旅立ちの章 後編 え?……あぐちゃんじゃね?


 ボク艶島 斗威あでしま とういは、遂に大都会東京へと降り立った。地元の田舎とは違い、夜のとばりが降りても星は見えない。代わりに街のネオンが騒がしく瞬いている。まあ、そんな事はどうでもいいのだが。


 疲れたし、今日はビジネスホテルにでも泊まろう。

「あ、すみません。ボクってば、艶島斗威17才。視力は裸眼で0.1。学生ひと部屋で」

「お客様……当ホテルは未成年おひとりでの宿泊はご遠慮頂いております」


 ボクってば、ポジティブな人間だ。よし、宿代が浮いた。あそこにやたら広い公園が見える。誰もいないベンチをベッド代わりにしよう。おっと!横になる前に、防犯対策だ。ボクは知っている。だいたいこんな時は、ガラの悪いお兄さん達がカツアゲに来るのだ。しかぁし!ボクってば、ネットで凄い事を学んだ。この情報化社会で生き抜く為に、ネットは必須。情弱は弾かれていくのだ。

 財布にお金を少しだけ残し、後は靴の中に隠す!これで被害にあっても最小限で済むのだ!早速実践!財布に小銭を残し、左右の靴に紙のお金を分けて隠した。カツアゲ君、いつでもかかって来なさい!

 言ってる側からガラの悪いお兄さん3人組が登場。はいはい、知ってた。どうせ「金貸してよ」とか、睨みをきかせて言うんでしょうが?


「あれ……?」


 気が付くと、ボクは鼻血を出し、ベンチ後ろの植え込みに尻もちを着いていた。いや、いきなりパンチ?!痛いよぉ、もはや強盗でしょうが!モブAは、背後からボクを羽交い締めにした。

「ヒイィ!やめて、……あ」

 追加のパンチを頂くと、モブBとCがボクの両足を抱えて靴を脱がせた。

「えっ?ちょっ、何で?イヤ……そこは、イヤ!ダメ……いやぁあん!」


 ボクってば、ポジティブな人間だ。靴の中に隠した紙のお金は持っていかれたが、幸い財布の中の小銭は無事だった。

 ネット界隈には、フェイクやプロパガンダに溢れている。皆も気をつけてくれ。

 こんな時は『ななイル』のブルーレイを観て気分転換だ!って、プレイヤーとテレビが無い。これは盲点だった。

 ううっ……親父……母ちゃん……グスンっ


 ミーンミンミンミンミーン……

 大都会と言えど、だだっ広い公園の木々にはせみがいるようだ。結局、ボクってば一睡も出来なかった。あー、朝からクソ暑い。まぁいい、いよいよ未来へ羽ばたく第一歩だ!


 都会にひしめく巨大なビル群は、まるで迷路のよう。そんなビル群の中でも、頭ひとつ抜けている全面ガラス張りのビル。反射する太陽の光が、ボクの眼球がんきゅう網膜もうまく錐体細胞すいたいさいぼうを刺激する。このビルこそ……漫画、アニメ、映画、そして小説!!エンタメ界の王『株式会社MARUKAWAマルカワ』本社なのである!!そう、ボクのラノベはここから出版されるのだっ!ボクは早速受付へと向かった。


「頼もう!すまんが、ラノベ出版担当者を呼んでたもう」

 受付のお姉さんは、まるで不審者でも現れたかのように吃驚きっきょうした。

「あの……どちら様でしょうか?」

「ボクってば、ラノベを出版する者だが?」

「あ、作家さん!失礼しました。直ぐにお呼びします」

 間もなくして、スーツを来たオジサンが現れ、ロビーのソファーへ招かれた。


「えっと……キミは、どちら様?」

「ボクってば艶島斗威17才、丸川文庫おたくからデビューする者ですが?」

「はい……?あー、そういう感じの!ごめんね、私も暇じゃないので。では」

「チッ、アンタじゃ話にならん。大体にしてネクタイのセンスが悪い!編集長を呼んでくれ!」

「編集長は……私ですが?」

「……あの、なんて言うか、スミマセンデシタ」

「つまり、ゲラを持ち込んで来たって事?今時、そういうの受け付けてないので……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!わざわざ足を運んで来たのに、お茶のひとつも出ないのは構わないのですが、どうか少しでもいいので目を通してやって下さい!」

