第36話 演習 5
川岸までたどり着いたところで、体力は限界に近い。
人を抱えたまま泳ぐことが大変なことを改めて実感させられる。
だが、このまま倒れていては濡れた体が冷えて危険だ。
夜が明けるまでにはもう少し時間がかかる。
重い体を引きずりながら、枯れ枝を集める。
「うん?」
枝を集めていると、小さな瞳が俺を見つめていた。
「ムササビ?」
掌サイズの生き物は珍しく。
魔法が使えない男性はテイムすることもできない。
だが、目が合った瞬間から、その小さな生き物は俺に駆け寄ってきて跳んだ。
「うわっ!」
顔に張り付いたムササビは、頬をスリスリと寄せてくる。
フワフワでモコモコな感触が気持ちよくて可愛い。
「なんだ?」
疲れているので思考が上手くまとまらない。
引き剥がすことも面倒に感じて、枯れた枝で焚き火を作った。
「いい加減に離れてくれ」
ムササビを引き離そうとするが顔から離れない。
むしろ、頭の上に乗って眠りについてしまった。
「さすがに行軍をして、料理を作り、寝ていない状態で戦闘をして、川を泳いだことで体力が限界だな」
あまりにも体力が尽きかけて眠気が襲ってきたので、見張をしなくてはいけないと思いながらもウツラウツラと睡魔に襲われた。
♢
《sideキャサリン》
目を覚ました私の前には、アンディウス様が座りながら眠りについていた。
状況を思い出そうとするが、アンディウス様がパワースーツを着て、カグラ王女と戦闘を行ってからの記憶が思い出せない。
ただ、自分の意識が何者かに奪われて「見つけた」と発したような気がする。
それが何を意味しているのかはわからない。
ただ……、あまりにも無防備な姿で寝ておられるアンディウス様。
「アンディウス様?」
お声をかけて目を覚まされないか確かめる。
ふと気づけば、全身がずぶ濡れだった。
アンディウス様も私も川に落ちてしまったようだ。
私を助けるために? 状況を考えれば、意識を失った私を助けるためにアンディウス様が飛び込んでくれたのだろう。
ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふウフフふふふふふふふふふふふふふふっふふっふふふっふふふふふふふふふふうふ。
やっぱり私とアンディウス様は結ばれる運命だったのだ。
私は着ていた衣類を全て脱いで焚き火の上に干していく。
下着姿になった私はもう一度アンディウス様に声をかけた。
「アンディウス様? 寝ておられるのですか?」
どれくらいの時間が経ったのかわからない。
だけど、陽が上がっていないことを思えばそれほどの時間は経っていないだろう。
「そのままでは風邪を引かれてしまいます。服を脱いで人肌で温めましょう」
私はアンディウス様のシャツに手をかけてボタンを外していく。
鍛え抜かれた体が顕になって、ため息が漏れてしまう。
「ハァハァハァハァハァハァっハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァっハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァっハァハァハァハァハァハァハァ。いけませんね。これは邪な行為ではありません。アンディウス様がご病気になられないための処置なのです」
アンディウス様の上着を脱がせて互いに冷たくなった肌を合わせます。
もっと悪いこともしてみたい。
だけど、それでアンディウス様がご病気になられて死んでしまってはいけません。
今優先すべきは暖をとって、互いに生き残ることです。
「アンディウス様。お慕い申しております」
眠っているからこそ、秘めた想いを告げることができるのです。
「キュ?」
「うん?」
私がアンディウス様を寝かせようとしたところで、アンディウス様の頭に捕まった魔物が鳴き声を上げた。
「なっ!」
「キュキュ! シャー!!!」
良い雰囲気が台無しになってしまった。
魔物を捕まえるために手を伸ばせば叩き落とされる。
魔法を使って倒してしまいたいが、アンディウス様にも魔法を当ててしまう。
「くっ! 魔物よ! アンディウス様から降りなさい!」
「キュキュ」
顔を背けて、こちらのいうことを聞こうとしない。
「いいでしょう。操作魔法はそれほど得意ではありませんが、あなたをテイムして……。テイムしてアンディウス様の監視をさせれば……」
ふふふふふふっふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふふふふ。
「いいですね。あなたアンディウス様に懐いているのでしょ? どうです? 私にテイムされて、アンディウス様と一緒にいませんか?」
精神を少しずつ侵食してアンディウス様を私のモノにするつもりでしたが、そのための布石として生き物を使うのはありですね。
「さぁ、我が眷属として目覚めるのです!」
私は魔物をテイムするために魔力を行使しました。
「キュン!」
ですが、我が魔力が弾かれました。
「なっ!」
「キュキュ」
ムササビの魔物は、我が魔力を弾いた上でアンディウス様を守るように魔力障壁を張りました。その中で風を巻き起こした。
濡れていたアンディウス様の体が乾いていく!
「キュキュン!」
得意げな顔でこちらを見てくる。
魔物風情が! いいでしょう。
その障壁を突破して、私はあなたを討伐します!
覚悟するがいい。
「んんん」
「!!!」
目を開くアンディウス様!!!
「あれ? キャサリン? なっ! なんで下着姿なんだ!」
「あっ、いや、これは!」
「うん? ああ、そうか。川に落ちたから服を乾かしていたのか、すまない。助け出して焚き火を作って力尽きてしまったようだ。寒かっただろ? 焚き火に当たってくれ。俺は……あれ? 服が乾いている。キャサリンがしてくれたのか? ありがとう」
はっ反論ができない! もしも、魔物がやったと言ってしまったら、アンディウス様はあの魔物を可愛がってしまう。
ならば、このまま森で別れて、後日を狙った方がいい。
「そっ、そうです! 先ほどお身体が冷えていたので服を乾かして肌を合わせて温め合おうとしておりました」
「そうだったのか。恥ずかしい想いをさせたな。俺のためにすまない。朝日が上がってきたな。服も乾いたからそろそろ行こうか」
「……はい」
次は必ず!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます