第82話 再申し込み

 俺はレオに背中を押されて、一番の悩みを抱えた相手を呼び出した。


「アンディ様から呼んでいただけるとは思いませんでした」


 そう言ってキャサリンが姿を見せる。

 いつもハイテンションで、俺が呼び掛ければ、笑顔で応じてくれていたキャサリンはいなかった。


 無表情で、感情の読み取れない雰囲気、その瞳は何も映していないように思える。


「キャサリンに聞いておきたいことがあってな」

「なんでしょうか?」


 首を傾げる姿も感情がないというだけで、こんなにも狂気を感じさせるものなのか? いや、俺は知っていた。


 キャサリンの中には、狂気が眠っている。


 それを呼び覚ましてしまったのは、俺の言葉なのだろう。


「キャサリンは、まだ俺を好きだと言ってくれるか?」

「えっ?」


 そう、もしもレオが背中を押してくれたように自分の道を貫くというなら、たった一人を選ぶことはない。


 この世界に転生した時から、ずっとエンゲージと呼ばれる一人の人間と結ばれるつもりはなかった。


 レオが悪役貴族にならずにオレオとエンゲージを結ぶなら、俺はそれを応援する。

 マシロが選ぶ相手が、本当は攻略対象かレオであってくれたならよかった。


 だが、攻略対象者たちはそれぞれのパートナーが選ぶだろう。


 ならば、俺は俺の道を進む。


「何を言われているんですか? アンディ様。あなたはカグラ様を選ぶと言われたではないですか?」


 光を移していなかった瞳が、無機質に俺の心を見透かしているように感じられる。


「少し違う。カグラからは、半年の間にどうするのか選んでほしいと言われた。俺はカグラを選ぶことも一つの選択肢だと思った。キャサリンが告白をしてくれた時は、迷いの中であんな返事をしてしまった」


 後悔していないと言えば嘘になるが、キャサリンという少女から笑顔を奪い。

 狂気に満ちた表情をさせることになってしまった。


「……何が言いたいのです?」

「俺は一人を選ぶことなく複数の女性と付き合うことを選ぼうと思う。もし、キャサリンの気持ちが変わっていないなら、俺の彼女になってくれないか? もちろん、カグラ、マシロ、トゥーリにも声をかけるつもりだ。それぞれ彼女たちが俺の言葉を聞いて、どう思うのか判断する」


 キャサリンは顔を俯かせて表情が見えない。


 何を考えているのだろうか? やっぱり都合の良いことを言っているから怒っていのか? わからないが俺は自分が決めた道を歩む。


「だから、最初に俺の気持ちを汲んで、他の女性がいてもいいと言ってくれたキャサリンに声をかけさせてもらった。都合の良いことを言っているのはわかっている。一度君の気持ちを踏み躙ったのに……」


 キャサリンは俺の言葉を聞いても、顔を上げることはなかった。


 しばらく二人の間で沈黙が流れ、俺はキャサリンからの言葉をまった。



《sideキャサリン》


 アンディ様からお呼ばれしてしまいました♡


 ふふ、嬉しい。


 本当はアンディ様も私が欲しいのはわかっています。

 ですが、黒髪の雌豚と、白髪の腰巾着をぶち殺してあなたを手に入れます。


 そうですね。トゥーリぐらいは側に侍らせてあげるのは許してあげましょう。

 いつでも私の力で排除できますからね。


 ですが、あの二人はベリベットからもらった力を持ってしても、私と互角の力を持っています。


 厄介な女たちは、悪神を崇める女に任せてしまえばいい。


 あの女も厄災の魔女ベリベットとは別の意味で、恐ろしいことを私は知っていますから。


 待ちきれない気持ちはわかりますが、全ての準備が整ってからお会いしようと思っていたのに、アンディ様はせっかちですね。


「キャサリンは、まだ俺を好きだと言ってくれるか?」

「えっ?」


 もちろんです!? もちろんです?! もちろんです?!


 私の全てはアンディ様の物。


 この身どころか、この命を捧げても惜しくはありませんわ。


 最後はあなたの手で殺されるのが私の幸せです。


 あ〜ですが、まだダメです。この気持ちを抑えなければ、目標を達成することができないでしょう。

 顔が勝手にニヤけてしまって、ふふ、いけないわ。


「だから、一番最初に俺の気持ちを汲んで、他の女性がいてもいいと言ってくれたキャサリンに声をかけさせてもらった。都合の良いことを言っているのはわかっている。一度君の気持ちを踏み躙ったのに……」


 ふふ、ふふふふっふふふふふふふふふウフフふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふっふふふふふふふふ。


 わかっています。


 わかっているのですが、笑いを止めることができません。


 顔を隠してしまいましたが、アンディ様が私のことを想い、私のことを考えてくれているだけで、幸せなのです。


 じっと、アンディ様が私の言葉を待っています。


 あ〜このまま時間が止まってしまえばいいのに……そうすれば、アンディ様を私だけの物にできるのに……。


「私はアンディ様が好きです。ですが、今しばらくお時間をいただけないでしょうか?」

「……もちろんだ。キャサリンの心を傷つけた。気持ちの整理ができたら教えて欲しい」

「はい。必ず」


 私はそれだけを告げて、アンディ様の元を離れました。


 気持ちなどは決まっています。

 

 あなた様を独占したい。



 だけど、邪魔な二人はいなくなってほしい。


 私はそれだけです。

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