかな?」

「勿論!今ちょうど聞こうかと思ってたんだ。テレパシーかな?なんて。ヘラヘラ〜」


 あれ?えーっと、どうして俯いていらっしゃるのかしら?テレパシーとかつまんねぇ事言ったから?恥っず!

「斗威君……」

「は、はい!ごご、ごめ」

「一緒に行ってもいいかな?お買い物」

「え……?もも、勿論OKですぅぅ!」

「良かった。ありがとっ」

 のんちゃんは、こぶしを軽く握りしめるだけの小さなガッツポーズをした。その時の彼女の笑みに、ボクってば、心をぎゅっと掴まれた。


















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