第24話 気になる存在

《sideカグラ・ダークネス・ヤンデーレ》


 生まれた頃から、世界は私を中心に動いていた。


 母は女王であり、兄は男性の中でもとびきり美しい容姿をしていた。

 母と兄と過ごす日々に私は満足している。


 家族の愛に包まれていたからだ。


 母からは美しい容姿と、強さを。

 兄から愛情と、初恋を。


 最高のプレゼントをもらったと思っている。


 だけど、そんな私も成長するにつれて、不思議な感覚を知ることになる。

 チヤホヤとされることが当たり前。


 社交界でも、城の中でも常に私は誰からも愛されてきた。


 世界は家族がいれば十分だと思っていたのに、どうしても気になる存在がいる。


「おい、起きろ。もうすぐ終わるぞ」


 入学式に挨拶を任された私は数日かけて考えた原稿を読み上げている。

 この私が話をしているのに居眠りをしているなど信じられない。

 これまでそんな屈辱を味わったことはない。


 兄は常に私を大切にしてくれた。

 幼馴染のグリーンとブルームは常に私を褒め称える。


 初めての社交界では、多くの男たちの視線を感じていた。

 女王の娘であり、次期女王として一番可能性が高いという理由だけではない。 

 

 私が美しいからだ。


 強く、美しく、賢い女性こそが必要とされる世界で、私は全てを兼ね備えている。


 それなのに……。


「それではあなたは私の言葉を覚えているのですか?」


 居眠りをしていた男、アンディウス・ゲルト・ミルディン伯爵子息。

 伯爵家の男如きが私を無視していいはずがない。

 そう問いかけた私に対して、敬意を感じられない瞳を向けられる。


 ゾクっと、背筋に感じたことのない電流が走る。


 無機質で、興味のかけらも感じられない冷たい瞳。

 その瞳で見つめられながら、一語一句間違うことなく、私が入学式で発した言葉を口にする。


 それは完璧でグウの音も出ない。


 悔しいと思うと同時に、彼のことが気になるようになった。

 学園が始まってからの彼の動向は、他の男性たちとは全く違う。


 女性は、男性に対して美しさや強さをアピールする。

 それは美しければ、男性から求められ、強ければ生きていくのに困らないからだ。

 

 賢さなど女王になる者や、それを補佐して政治を司る者しか必要ではない。

 強さがあれば、魔物を狩って生活ができる。

 美しさがあれば、多くの男たちに求められて子を成すことができる。


 賢さを欲するのは貴族の女性ばかりの教室で、男性が来る場所ではない。

 それなのに、全ての座学に参加している男性がいた。


「あなた、バカなのかしら?」

「隣に着席していきなり失礼なことを言われるのですね。カグラ王女様」

「だってそうじゃない? ここは貴族の女性たちが知識を得るための場所よ。男性が来ても面白いことなど何もないわ。男性は政治に関わることはできないのよ。学んでも意味がないじゃないの」


 肩にかかる髪をかきあげて彼をバカにする。

 だけど、気になって仕方ない。


「別に、俺のことは気にしないでください。動くのが嫌なだけなので、隅の方で寝ています」


 そう言って、私がいるにも関わらず机にもたれて眠りに入ってしまう。

 

 本当にやる気がない。

 私に対して敬意もない。


「うんん」


 唸り声が聞こえて、彼がこちらを見た。目を閉じている。

 兄様の方がイケメンね。彫刻のように美しい顔をしているのだから、兄様がかっこいいのは当たり前。


 彼の顔は細長いシャープな顎のライン。長いまつげ、切れ長な瞳。

 つい、見いってしまう。


「あの」

「えっ?」

「そんなに見つめられると視線が気になって眠れないので、あまり見ないでもらえますか?」

「なっ! 誰があなたなんて!」

「うん? ヤンデーレ様? どうかされましたか?」


 授業中に立ち上がってしまったために、先生に質問をされてしまう。

 彼の顔を見ていて、何も考えているはずがない。


「先生。そこの公式間違っています」

「なんですって?!」


 私が動揺していると、彼が手を挙げて黒板の一箇所を指差した。

 確かに間違っている。


「あら、本当ね。ヤンデーレ様、指摘ありがとうございます」

「いえ」


 席についた私に対して、彼は背中を向けて寝入ってしまっている。

 ずっと授業を聞いていないくせに、黒板を見て助けてくれた……。


「礼を言うわ」

「はい、受け取りました。それではおやすみなさい」


 なんなのです! その態度は! もっと話してもいいじゃない。

 私と話ができるなど貴重な時間だと言うのに。

 邪魔するなといわんばかりの雰囲気で、私も彼を見ないようにして授業に集中する。


 彼は全ての座学を習得しており、歴史や算術、魔法学だけでなく戦略なども学んでいた。

 その全てで隣の席に座って、彼の後頭部にたまに視線を向けるようにしている。


「あの」

「はい? なんですの?」


 やっと彼から声をかけてきたことに緊張してしまう。


「どうしていつも隣に座るんですか? ブルームや、クロード王子まで授業によっては迷惑なのでやめて欲しいです。うるさいので」

「あなた!!! いいでしょう。そうします」


 まるで、こちらがストーカーしているように言うが、同じ授業を受けているのだから仕方ない。


 それに今更他の者にこの席を譲るなどあり得ない。


 意地でも隣に座ってやるんだから。 

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