「なんか、キミ、ちょこちょこ無礼を挟んでくるね……まあ、いい。さわりだけ読むから早く出して」

「ありがとうございます!ありがとうございます!では、お願い致します!はい、これ」


 編集長様は、何故か不機嫌で軽く流し読みをした。まぁいい、どうせデビュー確約だし我慢してやるか。その態度を後悔させてやんよ。


「あのさ、キミの未来の為に心を鬼にして言うけど……3回くらい転生したらまた来てね。じゃ、どうぞ気を付けてお帰り下さい」


 まさか、天下のMARUKAWA出版さえも、ボクの作品に追いついていないとは……うわぁぁん!夢は!夢を!諦めないぞ!センスの無い編集長め、金の卵を潰した事を後悔させてやるからよぉ。


 ボクの人生第二章は、終わりを迎えた。


 親父、母ちゃん……ごめん、デビューはお預けだった。次のWebウェブコンテストで大賞取るから、待っていてくれ!ハァ……しかし、見栄を切って家出したし、帰郷は出来んな。しかもお金ないし、The Endえんど……

「ムムッ?あー!あの路地にいるのって、昨夜のモブども!よっしゃ!紙のお金、返して貰うぞ!」


「ねぇねぇ、キャップ被って顔隠してるけど、キミ、アイドルの子でしょ?なんちゃらイルミネーション?俺らと遊ぼうぜ!きっと楽しいからさ!」

「キャハハッ!てか、楽しむのオレらじゃね?」

「あ、あのやめてください……」

「え?何?声小さくて聞こえないんですけど?ギャッハッハッ」


「オイッ!モブども!ボクのお金を返しなさい!紙のやつ」

「あ?何だお前は?」

「あれ?コイツ、夕べ公園にいた奴じゃね?」

「あ、マジじゃん!金返せとかウケるんだけど?」

 キャップを深く被った女子が、モブどもの後ろで怯え縮こまっているのが、ボクの目に入った。

「ん?……なな、何をしてるんだ!女子をいじめるとか、モブ中のモブだな!許せないでしょうが!覚悟ォ!うおおおおっ!」

 ボクが放った怒りの右ストレートは、空を斬り裂いた!まぁ……避けられたとも、言う。

「何だコイツ?あー、ムカつくわ。正義のヒーロー気取りみたいな奴!」

「よし、囲め!ボコす!」

「お嬢さん!今のうちにお逃げ……うおっ!」

 顔に、腹に、足に……パンチに、蹴り……一体何発喰らっただろう?

 うわぁ……ボクってば、めっちゃ血ぃ出てるぅ。しかぁし!ボクは、女子を虐めるようなモブどもには、絶対に負けない!

「どうした、モブども?ボクってば、全然大丈夫なのだが?べろべろべ……ッガ!」

 いや、ここでアッパーとかあり?思いっきり舌噛んだでしょうが……だが!

「はひっ。モフのパンヒ、弱っ!笑やぅ〜。ゲラゲラゲラッ」(もう立てないけど)

「おい、キモ過ぎだろコイツ……」

「何か冷めたわ。もういいや、帰ろうぜ」

 ハーッハッハッハ!どうだ!ボクの勝ちだ!見ろ、モブどもが退場して行く!


「だ、大丈夫れすか?お嬢ひゃん」


 その時、ビル風が吹き上がり、お嬢さんが被っていたキャップが飛ばされた。


 ボクは一瞬、目を疑った。


「も、杜都もりみや……あぐ……ちゃん?!」


 ボクの言葉にハッとしたお嬢さんは、桜色に染まった顔を両手で覆った。


 ボクの人生第二章は、終わっちゃいなかった。


 この出逢いが、始まりだったんだ。








































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