第11話 家庭教師の実力 後半

 マシロと対峙して、相手を観察する。

 素人である俺から見れば、マシロは圧倒的な強者だ。

 一撃を当てることができれば十分に凄い。


 だから、大ぶりで攻撃をすれば、スキだらけになってすぐに負ける。


 出した結論は……。


 腰を落として、木刀を下段に構え、足を摺り足にしてゆっくりとマシロに近づく。


「んんん」


 俺の動きにマシロは一瞬だけアネモネ様を見た。

 それが何を意味しているのかわからない。

 少しでも戸惑いを感じてくれたならありがたい。

 次の動作として、軽いジャブが必要になる。


「はっ」

「!」


 俺は踏み出して攻撃をするように気合いの声を出す。

 それに対してマシロが反応して右に避けようとした。

 攻撃する意思を持たない俺の木刀がスッと右へ差し出される。


 コン!


 マシロの体が木刀に当たった。


 その瞬間に俺の体は宙に浮いていた。


「参った」


 地面に転がされて空を見上げる。

 何が起きたのか全くわからない。

 マシロが俺を投げ飛ばしたことだけは理解できる。


「そこまで、マシロ。あなたの負けよ」

「お母さん!!!」

「コラ、今は師匠と呼びなさい」

「うっ」


 マシロは負けず嫌いのようだ。

 まぁ、当てただけで勝ったなんて言えないけどな。


「アンディ、起きられるか?」


 ずっと寝転んだままだった俺を心配して、レオが声をかけてくれる。


「ああ、大丈夫だ。優しく投げられたからな」

「ハァー、アンディも負けたか」

「だな」

「いいえ、アンディ。あなたの勝ちよ」

「負けですよ。何もできませんでした」


 俺は素直に負けを認める。


「そうじゃないの。今、この子は怒りに任せて魔法を使用した。禁止していたのにね」

「うっ」


 マシロは罰が悪そうな顔をする。


「アンディに木刀を当てられて、焦って加速の魔法を使ったの。だから、マシロの反則負けよ」


 説明をされても全然嬉しくない。


「納得していないようだから言うけど、あなたはレオの戦いを見て警戒を強めた。だけど、それで怖気つくのではなく、自分にできることを考えて正解を導き出した。あなたの行動一つ一つがマシロを焦らせる要因になって、マシロに負けるかもしれないと思わせた。反則はあなたが導き出した結果だから誇っていいわ」


 アネモネ様に褒められて、俺は頭を掻いて立ち上がる。


「マシロ!」

「はっ、はい!」

「今のは引き分けだ。いつか、マシロに勝てるようにちゃんと訓練をする。レオもそれでいいな!」

「おう! 負けたままでいられるか?!」


 俺だって、自分よりも小柄な女の子に投げられて負けたままなんて嫌だ。

 

「ふふ、いいわね。あなたたち二人はとても良い。私が思っていたようなクソみたいな貴族じゃないから真面目に指導してあげちゃう」

「はい!」

「おう!」

「ノンノン。こういう時に男の子がする返事は、押忍よ」


 俺とレオは顔を見合わせるが、意外に悪くないと思えた。


「「押忍!!」」

「ふふ、本当に良い子ね。可愛くて食べちゃいたいほど」


 アネモネ様の言葉に背中がブルブルと震える。


「それと、私のことは師匠と呼びなさい。指導をする以上はあなたたちは私の弟子よ」

「「押忍!!」」

「よし。それじゃ二人の課題を伝えておくわ。まずは、レオ」

「押忍!」

「あなたは、攻撃的な性格のせいで攻撃が単調になりがちよ。それに体が全くできていないわね。基礎的な体力作りをしながら、相手を観察することから始めましょう」

「押忍!」


 レオも素直に師匠の話を聞く気になったようだ。

 これは良い傾向だな。


「次! アンディ」

「押忍!」

「あなたは観察する力に長けているようね。だけど、戦い方が全くわかっていない。だからレオと同じく基礎的な体力作りと型の練習から始めましょう」

「押忍!」


 二人の弱点を的確に指摘されて、やる気が満ちていく。


「それじゃまずは体力作りよ。走りなさい!」

「「押忍!!!」」


 走り出した二人の横にマシロが並ぶ。


「うん?」

「私は負けていません」

「ああ。もちろんだ」

「負けてはいませんが、負けるかもって反則をしたのは事実です。だからごめんなさい」


 どうやら、師匠に指摘されたことでマシロも悔しさを感じてくれたようだ。


「次は俺様が勝ってやるからな」

「あなたには全く負ける気がしません」

「何を!!!」

「なんですか?!」


 負けず嫌いの二人が張り合うように速度を上げていく。


「二人とも、そんなペースじゃすぐにバテるぞ!」


 俺たち三人の修行はこうやって始まった。


 とても楽しくて時が過ぎるのは早かった。



 師匠とマシロは、レオの侯爵家の離れで住むようになり、俺たちは毎日三人で修行をするようになった。


 その間に、レティシア姉さんは学園へ入学をして、俺たちは半年間体力作りと基礎的な武術の型を習うことに集中する日々を過ごした。


「毎日毎日走ってばかりじゃねぇか」

「そうだけど、走っても息が上がらなくなってきたぞ」


 広いハインツ家の敷地を走り回る日々は、最初は辛かったけど最近は走ることは苦にならない。

 基礎的な武術の型を学んだ後は、それぞれにあった戦い方の勉強に入っているので、応用も楽しい。


 師匠の指導によって強くなっている実感がある。


 修行以外の時間は、歴史の勉強や言葉の勉強も欠かしてはいないので、マシロも最近は賢くなってきている。


 俺たちは三人は互いを高め合い、競って強くなろうとしていた。


「最近の兄様は楽しそうなのです」


 家に帰ると膨れっ面のシンシアに出迎えられる。

 操作系の魔法を得意としているシンシアは、武術や勉強でも家庭教師を雇っているので、毎日習い事が忙しい。


 そのためなかなか一緒に過ごす時間がなくて、寂しいそうだ。


「シンシア、毎日よく頑張っているね」

「そうなのです! シンシアは頑張っているのです! だから、もっと兄様はシンシアを構うのです」

「はは、うん。シンシアは可愛い妹だからね」


 たまに膨れっ面でやってくるシンシアは勉強か、魔法で上手くいっていない時に愚痴を言いにくるのだ。

 それを受け止めるのも兄の勤めだ。


「む〜、兄様から別の女の匂いがするのです」

「別の女って、レオのところで一緒に勉強をしている子がいるからじゃないかな?」

「その子は、シンシアよりも可愛いですか?」

「そんなことないよ。シンシアの方が可愛いよ」


 これはある意味で本当だ。

 マシロと長く過ごすようになって、平民特有の気軽さと食いしん坊キャラが発覚して見ていて面白い。


 それに対して、貴族の淑女として育てられているシンシアは礼儀正しく。

 だけど、兄にだけ甘えてくれるので可愛い。


 それぞれの良さがあり、どちらの方が可愛いと聞かれればシンシアだと答えられる。


「それならいいのです。兄様はシンシアが一番可愛いのです」

「はいはい」


 抱きついてくるシンシアの頭を撫でてあげならが、俺は今の日々を楽しんでいた。

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