第51話 魅了の魔眼

 俺はトゥーリの手を取って、学園の裏手にある訓練所へやってくる。

 さらにその先を抜けた場所には、丘になっていて遠くに海が見えるのだ。


「うわ〜!!!」

「ふふふ、みんなこんな場所まで来ないから知らない場所なんだ」


 サボって誰にも見つからない場所を探している間に、たまたま見つけた場所だった。ゲームではここまでグラフィック映像がないので、現実に目にして初めてこの感動を味わうことができた。


 それを誰かと共有するのは初めてだけど、レオやマシロは忙しそうで、カグラ王女と二人きりでこんなところに来ることはできない。

 キャサリンなら誘ったら来てくれそうだけど、トゥーリの方が素直に感動してくれるんじゃないかと思えた。


「凄いです! こんなにも綺麗な景色が王都の学園で見れるなんて!」

「トゥーリは王都の出身じゃないの?」

「はい。私は地方の出身です。魔法の才能があるからと、この学園の試験を受け刺せっれまして、美しさも、賢さも、魔法的な才能もあまりないので、辛いんですが、オレオちゃん! 友人に出会えたことが一番の幸福なのです!」


 瓶底メガネ越しにキラキラとした瞳をしているように思える。


「それは良かったな」

「あっ! アンディウス様、ごめんなさい」

「うん? どうしたんだ?」

「アンディウス様が落ち込んでいたのを励ますために、ここに来たのに私が喜んでしまって」

「なんだそんなことか」


 俺はトゥーリに近づいて隣に座る。


「ふぇ?」

「少しだけ俺の愚痴を聞いてくれるか?」

「はっはい! もちろんです!」

「ありがとう。俺には二人の友人がいたんだ」

「レオガオン様と平民のマシロさんですよね?」

「なんだ知ってたのか」

「あわわわ、お三人は有名ですので」

「そうか。うん、その二人で間違いない。その三人でつるんで冒険者をしたこともあった。勉強をして学園に入学するために色々と頑張った。だけど、どこかでズレてきてしまったんだろうな」


 俺は自分でも情けないが、友人を失うことが怖いと思っている。

 レオのことを利用して、親友ポジションに入れば美味しい思いができるとか、勝手なことを思っていたくせに、今の俺は二人を失うのが怖い。


 考えるとどんよりと暗い気分になる。


「アンディウス様にとって、お二人は本当に大切な友人なのです」

「えっ?」

 

 俺ではなく、海を見つめたままトゥーリが呟いた一言に顔を上げる。


「本当に大切だから、失うのが怖くて、本当に大切だから、思い悩むのだと思うのです。わっ、我も友人が一人おります。たまに意見の違いで喧嘩することもあるのですが、彼女と喧嘩して別れたいと思ったことは一度もないであります」


 言葉が吃り、詰まり詰まりではあるがどうにか気持ちを伝えようとしてくれるトゥーリはとても優しい女性なんだろう。

 

 感傷的になっていた気持ちがトゥーリのおかげで少し軽くなる。


「ありがとう。多分、俺の中では二人とも大切な友人なんだ。だから、寂しくある。だけど、二人が俺から離れていくのも成長だと思えば、仕方ないのかもしれないな」

「友人の成長を願い涙するでありますか!!! なっ、なんと尊い!!!」

「えっ?」

「なっ、なんでもないであります!」

「なぁ、一つ願いを聞いてもらってもいいか?」

「なんでありますか? 我で叶えられる願いであれば、聞くであります!」


 どこか陰キャの印象の強いトゥーリだが、メガネを外した姿は超絶美少女で、どうしてもあの瞳をもう一度見てみたいとずっと思っていた。


「メガネを外した顔を見せてくれないか?」

「うっ、そっそれは……」

「何かあるのか?」

「実は我の魔法の真髄は瞳にあるのです」

「瞳?」


 瞳に魔法の真髄があるということは、なんらかの魔眼持ちなんだろうが? どうしてこんなにも惹かれるのか知りたい。


「はいであります。ううう、アンディウス様ならば! 我は魅了の魔眼持ちなのであります」

「魅了の魔眼?」

「はいなのです。今まで使ったことはありませんが、異性に好意を抱かせることができるというのです。周りは女性ばかりで男性にあったことがこの学園に入るまでいなかったので、使ったことがないのです」

「なら、その初めてを俺に使ってくれないか?」

「なっ、何を言われているのでありますか! 魔眼の力で人の気持ちをネジ曲げるなどあってはならないのです」


 彼女は素晴らしい精神の持ち主だと思う。

 この世界に住んでいる魔法使いたちは、皆自分の利益のために魔法を使う。

 

 それが強さであり、美しさであり、賢さだからだ。


 だが、それを倫理観の元で制御しようとするトゥーリのような人種の方が貴重な人間だろう。


「今の俺はどうしても君の瞳がみたいんだ。それに気持ちが落ち込んでいるから、そんな俺の願いを聞いてくれないか?」

「うっ、ずっ、ズルいであります。しっ、仕方ないであります。少しだけであります」


 俺はそっとメガネに手をかけた。

 大きな瓶底眼鏡が外れて、美しい二つの大きな瞳が俺を見る。


 その瞬間に、ドクンと胸が高鳴る。


 やっぱりそうだ。


 この瞳に見つめられていると、俺は心が安心してくる。


 トゥーリの頬に手を当てる。


「ふぇ?」


 そっと、顔が近づいて唇が重なった。

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