第78話 学園の雰囲気

 入学式も終えて、二年次が始まると、どこか慌ただしい雰囲気を出していた学園は一応の落ち着きを取り戻して、授業が開始されていた。

 

 ただ、外では危険が多いと言うことで、野外授業は全て取りやめになって、学園内だけで行動するようにと言う制限がかけられていた。


「全く、皆さん気持ちを落ち着ければ良いのに」


 当たり前のように隣に座っているカグラが溜息混じりで、教室の雰囲気を揶揄する。


「仕方ないんじゃないか?」


 俺はシンシアが入学時に持ってきた本を分けてもらって読んでいた。

 娯楽的な本が少ないので、読書が楽しめるというだけでありがたい。


「あなたはのんびりしていますのね」


 カグラが口にしているのは、パートナーが決まっていない女性たちがソワソワとしているからだ。


 クイーンバトルが開始されることが予想される現状は男性の奪い合いが起こっている。平和な世であれば、男性は複数の女性を相手に子作りをするのだが、クイーンバトルが始まってしまうとエンゲージと言われる強い力を求めて、一対一で男女ペアが好まれる。


 そのため男性はより強い女性を求め、女性は男性を手に入れなければ、子供を作ることもままならない。


「そうだな。俺たち男は数が少ない。だから女性たちからすればアピール対象だろ? 俺の隣にはカグラがいるから、他の女性が余計なことをしてくることもない」

「私を盾にしていますの?」

「カグラだけじゃないさ。トゥーリやマシロ、キャサリン。俺と近しい女性がいることを他の女性たちは理解しているんだろうな」


 実際に、ミルディン家が守ってくれていると言うことはある。


 姉のレティシアが本来、俺の前に姿を見せられない理由の一つとして、余計な者たちを排除してくれているのも理解している。


 さらに、シンシアが加わることで、余計に俺に声をかける者は減るので、今は安全が守られている。

 そういう意味では、レオには姉妹がおらず、オレオは平民なので、貴族の女性たちは、レオを狙うことも増えるかもしれないな。


「全く、あなたの肝っ玉の大きさを他の女性たちにも学ばせてあげたいわね」

「そう言うカグラだって慌てているようには見えないぞ」

「それはそうでしょ? 私は一人に決めてしまっていますから、あなた以外と何かをする気はありませんから」

「そっ、そうか」

 

 ハッキリと宣言されるのはいいが、顔を真っ赤にして恥ずかしがるならやめてほしい。こっちまで恥ずかしくなる。

 

 俺たちがそんなやりとりをしていると、教室の扉が開いてクロード王子が入ってくる。その表情は暗くて、お世辞にも元気があるようには見えない。


「あら、お兄様どうされたのです?」

「別に」


 別にと言いながらも、その瞳に生気は感じられない。

 そのくせ俺のことを光のない瞳で睨みつけてきた。


 その瞳は、カグラ・ダークネス・ヤンデーレが、最愛の兄を失って闇堕ちした際に見られる傾向に似ていた。


「クロード王子?」

「黙れ」

「えっ?」

「どうされましたの? 兄様?」


 俺が声をかけるとクロード王子が怒りをぶつけるように言葉を発した。

 それは教室全体の生徒が視線を向けるほどに大きくて、注目されたことでクロード王子の気持ちが爆発したようだ。


「貴様は良いな。我が妹に愛され、他にも幾人もの女性を侍らせているようだ」

「……」

「どっ、どうされたのです? おやめくださいませ」


 いきなり感情を爆発させたクロードに、俺は無言で見つめることにした。

 カグラが慌てて止めようとするが、他の生徒に対して絶大な権力を持っているカグラであっても実の兄を止めることは難しいようだ。


 間にいたカグラを超えて俺の服を掴んで立ち上がらせる。


「どうした? クロード王子。今まで余裕の表情をしていたお前らしくないじゃないか?」

「何!? 貴様に何がわかる!」

「何もわからねぇよ。勝手に闇堕ちして、勝手にいじけてるやつのことなんかわかるわけがねぇだろ?」


 俺の言葉を聞いた瞬間にクロードが拳を振り上げて、俺を殴った。


「グッ!」

「貴様のように、複数の女を渡り歩いて、良い格好をしているような蝙蝠男に言われたくないわ!」

「それもできない情けない自分の苛立ちを俺にぶつけているのか? 情けないやつだ」


 さらに拳を振り上げるクロード。


 俺は甘んじてその拳を受け入れるつもりで歯を食いしばった。


 だが、思っているような痛みがくることはなかった。


「お兄様、いい加減におやめください!」


 そこには学年一位を取るカグラが怒りをクロードに向けて、腕を掴んでいた。


「カグラ! 離せ! 私はこいつを」

「それをやめろと言っているのです!」


 カグラはクロード王子の腕を掴んだまま引き倒す。


「グフっ!」


 尻餅をついたクロード王子は、倒したカグラではなく俺を睨みつける。

 

「貴様が、貴様さえいなければ」

 

 その捨て台詞を残して、クロード王子は教室から飛び出していった。


「大丈夫ですの?!」

「ああ、問題ない」

「申し訳ありません。うちの兄が」

「いいや、クロード王子も追い詰められているんだろうな」

「追い詰められている?」

「ああ、これは男のメンツがあるから俺の口からは何も言えない」

「そうですか、男性も面倒なのですね」

「男性も?」

「女性はもっと面倒ですから」


 チラリと、カグラが教室の中を見渡せば、急いで顔を背けるクラスメイトたちの姿が目に映る。


 彼女たちが何を思って、どんな噂を流すのか知らないが、確かにカグラがいう通り面倒なことにはなりそうだ。


 俺はクロード王子が闇堕ちしていくのか、若干の不安を覚えてしまう。

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