第49話 ズレ始める関係

《side レオガオン・ドル・ハインツ》


 オレオに、もう一度声をかける勇気が持てない。


 パートナーとして誰かを選ばなければならない。

 だから声をかけないといけない。

 それはわかっているのに、また振られた時のことを考えて、どうしてももう一度声をかけるということができない。


「あれ? ハインツ様ですよね?」

「えっ?」


 ここ数日はいつも話しかけてくれる武術クラスの者たちが声をかけてくれなくなった。オレオに振られた俺様を敬遠しているのかもしれない。


 そんな俺様に声をかけてきた人物に視線を向ける。


「あっ、ごめんなさい。ハインツ様は有名人ですので、つい声をかけてしまいました。初めましてですね、魔導クラスのメリッサと申します」

「メリッサ?」


 黄緑色の髪に、大人しい雰囲気を持つ柔らかな笑顔を浮かべる女性は、とても胸が大きくて視線がつい胸元に吸い寄せられる。


「ふふ、これが気になりますか?」 


 ローブ越しに彼女が自身の胸を持ち上げる。

 その仕草が妖艶に見えて、視線を逸らした。

 

「本当はコンプレックスですが、ハインツ様に気に入っていただけるなら良いですよ」

「えっ?」


 オレオに振られて剣を振るう気力も持てないでいたから、木陰で休憩をしていた。

 気力がどれだけ大切なのか、思い知らされる。

  

 そんな俺様に寄り添うように、メリッサと名乗った女性が近づいてきて、顔を優しく抱きしめてくれる。


 制服越しでも柔らかさが伝わってきて、傷ついた心を癒してくれるような暖かさが伝わってきた。


「私は魔導クラスなので、あまり会う機会がありませんでしたが、ハインツ様のことを遠目に見てからお慕いしておりました」


 優しい声が耳元で囁かれる。

 甘い香りが鼻腔を満たして、脳が溶けるような感覚を覚える。


「男性とは女性のお腹から生まれてきます。母の優しさに触れるような感触ではないでしょうか?」

「どうしてこんなことを?」

「とてもお辛そうな顔をされていましたから」

「辛そう?」

「はい。お一人で木陰に入っていく姿が辛そうに見えたのです。声をかけずにはおられず、怪しい女だと思いますか?」


 怪しいかと聞かれれば、そうなのかもしれない。

 だけど、柔らかな感触と、甘い花の香りに心地よい声。

 もう、このままメリッサに抱きしめられている時間が長く続けば、オレオのことを忘れられるんじゃないだろうか?


「何が有ったのかは、私ではわかりません。ですが、私でよければハインツ様を癒すお手伝いができないでしょうか?」

「手伝い?」

「ええ、そうですね。こういうのはいかがでしょうか?」


 メリッサは俺様の頭を抱えたまま体勢を変えて、自分の膝に俺様の頭を下ろした。

 膝枕をされて、手をかざした。


「私は自然系の魔法は得意ではないのですが、寒くはありませんか?」


 そう言って日の光を再現したような暖かさが体を温めてくれる。

 いつの間にか体は冷えていたのかもしれない。


「いや、暖かいよ」

「それは良かったです。ハインツ様」

「レオ」

「えっ?」

「俺様はレオガオンだ。そう呼ぶことを許そう」

「ふふ、ありがとうございます。それではレオガオン様。頭を撫でてもよろしいですか?」

「ああ」


 メリッサは、家名を名乗らなかった。

 貴族ではなく平民なのだろう。オレオと同じ。


「気持ち良いですか?」

「ああ、心が落ち着いていくようだ」

「それは良かったです。私で良ければいつでも声をかけていただければ、レオガオン様のために力を尽くしますよ」

「本当か?」

「ええ、もちろんです。私は男性を大切にすることを教えられて育ってきました」


 いつもオレオには冷たくされていた。

 それでも手合わせをしていく間に心が通わせていると思っていた。


 オレオとなら優勝が狙えると思った。


 だけど、優勝なんて、もうどうでもいい。

 今は、心の傷を癒したい。


 メリッサに全てを委ねたい。


「メリッサ。俺のパートナーになってくれるか?」

「私がパートナーに? 魔導クラスの私では優勝は叶いませんが?」

「構わない。受けてくれるか?」

「ふふ、もちろんです。レオガオン様に求められるなんて、とても嬉しいです」


 メリッサはそう言って、そっと俺様の手を握ってくれた。

 太ももを枕にして、大きな胸が顔を挟み。

 頭を撫でられながら手を繋ぐ。


 しばしメリッサと過ごした時間は、俺様にとって癒しの時間になった。


 もう、オレオのことなど……。



《sideメリッサ》


 闇の結社は常に男性至上主義として、男神を崇め奉り、神に我が身を捧げるのです。


 男性至上主義である以上は、心が弱っておられる男性に寄り添って、お支えするのも我々の勤めなのです。


「レオガオン・ドル・ハインツ様が女性に振られてしまわれたのですね。なんとお可哀想なのでしょう。これは私がナグサめて差し上げなければいけませんね」


 神を降臨させるためには男性の依代が必要になります。


 もしかしたら、神を降ろしていただけるかもしれない。


 そんな淡い期待を少しだけ持ちながら、相手をしてみれば、なんと揺らぎやすい心を持っておられるのでしょう。


 ふふ、これほど男神を受け入れやすい体はありませんね。


 アンディウス様も中々に上物だと思っておりましたが、レオガオン様も中々に器としては優秀ですね。


「レオガオン様、あなたのためならば私はどんなことでも致しましょう。この身を捧げても惜しくはありません。ですからどうかその器を人身御供になれるほどに壊してくださいませ。ふふ、ふふウフフふふふふふふふふふふふふっふ」


 私は、その時を楽しみにしております。

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