旅立ちの章 前編 家出してやる!ってイキったけど、止めて貰えなかったんだが

 時は、アイドル戦国時代!

 全国津々浦々つつうらうら、数多くのアイドルグループが乱立していた。その中で、覇権を握るのは『DAIKIダイキプロダクション』北は北海道、南は沖縄まで布陣ふじんを敷いていた!


「せーの、I .L .Yアイ・エル・ワイ(アイラブユー)!

 私たち、『なな色イルミネーション』です!」


『なな色イルミネーション』通称『ななイル』。DAIKIプロダクション所属、アイドル界の頂点に君臨する7人組!彼女たちは、全国のファンが恋焦がれ、心を熱くやす国民的アイドル。しかし、彼女たちに憧れるのは、ファンだけでは無い。アイドルが憧れるアイドルなのだ!

 何故かって?それは、DAIKIプロダクションが、二年に一度『合戦』と言うイベントを開催する。

『合戦』とは……グループの枠を外し、アイドルが個々で競うシステム。ファン投票獲得数にて、1位のアイドルが勝ち上がっていく。

 11月……47都道府県のアイドルが、各『県代表』をかけて競う。

 12月……各県代表アイドルが、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国+四国、九州+沖縄、7つの『エリア代表』をかけて競う。

 見事選ばれたエリア代表アイドル7名が、『なな色イルミネーション』というアイドルグループとしてデビュー内定!3ヶ月の準備期間を経て、翌年の4月『東京武闘館』でのお披露目コンサートを皮切りに、二年間活動する。

 二年後解散し、再び『合戦』が行わる。そしてまた、新生『なな色イルミネーション』が誕生する!


 まさに戦国!全国のアイドル達は、『ななイル』のメンバー入りを目指し、『けやき』(ななイルファンの愛称)どもの推し事を加熱させるのだあああっ!!


「独り言がうるさいっ!近所迷惑考えろっ!」

「っ痛ぃでしょうが!洗濯カゴが後頭部に激突したぞ!詫びろっ、クソBBA!」

「はいはいごめんごめん。まぁ、わざとですが!」

「だいたい人の部屋に勝手に入ってんじゃないよ!」

「仕方ないだろ!お前の部屋通らないとベランダ出れないんだから!」

 そう、うちは昔ながらのふすま続きの部屋。築60年の貧困層専用団地なのだ。猛暑日、ぽきぽきと首の骨を鳴らす扇風機のぬるい風を浴びながら、『ななイル』の曲を聴いてまったりと過ごす。夕方、空がオレンジ色に染まり、西陽にしびがガンガン差し込む中、サイリウムを振るトレーニング。夜が更けて熱帯夜。ポッキンアイスを食べながら『ななイル』のコンサートブルーレイを鑑賞する。これがボク、艶島 斗威あでしま とうい(高校中退引きこもりニート)の一日だ。


「せーの、I L Yアイ・エル・ワイ(アイラブユー)!

 私たち、『なな色イルミネーション』です!」

「うおぉあっ!『ななイル』最強説っぅう!!」

 ボクの推しは、東北エリア代表から勝ち上がった、杜都もりみやあぐちゃん!

 栄光のセンターポジションを務める彼女は、大きな瞳を輝かせ『けやき』どもの心の臓を爆破させる。メンバー随一の歌唱力は、聴く者を骨抜きにするのだ!


「今日もボクの青色サイリウムが乱れ狂うぜぃ!」

「うるせぇつうの!ったく、毎日毎日同じDVD観て騒ぐんじゃないよ!」

「はい残念。ブルーレイでしたぁ!べろべろべ~」

「ぶっさ!ったく、憎たらしい顔して!『豆もやしメガネ』が!」

「オイッ!そういうのいじめだかんね?しかも母親」


「ところで、斗威とうい。いつまでも家に引きこもって、これからの事をちゃんと考えているのか?」

 無口な親父おやじが、珍しく説教をたれてきた。まあ、母ちゃんに『言え』と命令されたのだろう。


「考えてるよ。ボクってば、ラノベ作家になるのだが?」

 そう、ボクの夢はラノベ作家になる事。いや、絶対にる!処女作はベストセラーとなり、重版がかかるかかる!そして、アニメ化されて大ヒット!その先には実写映画化が待っている!そこでボクってば、主演に杜都あぐちゃんを起用!ふたりは、この出会いをキッカケにお付き合いする事になる!ところがどっこい、週刊誌にすっぱ抜かれてしまう。しかぁし!これは計算済み。この大スクープを逆手に取り、ボクってばあぐちゃんにプロポーズ!ハッピーウエディングを迎えるのだぁあ!!


「だから、独り言が声に出てんだよ!うるさいね、ったく」

「作家だって?机に向かってるところなんて、父さんは見た事ないぞ」

「あー!ちゃんとWeb小説のコンテストに応募してんよ、親父」

「そうか。それで、結果はどうなんだ?」

「……どど、読者選考落ち。つか、まだなんだよ。読者がボクの作品に追いついてない感じ?わかる?わかんねぇだろぉなぁ」

「いい加減にしなさい!!」

「ひいぃ!!」

 あのおとなしい親父が、テーブルを強く叩いて声を荒げた。ボクは、ちょっと……いや、マジビビった。

「高校を中退してもう半年だぞ!アルバイトのひとつもせずに、何が作家になるだ?無理に決まっているだろっ!」

 親父の眼鏡はズレ、分厚い唇を震わせていた。しかし、ボクだってただ黙ってはいない!幼い頃から共働きだったボクは、炊事当番を任され遂行してきた!決して何もしていないワケでは無い!それに、ボクの夢を馬鹿にするなんて、いくら親父でも許せない!!

「無理なもんか!既に渾身の一作を書き上げているのだっ!もう未来はこの手の中なのだよ!親父みたいな零細企業社畜貧乏団地暮しにはならないんだわ!」

「斗威!父ちゃんに謝りなっ!」

「やぁだよ〜ぉん。べろべ……」

 パンっ!

 狭い室内に、乾いた音が響いた。

 ボクの左頬と、親父の手のひらが赤みを帯びていた。

「ぶった……ぶったね?お、親父にもぶたれ……ぶたれたぁ!」


 ボクは、何故か頬よりも胸に痛みを感じていた……


「もういい……出て行きなさい」

「え……?」

「ちょっと、アナタ。何もそこまで……」

 親父は、眼鏡をなおして腕組みをすると、石のように動かなくなった。

「う……ああ、いいさ!こんな貧乏くさい家、出てってやるわ!」

 ボクは、リュックサックの中に、着替え、『ななイル』のグッズ、お年玉で貯めた7万円、それからスマホと充電器をぶち込んだ。

「ととと、止めてもムダだぞ!ボクは出て行く!」

 ……

 ……

 と、止めないんかいっ!

「うわぁぁあん!親父のバカぁあん!」


 ボクってば、初めて親元を離れた。しかし、この家出が『ななイル』とボクを繋ぐ事になる。





















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