第10話 家庭教師の実力 前半

 冒険者アネモネという人物は、ゲームで主人公を鍛えた冒険者として名前だけが出てくる。

 やってきた冒険者アネモネは、真っ白な髪を腰まで伸ばした顔の綺麗なだった。


 女性だと疑問に思うのは、身長が180センチを超えていて、かなり体が鍛え込まれている。まるで男性のような体格をした人だったからだ。


 いや、そういう女性がいないとは言わない。


 だが、明らかに男性に見えるのは俺だけなのだろうか?


「ハインツ侯爵様、ミルディン伯爵様、お初にお目にかかります。冒険者アネモネにございます。本日は指名依頼を頂きありがとうございます。こちらは私の助手を務めます。冒険者見習いのマシロと共に努めさせていただきます」

「マシロです」


 優雅に見える挨拶は、その辺の貴族よりも完璧で見惚れるほどに美しい。


 ただ、次に紹介された冒険者見習いのマシロに俺は唖然としてしまう。


 あれは……主人公だ!


 乙女ゲームの主人公のビジュアルは、もう少し大人びていたが、今から2年後だと思えば、身長や色々なところが成長していくのだろう。

 入学前に冒険者アネモネに鍛えられていた話が土台にあったのは理解していたが、まさか一緒にやってくるとは思ってもいなかった。


「うむ、よくぞ来てくれた。貴殿のことを知らなかったので調べさせた。悪く思わないでくれ」

「大丈夫です。むしろ不審に思わない方がおかしいかと」

「すまないな。だが、Bランクではかなり優秀な人物であるようだ。討伐した魔物は凶暴な魔物が多く。素晴らしい冒険者だと、ギルドの受付から聞いている。どうか、我が息子たちを鍛えてやってくれ」


 ハインツ侯爵様が挨拶をして、母上たちは席を立つ。


「我々がいては遠慮も出るだろう。貴殿の育成方法に息子たちから不満がなければ、今後も頼むことになる。どうか頑張ってくれ」

「はっ!」


 二人が立ち去ると、アネモネさんが立ち上がってこちらを見る。

 もうすぐ150センチに到達する俺たちの身長では、アネモネさんを見上げることになってかなり大きく見える。


「改めてお坊ちゃま方、自己紹介をお願いできるかしら? 私、あなたたちのこと全く知らないの」


 腕を組んで頬に手を当てる姿は様になっているが、どうして小指を立てているのだろうか?


「うむ! まずは俺様からだな。俺様の名前はレオガオン・ドル・ハインツだ! 獅子王レオガオンと呼ぶがいいぞ!」


 相変わらずのポージングで名乗りをあげたレオは得意げだ。

 それを見たアネモネさんは唖然として、アネモネさんの後ろで隠れて見ていたマシロは目をキラキラとさせていた。レオのポーズを真似ようとしている。


「そっ、そう。とても素晴らしいご挨拶ありがとうございます」

「ふっ、俺様のカッコ良さがわかるとはアネモネとやら。お前もできるな」


 キラリと瞳を光らせるレオ。

 うん。きっと大人の配慮で流してくれたんだよ。


「冒険者アネモネ様、アンディウス・ゲルト・ミルディンです。これから指導を受けますので、どうぞ僕のことはアンディと呼んでください」


 俺は無難な挨拶をしておく。


「こっちは聡明な感じなのね。二人の挨拶でなんとなく性格はわかりました。それでは私の挨拶をさせていただきます。私は冒険者アネモネ。冒険者ランクはB。中間で大したことはありません。得意なのは格闘術。武器全般を使うことも可能です。魔法を得意としている女性よりも、確かに男性の指導をするなら私の方が得意だと思って、今回依頼を受けさせてもらいました」


 キチンとした挨拶に、自分の特技となぜ受けたのか、こちらを子供と侮るようなことはなくしっかりとした説明をしてくれる。


「そうか! 俺様はアンディに誘われて鍛えてもらいに来たんだ! 今日はよろしくな」

「アンディ様に? どこで、私のことを?」

「はは、メイドに聞いたのです。ソロで活躍されている冒険者様がいるって」

「なるほど、そうでしたか。この子は私の娘でマシロと言います。お二人の指導を手伝ってもらうので、仲良くしてやってください」

「まっ、マシロです」


 真っ白な髪をセミロングに伸ばした美少女は、貴族である俺たちに緊張しているのか、少し吃りながら挨拶をした。


「なんだなんだ? こんなチンチクリンに俺様の指導ができるのか?」

「やめておけ、レオ。彼女は立派なレディーだぞ」


 現在のマシロは身長が130センチぐらいと低く幼い印象に見える。

 魔法は学園に入ってから学ぶが、体術に関しては入学当初からトップクラスの成績を取れる実力がある。


 つまりは……。


「チッ、チンチクリン!」


 マシロがショックを受けている。

 これはどうやってフォローをするべきだろうか?


「はいはい。それでは家庭教師の実力を見せるとしましょう。初日ですからね」


 空気を変えてくれたアネモネ様に、俺が顔を向けるとウィンクをされた。


「それは良いな! 俺様は木刀を使うぞ」


 お前は俺を殴ったことをちゃんと反省していないのか? 仕方なく、俺はレオとマシロが行う模擬戦を見守ることにした。

 

 レオは正式な訓練を受けていない、遊びでチャンバラで木刀を振る程度だ。

 それでも力があり、振りも鋭い。


「それでは模擬戦ですので、相手を怪我させないように気をつけて。開始!」


 アネモネ様の合図と共にレオが上段に木刀を構えて、マシロに切り掛かる。

 マシロはその攻撃を横に避けて足をかけた。


「うわっ!!!」


 そのまま派手に転んだレオ。


 俺はアネモネ様を見る。

 だが、首を横に振って、まだ終わりではないという。


「くっ! 俺様はこんなことで負けてないぞ! いやー!!!」


 レオはすぐに立ち上がってマシロに向かっていく。

 

 今度は振り上げるのではなく、突きを放つために、木刀を正眼に構えて、突っ込んでいく。

 足をかけられないように行き過ぎることなく、突いて木刀を先行させる。


 だが、マシロは軽やかなステップで、レオが木刀を突くことで開いた脇腹にリバーブローを決めた。


「グハッ?!」

「わっ、私はチンチクリンではありません!」


 あっ、気にしていたんだね。


「ひっ、卑怯だ! 魔法を使っているんだろ! アンディからも何か言ってやってくれ」

「レオ。マシロさんは魔法を使ってないよ」

「えっ?」

「アンディは冷静ね。レオ、あなたは相手を見ていないわね」

「相手を見ていない?」


 アネモネさんがレオに手を差し出す。


「戦いとは観察から始まるの」

「観察?」

「そうよ。相手はどんな身長体格性別をしているのか、筋肉の付き方は? 女性ならどんな魔法が得意なのか? それらがわからないのに無闇に突っ込んでいけば負けるのは当たり前でしょ」

「うっ」


 何も考えずにツッコンで行ったレオには耳に痛い言葉だろうな。


「アンディ、今度はあなたがマシロと戦って見なさい。あなたはしっかりと観察していたでしょ。マシロ、レオの時と同じで魔法はなしよ」

「「はい!」」


 俺はマシロと向き合う。

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