第73話 マシロの葛藤

《sideマシロ》


 女王様が死んだというニュースが学園内を駆け巡り、皆が噂をする中で私には関係ない話だと思っていた。


 だけど、目の前にクロード王子がやってきて、関係ない話ではないのかもしれないと思い知らされた。


「クロード王子!」

「マシロ、君に話したいことがある」

「どうされたのですか?」


 婚約者ではないが、クロード王子には二人の貴族令嬢が付き従っている。

 マックーロ家の御令嬢と、ハーン家の御令嬢だ。

 それなのにどうして私のところに来たのだろう。


 女王陛下が死去されて、カグラ様の元へ向かったことをいろいろな子が話をしていた。その後には婚約者になられる二人の元に赴いて、パートナーを決めるはずだと言っていた。


 そのはずなのにどうして私の前に立っているのだろう? それもどこか思い詰めたような顔をしておられる。


「二人きりで話をしたいのだが」

「わかりました」

 

 周りにいる人たちから声が聞こえない場所に移動した私たちは向かい合う。


「……クロード様」

「マシロ、母上を失い。私は王子として考えを改めなければならない」

「はい」

「そこで、君に頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」

「私のパートナーになってくれないだろうか? 多分だが、母上がいなくなったことで我々の地位は曖昧になることだろう。王子としていられるのも後わずかだ。これからは自らの力で地位を勝ち取らなければならない」


 クロード王子からの申し出に対して、私は悩んでいた。


 不意にアンディとレオの顔が浮かんできたからだ。


 二人は貴族できっと婚約者がいることだろう。

 私なんて選ぶことはない。

 そう思いながらもあの二人なら、私を求めてくるかもしれない。


 もしも、そうなったときにクロード王子の申し出を受けても良いのだろうか? そんな思いが私の心の中で渦巻いて、すぐに手を取ることができない。


「悩んでいるのか?」

「申し訳ありません。私には幼い頃から仲良くしている男性がいて」

「わかっている。レオガオン・ドル・ハインツ侯爵子息とアンディウス・ゲルト・ミルディン伯爵子息だな」

「はい」


 クロード王子から二人の家名が出てきて、ドキッとしてしまう。


 平民である自分など二人から見れば見向きもされない存在かもしれない。

 だけど、もしかしたらと考えてしまう。


「アンディウス・ゲルト・ミルディンは、カグラの元に来ていたぞ」

「えっ?」

「母上が亡くなり悲しむカグラを心配したのだろうな。私が駆けつけたのと同じようなタイミングでやってきて、カグラも私ではなく奴を迎え入れた」


 カグラ様がアンディを……。


 多分、二人の関係はそういうことなんだ。

 私が入り込む余地はないのかもしれない。


「それにレオガオン・ドル・ハインツは、平民の娘であるオレオ女子を連れて学園を出たとも連絡を受けている」

「えっ!」

「貴殿らが捜索している際に、カグラに頼まれて我も力を貸したのだ。母上の件があったから報告が遅れたことはすまないと思うが、事実だ。奴は実家に帰ってオレオ女子の治療にあたっているようだ」


 レオも女性を選んで学園で出て行った。


 私には何も声をかけてくれていない。


「貴殿が大切に思っている男たちは、すでに相手を見つけているのではないか?」


 クロード王子の言葉に、私はそれまで目を逸らしていた事実に直面してしまう。


「貴殿一人、立ち止まっているのではないか?」


 私は目を閉じる。


 二人から言葉を聞いたわけじゃない。

 それに私はお父さんのことを忘れたわけじゃない。


 お父さんのことを知っている二人が、私ではない人を選ぶのだろうか?


「……クロード様、ありがとうございます。申し出は嬉しく思います」

「それは!」

「ですが、私はまだ決められません。二人の言葉を聞いて、決めたいと思います。もしも、その間にクロード様が他の方を選ばれたとしてもそれは仕方ありません。人の心とは移り変わりゆく者です。特に求められる男性は、多くの女性を魅力していることでしょう」


 クロード王子のおかげで自分が何を思い。何をしたいのか決めることができた。


「……そうか。貴殿は相変わらず言いたいことを言ってくれる」

「そうですか?」

「ふふ、私は貴殿のそんな潔いところも気に入っている。期限は一ヶ月だ。貴殿が私を一ヶ月で選ばなければ、私は振られたと判断して、別の女性と共に歩む道を選ぼう。だが、私の思いは貴殿と共にある。どうか、私を選んで欲しい」


 クロード王子からここまでの言葉を頂ける私は女冥利に尽きると思う。


 だけど、やっぱり大切な二人の歩む道を聞いてから決めたい。


 その道が私と別れたとしても、ちゃんと言葉を聞いてお別れを伝えたい。


「ありがとうございます。クロード様のおかげで、二人と決別しても良いと思えるようになりました」

「ふふ、なんだそれは。私は踏み台ではないぞ」

「わかってますよ。ただ、感謝しているのと、勇気をいただきました。ありがとうございます」

「ああ、待っているぞ。マシロ」


 私はクロード王子の言葉に返事をすることなく頭を下げて、その場を立ち去った。

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