第74話 世界の動き

 俺がカグラとの今後を考えるようになり、世界の動きは少しずつ変わり始めていた。


 ミルディン家の協力で、レオの行方がわかった。

 レオは実家に帰って己を磨くことにしたようだ。


 オレオ嬢も一緒に連れて行ったということはそういうことなのだろう。

 彼女には最高の治療を施して回復に向かっていると報告を受けた。


 二人の動向を聞けて、一先ず安心することができた。


 その話をトゥーリにした際には……。


「良かったです! 本当に、オレオ氏も必ず元気になって帰ってくるはずです」


 トゥーリは親友の無事を心から喜んで涙を流した。

 レオに刺されても、レオの心をとり戻そうしていたオレオ嬢を俺も応援してあげたいと思っている。


 国は、これまでは女王陛下の一存で政策が決まっていた。


 それができなくなったことで、救済処置として貴族たちが作った元老院で今後の方針が判断されるようになり、厄災の魔女ベリベットは指名手配犯として追いかけられていた。


「キャサリン。今日はどうしたんだ?」


 世界が動いている中で、俺はキャサリンから呼び出しを受けた。


 彼女の動向は課外授業の時から、気にしていた。

 自分に近づこうとする人間がどういう人間なのか、厄災の魔女ベリベットに狙われていることもわかっていた俺は常に警戒を強め調べるようにしていた。


「アンディ様に聞いておきたいと思いまして」

「聞いておきたい?」

「はい。今後の動きです」


 キャサリンのことについて調べた。


 平民の家に生まれた平凡な精神系魔術師。


 ミルディン家の力を使って、彼女の過去を調べていくうちにその平凡さに違和感を感じるようになった。ただの平民というにはあまりにも違和感があった。


「今後か、正直決めかねている」

「決めかねている? ですか……」

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「ある組織に名を連ねています。私の過去をお調べになったのでしょ?」


 こちらが知らないふりを決め込んでいるのに、キャサリンから組織に在している事を明かしてきた。


 どうやらキャサリンも俺が調べたことを理解しているようだ。


「ああ、君は闇の組織に身を置いている」

「ふふ、あ〜バレてしまったのですね」


 それは今まで見せたこともないキャサリンの笑顔だった。

 どこか虚な瞳は光を失って、メリッサたちのようだ。


 だが、そのはずなのにキャサリンはじっと俺を見ていた。


「そうです。私は男性を一番に思い、男神を崇める組織に属していました」

「知っていたよ。ただ、不思議なこともある。メリッサも同じ組織だったはずだ。それなのにどうして、メリッサを裏切ったんだ?」


 そう、キャサリンは闇の組織の一員ではあるが、俺に情報提供をしてくれてレオガオンと会わそうとしてくれた。


 乙女ゲームに出てきた闇の組織は一人一人に個性はなかった。


 真っ黒なローブに身を包んで個人を主張することはない。


 だが、キャサリンは異質な輝きを放っているように思える。


「ふふ、そうですね。アンディ様。私たちの理念をご存知ですか?」

「いいや」

「男神の器を見つけ、我らが神を蘇らせることです。そのために相応しい器を探し求める。メリッサさんはレオガオン・ドル・ハインツ様を相応しい器として判断した」

「なら、キャサリンは?」

「誤解をしないでいただきたいのです」


 キャサリンの瞳に光が戻って、微笑んだ。


「何をだ?」

「私はもう、闇の組織から抜けました」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。私はある組織を抜けたのです。もう、私は一人のキャサリンでしかありません」


 清々しい顔をしたキャサリンが、嬉しそうに踊り始める。


「私は会ったこともない男神よりも、アンディ様に出会ってしまったのです」

「俺に出会った?」

「はい。キャサリンの心は全てアンディ様に奪われました。あなたの一番になりたい。あなたに選ばれたい。あなたと歩みたい。アンディ様が、一人を選ばないで多くの女性を愛するのでれば、私をその一人に加えていただきたいのです」


 ……もしも、カグラに告白をされて、一人を選ぶか迷っていなければ、キャサリンの申し出を快く受けられたと思う。


 そして、トゥーリのことも俺は二人のことを嫌いじゃない。


 自分の心が優柔不断で、ダメなことはわかっている。


「キャサリン」

「はい!」

「ありがとう」

「そんな! 私はアンディ様が喜んでくださるのが一番なのです」

「だが、すまない」

「えっ?」


 俺は嬉しそうに踊るキャサリンに頭を下げる。


「今の俺は、悩んでいる」

「悩んでいる? どうされたのです? 私がその悩みを解消して差し上げます」

「女王が厄災の魔女ベリベットに殺された」

「……はい」


 キャサリンの雰囲気が変わる。


「カグラが本気で女王になろうとしている。俺はそれを応援してやりたいと思っているんだ」


 キャサリンは俺の望みを叶えようとしてくれた。

 俺もそれを望んでいた。


 だけど、こんなにも早く女王が殺されて、世界が動き出すとは思っていなかった。


「それは……一人の女性を選んで、私を捨てるということですか?」

「まだ完全に決めたわけじゃない。だけど、決めかねている」


 そう、俺はカグラと二人で歩んでいく事を決めかねている。


 だけど、それを選ばないとカグラを手に入れられない事と、彼女を手放す未来……。どっちが正しいのかわからない。


「そうですか、良かったです。私は私の思うままに動きますね」

「えっ?」

「大丈夫です。アンディ様を悲しませるような事をいたしません」


 そう言ってキャサリンは立ち去っていった。


 俺は一人茫然とその姿を見送った。

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