第79話 幼馴染との語り

 クロード王子の所業は、すぐに学園中の噂として広がっていった。

 カグラはそれを止めようとしていたが、人の口に戸は建てられない。


 その日、クロード王子を見た者はいない。


 だからなのか、珍しくマシロから連絡が来た。


 綺麗な星が夜の闇を照らすグラウンドの端で、マシロは一人でベンチに座って俺を待っていた。


「暖かくなってきているが、まだ寒いだろ?」

「平気。むしろ、寒い方が頭がスッキリするの」


 俺はそっと温かい飲み物をマシロの横に置いて、ベンチの隣に座る。


「殴られたって本当?」

「うん? クロード王子のことか?」

「そう」

「ああ、本当だ。凄い剣幕だったぞ! お前は軽薄に苦労しないでモテているやつだつてな」

「そんなこと言われたの?」

「実際は覚えてない。正直、精神がおかしくなってんじゃねぇかって思ったからな」


 俺は久しぶりに話をするマシロに距離感を感じさせないために、軽口で言葉を発する。


「……ごめんね」


 ベンチで膝を抱えるように座っていたマシロが自分の膝に顔を埋めるように謝った。


「どうして、マシロが謝るんだよ。マシロは何も悪くないだろ?」

「ううん。私が悪いんだと思う。クロード王子にパートナーとしてクイーンバトルに参加して欲しいって言われたの」


 どうやら好感度が上がって、イベントが発生したようだな。


 ゲームなら、クロード王子編に入ってヤンデレで独占欲が強いクロードにマシロが縛られていく。


「我以外見るな」とか、「お前は我を好きなんだろ?!」とか、まぁ愛されすぎて愛が重い感じのエンディングへ一直線だ。


「だけど、クロード王子に言われた時に、アンディの顔が浮かんできた」

「えっ?」

「わかってる。アンディはカグラ王女様とパートナーになるんだよね。一年生のパートナー戦で、カグラ王女の強さを感じたよ。私じゃ勝てないって」


 本来のゲームでは確かに……。


 学園最強のカグラ。

 王国最強、厄災の魔女ベリベット。

 王国最悪、闇の組織の教祖アビス・メフィスト。


 この三人はマシロにとって、強大な壁となって立ち塞がる。


 だが、三年次の戦いでカグラを倒し、クイーンバトルでは、ベリベットを討ち果たす。


 そして、その後に起こる邪神騒動でも、アビス・メフィストをマシロが倒すはずだった。


 だが、今俺の横でベンチで膝を抱えるマシロは、勇敢に全てを乗り越えていくマシロだとは思えない。


「だけど、仕方ないじゃない。アンディの顔を浮かべたままの気持ちで、クロード王子の申し出は受け入れられないよ。だから、断ったの」

「そうか」


 俺はなんて言葉をかけていいのかわからなかった。


 マシロに振られた腹いせに俺を殴り飛ばしたクロード王子。


 ずっと会っていなかった原因は、マシロが俺への想いを自覚したから。


 もしも、俺がマシロを拒否すれば、この後に起こるすべての災害を防ぐことは難しくなるだろう


 だが、イベントを知っているからマシロを受け入れるのか? マシロのことは嫌いじゃない。まさか、俺が選ばれるルートが存在していたなんて思いもしなかった。


 レオが選ばれてくれれば、悪役貴族であったレオが結ばれるとずっと思っていたから、レオを支え、レオの親友としてこれまで接してきた。


 もしも、俺がダメでもマシロが攻略対象の誰かとうまく行って、レオを俺が慰めてやればいいと思っていた。


 だけど、マシロは、攻略対象の誰も選ばないで、俺を選んだ。

 レオもまた、没落することなくマシロではなく、オレオを選んだ。


 クロード王子は愛したマシロを手に入れることができなくて、精神が崩壊した。


「マシロ」

「何?」

「俺はどこかで迷っているんだ」

「……うん」


 ずっとレオを主人公にしてやろうと、裏で動いて邪魔になりそうな奴らを敬遠していた。だけど、レオがトゥーリに操作されるのも闇の組織に操られるイベントだと黙認した。


 マシロとレオの関係にも、人の恋路だと口出しを控えていた。


 その結果が、今の状態だ。


「俺は自分は主人公ではなく、脇役だって思い続けていた」

「脇役?」

「ああ。レオやマシロが主人公で、俺は脇役だから、たくさんの女性から愛される生活を送りながら、のんびりと過ごせていけば良いって思っていたんだ」

「アンディが脇役なわけないじゃない!」

「そうか?」


 思ったよりも強い反発の言葉に驚いてしまう。


「私を、ううん。お父さんを見つけるように言ったのはアンディだった。だから私たちは出会えたんだよ。それに、私やレオを育てたのも、アンディだと私は思ってるんだ。確かに戦闘では、私やレオの方が強いかもしれない。だけど、アンディが工夫しているのを見て、私たちも工夫する。アンディが、先に進むから、私たちは後に続いて行った」


 マシロが真剣な瞳で俺を見つめる。


「多分、カグラ様も、キャサリンさんも、トゥーリさんも、アンディだから選んだよ。私だって!」


 そこで言葉を切ったマシロと見つめ合う。

 

 真っ白な髪に、キラキラとした潤んだ瞳。

 間違いなく美少女で、俺がこのゲームをやっていて好きになれたのは、マシロな健気な性格や、可愛い容姿も含まれていたと思う。


「アンディが、全員を愛したいっていうなら、私は、ううん。多分全員がそれを受け入れると思うよ」

「だけど、それをしたら最悪な未来が起きた時に力を発揮できなくなるじゃないのか?」


 エンゲージ! 男女二人が真実の愛を誓い合って初めて、力を発揮できる。


「そんなの知らないよ! それとも、アンディは全員を愛していないの?」


 マシロの言葉に俺は固まってしまう。


 カグラを……。

 マシロを……。

 トゥーリを……。

 キャサリンを……。


 俺は本気で愛していない? 大切に思っていないのか?

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