第7話 初恋

 レティシア姉さんに手を借りて立ち上がる。

 シルバー様の元へ向かうと、レオはカグラ王女のことを見つめていた。


 カグラ王女は、クロード王子を見つめて楽しそうにしている。

 クロード王子は、妹の好意に対してめんどくさそうにしながらも話し相手になっていた。

 その隣にはブルームとグリーンが控えて、声をかけられるのを待っているようだ。


 女王陛下の元には、大勢の貴族たちが挨拶に向かっていく。

 母上も列に並んでいて、レオの母であるレーラ様と一緒に挨拶に向かっていた。


 社交界で、自分が行うべきことを考える。

 すると、乙女ゲームの知識である派閥争いや勢力図が頭に浮かんできた。

 家同士の関係性が設定として思い出される。


 孤立してしまうレオのハインツ侯爵家は、シルバー様のビジョップ公爵家と、我が家のミルディン伯爵家と関係を強固にしていた。


 逆にグリーンの家であるカーン公爵家と、ブルームのマックーロ伯爵家、そして現在は出てきていない侯爵家の者が対立関係にある。


 ヤンデーレ女王陛下は中立という立場を貫いていて、中立の貴族たちは女王の庇護を受けていた。


 現在の王国は三つ巴の派閥争いをしていた。


 レオガオンが俺を殺してしまうことで、我が家は離れ、ハインツ家も没落していく。その流れで、我が家は女王の庇護に入り、シルバー家は孤立してしまう。


 そのため乙女ゲームが始まる際には、女王派閥とカーン公爵家派閥が主となる攻略対象者になっていくのだ。


 本来のレオは、社交界が始まる前に追放されて、社交界デビューをしない。

 カグラ王女様に出会うこともなかった。


 俺としては、主人公となる女性に好意を持つ前に、レオがカグラ王女に好意を持つなど思ってもいなかった。


 案外、こいつは惚れっぽいやつなのだろうか? 主人公にも優しくされたというだけで惚れていたしな。


 だが、カグラ王女は兄であるクロード王子を想っている。


 異常なほどのブラコンだが、現在のクロード王子は恋愛感情を誰にも持っていないので、カグラの気持ちには気づいていない。


「レオ」


 俺がレオに声をかけると何かのスイッチが入ったように、レオが歩き始める。


「おっ、俺様は挨拶をしてくるぞ。シルバー」

「どうしたレオガオン? 突然、何を言っている?」


 レオは真っ直ぐにカグラ王女へ向かって歩んでいく。


 会場に入る前に犯した俺の失敗をレオがするんじゃないかと思って、気が気ではなかった。

 レオを追いかけるように歩き出すと、レティシア姉さんも後に続いて来てくれていた。


 カグラ王女とクロード王子の前に立ったレオガオンが胸を張る。

 

 何をするのかと思えば、いきなり厨二病全開のポーズを決める。


 その動作があまりにも派手だったために集まっていた少年少女たちの注目を集めた。


「あなたは誰ですの?」


 この場で一番位が高いカグラ王女がレオに対して問いかける。


「くくく、俺様はレオガオン・ドル・ハインツと申します。よろしく頼みます」


 おお! 恥ずかしがることなくやり切った勇気を褒めてやりたい。

 あのクソ恥ずかしいポーズで、気になっている女子の前に出るとは、レオよ! お前は勇者だ。


 しかも王族に向かって《獅子王》という単語を出さなかったのも偉いな。

 一応は、礼儀を弁えながらも、自分の味を出したってところか?


「なんですの? どうして変な立ち方をしていますの?」


 うわ〜、それは突っ込まないのがお約束なのに、完全に無視しただと! カグラ王女の方が情緒がわかっていないじゃないか!


 レオがプルプルと恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 わかる! わかるぞレオ! 恥ずかしいよな。

 だけど、それを乗り越えなくちゃ、真の厨二病にはなれないんだ!


「ふっ、これは我に秘められた力を制御するためのポーズです」


 恥ずかしいから誤魔化すための虚勢だよな。

 めちゃくちゃわかるぞ!


 むしろ、よくそこまでオブラートに包んだ! お前は真の厨二病だ。


「そうですの……、あなた変な人ね」


 カグラ王女様は興味を失ったように顔を背ける。

 レオも挨拶ができたことに満足したのか、立ち去ろうとしたところでブルームが声を発した。


「ハインツ家と言ったな。お前、礼儀がなっていないんじゃないか?」


 ブルームの言葉に、レオが正式な挨拶をクロード王子とカグラ王女にしなかったので、軽んじられたような雰囲気になってしまう。


 レオがオロオロとどうすればいいのかわからなくなり、シルバー様が前に出ようとした。

 ここでシルバー様が謝罪などして、レオの行為が悪かったと認めては、カグラ様との間に余計な誤解を残してしまうかも知れない。  


 状況がわからない者たちでは収めることはできないだろう。


「マックーロ様、そんなことはありませんよ。ハインツ様は、お二人に独自の挨拶方法で覚えていただいただけです」


 俺はレオとは違う厨二病っぽいポーズをとる。


「なっ!」

「それはお二人を軽んじた行為ではなく、お二人に楽しんでもらうために行ったことです」


 俺の視線はクロード王子とカグラ王女に向けられる。

 

 男性同士には上下関係がなく、ブルームに話しかけることは不敬にはならないはずだ。それに俺の説明によって、レオの行為に意味ができた。


「まぁ、そうでしたの。ふふ、確かに変な人だと思って面白かったですわ。ねぇ、クロード兄様」

「ああ、ハインツ。お前の挨拶は奇抜で面白かったぞ」

「まぁ、クロードお兄様が褒めるなんて、妬けてしまいますわ」


 カグラ王女は、明らかに揉めるのを嫌うような配慮を持って。

 クロード王子は若干レオの行動に対して目をキラキラとさせていた。

もしかしたらクロード王子もこっち側の人間かも知れない。


 俺へ向けられた言葉ではないので、二人に対しては頭を下げるだけで礼儀とした。

オロオロとしていたレオも、俺の横で同じように頭を下げた。

 二人のお辞儀は貴族として完璧な礼儀を弁えたものであり、誰にも文句を言わせないものだ。俺は顔を上げて、レオと共に王子たちの前から引き下がる。


 引き下がりながら振り返ると、クロード王子はレオを見ていた。

だが、カグラ王女は俺に不適な笑みを向けていた。

 ブルームは悔しそうな顔をして、グリーンは我関せずといった顔だ。


 そのまま俺はレオを連れて壁際まで引き下がることにした。

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