第9話 親友への想い

 パワースーツは、ただ着るだけで強くなれると言う単純なものではない。

 それを着用している者の努力次第で、どれだけでも強くなれる。

 そして、クイーンバトルに参戦する際には、女性との結びつきが強さに反映される。

  

 エンゲージ、「婚約」「誓約」「約束」「契約」などの意味を持つ言葉だが、強い繋がりを必要とされる乙女ゲームではキーワードになる。


 女性視点の主人公が幸せなハッピーエンドを迎えるために、特定の男性と一対一で結ばれることで、女王へ至る道に繋がっていく。


 つまり、乙女ゲームの設定では、クイーンバトルに参戦するために一人の男性と結ばれてエンゲージを結ぶ必要がある。


 エンゲージを結ぶことで、男女両方の戦力が増幅される。

 ただ、弱いままでエンゲージを結び、バトルスーツを着てもクイーンバトルに勝利することはできない。

 それまでに男性側も鍛えなければならない。

 

 この乙女ゲームをプレイした際に、悪役貴族として落ちてしまうレオ。


 ピエロとして、笑われるキャラであり、嫌われるキャラであり、悲惨な人生を歩むことが決定づけられている存在。


 それはあまりにも悲しいじゃないか……。


 ツンデレなのも、厨二病なのも、残念イケメンなのも見ていて面白い。

 

 レオの人生は一途に恋焦がれ、たった一人の女性に選ばれたいためにあった。

あまりにも気持ちの伝え方が不器用で、人付き合いが下手くそで、勘違いされて嫌われて、そのバカなところが愛おしさすら感じる。


 未来のレオの行動一つ一つは確かに鬱陶しさがあり、だけど、最後にどうしてそんなことをしたのか知った時に胸が苦しくなった。

 

 どうして、もっとわかってやれなかっただろう。

 どうして、もっとレオのことを知ろうとしなかっただろう。


 それを理解して、乙女ゲームを再プレイしても、レオを助けるルートは存在しない。

 どのルートでもレオは死を迎えるようにゲームでは作られていた。

 

 レオは俺自身ではない。

 だから、全てを回避してやることはできない。

 

 主人公相手じゃなくてもいい、レオが好きな人と結ばれて、エンゲージを結んで、幸せだと思える死を迎えられるようにしてやりたい。


 たった一人で孤独に死なないように、親友として一緒にいてやる。


 その横で、俺は誰ともエンゲージを結ぶことなくたくさんの女性に愛を届ける男であり続けよう。


「母上、お願いがあるのですが」

「あら、アンディ。あなたからお願いは珍しいわね」

「うん。僕は家族のように魔法を使えません」

「ええ、そうね。男性は魔法が使えないわ」

「だけど、強くなりたいんです! 母上やレティシア姉さん、シンシアに守られているだけは嫌なんだ」


 女性が強い世界であることは間違いない。

 

 だけど、女性に頼るだけの情けないまま、モテようなんて思っていない。

 自分自身で守れる力を持って、女性を守れる男になりたい。


「あなたは他の男性と違う発想をするのね。昔から自由奔放で他の人とは別の視点を持って生きている。具体的に何かしたいことがあるのかしら? 剣術を習う? 家庭教師が欲しいのかしら?」

「冒険者アネモネさんを僕の家庭教師に雇ってくれない?」


 冒険者アネモネは、僕の知識通りなら主人公の格闘技の師匠になる人物だ。

 

「冒険者アネモネ? あまり聞かない名前ね」

「母上、ダメですか?」


 上目使いにあざとく母上に抱きついておねだりをする。

 母上がアンディのことを可愛がっていることは、ここ数日で理解できた。

 なら全力でそれを利用してやる。


 貴族の中には、騎士や冒険者を定期的に発掘する者が多い。

 私兵を増やすという意味はあるが、それ以上に強者と戦い己を磨くという意味を持っている。


「いいわ。そんな冒険者がいて、家庭教師に来てくれるのか聞いて見るわね」

「うん。それともしも家庭教師になってくれるなら、レオも一緒に授業を受けて欲しいんだ。ダメかな?」

「あら、すっかりレオガオンのことを気に入ったのね。わかった。レーラに聞いておきます」


 それから数日が経って、冒険者アネモネがやってきた。

 


《side冒険者アネモネ》


 奇妙な依頼が舞い込んできた。


 貴族様からの依頼はたまにあるが、今回は二人の子息を鍛えて欲しいという。


 家庭教師の依頼だ。


 私は有名な冒険者じゃない。

 冒険者としてのランクはB級で、七つある階級の中間だ。


 上から、Z、S、A、B、C、D、E


 正直、名を売るつもりがないので、Aランクに上がるためにはパーティーを組んでリーダーの資質が問われる。もしくはSランク相当の魔物をソロで倒した実績が必要になる。


 だが、危険を犯して、これ以上のランクを上げるつもりはない。

 

「アネモネさん。今回の依頼は断らない方がいいかもです」

「あら〜どうしてかしら? 私って自由な女なのよ」

「それは知っていますが、ハインツ家とミルディン家は武闘派であまり良い噂を聞かないので」

「ふ〜ん、女が噂如きで狼狽えるんじゃないわよ」

「む〜、忠告はしましたからね」


 冒険者ギルドの受付嬢に釘を刺されたことで、逆に面白そうだと思ってしまった。


 女性は社会を構築して、少ない男は淘汰された。

 それでも数少ない男は己を可愛く見せることばかりに固執して、体を鍛えようなんて物好きは数少ない。


 むしろ、狡賢く小賢しい頭を使って女に取り入ることばかりを考えている。


「面白いじゃない。うちのマシロにボコボコにさせようかしら?」


 私は、今受けていたワイバーンの群れ討伐をソロで瞬殺して、家庭教師を受けることにした。

 

 ワイバーンは一匹だけなら、Bランク。

 群れで現れればAランク相当。


 Sランクなんて危険を冒さなくても、この程度の魔物を狩っていれば生活はできるんだから無理する必要はないわね。


「マシロ」

「お帰りなさい! お父さん」

「コラ、私はお母さんでしょ」

「あっ、ごめん。そうだったね」


 私に似て真っ白に染まった美しい髪をした愛娘を抱きしめる。

 目の中に入れても痛くないほどに可愛いわね。


「そうだ。マシロ。今度家庭教師の仕事を受けたから、住み込みになるわ」

「えっ! じゃあしばらく帰ってこないの?」

「いいえ、あなたも一緒に来てもらいます」

「私も?」

「ええ、今回はマシロと同い年の子息を鍛えるの、あなたには実践訓練の相手をしてもらうつもりよ。よろしくね」

「私にできるかな?」


 不安そうにする娘に私は苦笑いを浮かべる。

 私が知る中で最強に育ちつつある娘に呆れてしまったからだ。

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