第80話 夜宵
《sideクロード・ダークネス・ヤンデーレ》
あり得ない! あり得ない! あり得ない!
これまで私の全ては望むままだった。
欲しい物は言えば手に入る。
何かして欲しいことがあれば、言えばやれていた。
それなのに! それなのに! それなのに!
「ごめんなさい。クロード王子。私は、やっぱりあなたの手は取れません。ずっと二人の男性の顔が浮かんでいたんです。だけど、あなたのおかげで本当に大切な方がどっちかわかりました」
何を言っている? 私が貴様を選んだのだ。
私の物になればいい。
そうだ。今まで私は全てを手に入れてきた。
他の男などどうでもいい。
男からプロポーズされるだけで名誉なことなのだ。
「こんなところにいらしたのですね」
月明かりの下で、真っ赤な瞳が怪しく浮かび上がり、真っ黒なフードを被った美しい少女が、そこに立っていた。
全てが異質に見える中で、慈愛に満ちた微笑みだけは、とても心を穏やかにしてくれる。
「キミは?」
「アビス・メフィストと申します」
風にフードが外れて、銀色の髪が月明かりに照らされてキラキラと輝きを放つ。美しい容姿に見惚れてしまう。
「わっ、私はクロード・ダークネス・ヤンデーレだ」
「知っております。クロード王子様。とても悲しいことがあったのでしょ?」
そう言って近づく彼女はフードがついたローブが捲り上がって、何もつけていない真っ白な肌が晒される。
「あっ!」
「どうぞ。私の胸をお使いくださいませ」
膝を折る私の頭を包み込むように柔らかな感触が顔を包み込む
温かい! そして落ち着く匂いがする。
「お可哀想なクロード様。私はあなたを愛しましょう。アビス・ネフィストは全てをかけて男性であるクロード様をお支えします」
「あっああァァァァっァァあっァァぁァァァァあぁ」
アビスの声を聞いているうちに私の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
母上を失い、カグラを奪われ、マシロまで……。
私の周りから親しい女性が遠ざかっていく。
それもこれも全てはアンディウス・ゲルト・ミルディンが関わってからだ。
初めて奴と会った日から、今日までまるで私は世界の中心から外れてしまったような気がしていた。
本来であれば、私はマシロと結ばれて、女王を目指す戦いに向かっていたはずだ。
それなのに、マシロの気持ちは奴に奪われ、カグラもずっと兄である私を愛し続けていたのにいつからかあいつの隣に座り、あいつとばかり話すようになった。
全てはあいつが私から奪ったものだ。
「そうですね。全てはアンディウス・ゲルト・ミルディンが歪めてしまった。本来であれば、クロード王子は誰よりも尊きお方として崇め奉られる存在でした。ですが、全てが歪んでしまったことで、男神として力を得る存在はいなくなり、クロード王子あなたに譲られたのです」
アビスの声が次第に遠くの方から聞こえ始める。
それは子守唄を歌われるように優しく脳内で響いて、眠りへと誘っていく。
「悲しみはいつか終わりを迎えて、あなた様は誰よりも尊い存在として神に昇華するのです」
「神に?」
「そうです。あなたは誰よりも尊く、気高く、崇め奉られるのです」
「崇め奉られる!」
己の中に、力が宿っていくのを感じる体が熱くなり、それは次第に大きくなって、そして意識を手放した。
♢
《sideアビス・メフィスト》
胸で涎を垂らしながら、眠るクロード・ダークネス・ヤンデーレをそっと地面に横たえる。
「誰ぞ、おるかえ?」
「ここに」
「よう眠っておられる。丁重にお運びいたせ」
「教祖様は?」
「ふふ、私は汚れた身を清めて参る」
自身の胸についた涎を掬いあげて、口に含んだ。
「やっと、やっと器を手に入れたぞ」
本来の器は手に入らなんだ。
しかし、代わりを手に入れることができたぞ。
アンディウス・ゲルト・ミルディンには感謝しなければなるまいて、同胞を殺したことは許し難きことではあるが、それも良い。
今宵は気分が良いのだ。
冷たい水風呂に浸かって火照った体を冷まさなければならぬほどに高揚しておる。
「アビス様」
「無粋じゃな。キャサリン」
「申し訳ありません。ですが、早急にご報告したいことがございましてね」
「なんじゃ? 私は気分がいい。やっと男神様を復活させる依代を手に入れたのじゃからな。それも前回のような欠陥品ではない。本来の力を十分に発揮してくれる器じゃ」
ローブを脱ぎ捨て、全裸の私を見つめるキャサリン。
メリッサが死んだ際には、共に死ななかった使徒に、少しばかりの疑問が浮かぶ。
「どうした? キャサリン。何か用があって来たのであろう?」
「ええ、殺していただきたい者がいるのです」
「ほう、誰じゃ?」
「カグラ・ダークネス・ヤンデーレ。そしてマシロと呼ばれる女性です」
「ふむ。くくく、どちらもクロード様を覚醒させるための贄にするつもりであった。案ずることはない。キャサリンの願い。私が叶えてやろう。愛しき我が使徒よ」
「ありがとうございます」
「用事はそれだけか?」
「はい」
闇に消えていくキャサリン。
だが、それはかつて会ったことがある美しく夢見る少女ではなく。
復讐に駆られる悪鬼のようであった。
それもまた良い。
今宵は気分が良いのだから。
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