第5話 社交界の準備
部屋に戻ってきた俺は、週末に行われる社交界デビューについて、色々と記憶が曖昧な部分があったので、専属メイドのアンさんにいくつか質問をすることにした。
「つまり、社交界っていうのは、王族、貴族の人たちが集まって顔合わせをする場所なんだね」
「はい。初めて社交界に赴く男性は、貴族様方へのお披露目となります。女王陛下に子供が授けることが出来るようになった意味を込めてご挨拶します」
女性が社会を構築する乙女ゲームの世界で、貴重な男性として、女性に紹介する場所が社交界なんだね。
アンさんは他にも詳しく教えてくれる。
王国は、女王陛下を頂点にして、
公爵が二家。
侯爵が三家。
伯爵が十家。
ここまでを上位貴族と呼んで、領地を持ち、王国の政治に携わっている。
女王陛下は、前回の優勝者であり、親戚が公爵家に任命される。
それ以外の貴族たちは、女王陛下が女王になるために協力した者や、有力な闘士を女王がスカウトして迎え入れられた。
闘士が政治を行えるのかと疑問に思ったが、最低限の教育として、女王を目指す者たちは、国が運営する学園に通うことが義務付けられており。
それがゲームの前半部分になる学園パートを意味していた。
「なるほどね。決まった礼儀作法などはあるの?」
「もちろんです。一通りをおさらいしましょう」
社交界では、絶対的なルールとして、身分の低い者から高い者へ声をかけてはいけない。挨拶がしたい時には、身分の高い者の側に控えて、声をかけてもらうまで待つことが、当たり前なのだ。
他にも挨拶の仕方や、女王陛下に謁見するまでの流れを全て説明してもらった。
不安が残っていたので、アンさんに実技を行ってもらって確認をする。
確認したことはアンディの体が覚えていて、自然な礼儀作法を披露することができた。
「完璧です」
「そうなの?」
「はい。元々アンディ様は礼儀作法に関しては完璧でしたが、今は無駄な動きがなくなり洗礼されたように思います」
飄々とした性格をしながらも、礼儀作法などは真面目に覚える地頭はよかったようだ。
本番までに、アンさんに付き合ってもらって復習を行い完璧に出来るように覚えた。
社交界で、もう一つ大きな常識は、男性は女性よりも身分が低い。
そのため男性から女性を誘うような行為は、はしたない行為だと言われている。
基本的に壁の花になって女性から声をかけてもらうのを待つそうだ。
声をかけてもらう目的は、
お茶を一緒に飲む。
二人で話をする。
ダンスのお誘い。
アンディはお茶を淹れるのも、ダンスを踊るのも卒なく行うことができる。
貴族の子息として育てられて恥ずかしくないように教育を受けている結果だろう。
最後に俺が目に止めたのは、社交界用の衣装だった。
「これが社交界デビューの衣装?」
「はい」
シワにならないようにハンガーの代わりにマネキンに飾られた衣装。
赤いバラが刺さったハット帽。
真っ赤なダボッとしたブラウスに黒いベスト。
太ももまで見える黒い短パン。
足元はくるぶしまで見える短い靴下に革で出来た黒い靴。
派手であざとい衣装が飾られていた。
生足を見せるのは、女性へのアピールポイントなのだろう。
ダボッとした服やハット帽はどんな意味があるのだろうか?
「えっと、この衣装のコンセプトは?」
俺の問いかけに、アンさんは待っていましたと言わんばかりの勢いで立ち上がった。衣装の前に立って、一つ一つの説明を始めた。
「はい。まずハット帽に飾られた薔薇は、情熱を表しております。アンディ様の愛が深いことを表現しました」
「情熱と愛……」
「上はプリーツカフスブラウスの赤を選びました。ミルディン伯爵家の髪色に合わせて選ばせていただきました」
手首とか、襟裳のフリフリはプリーツカフスっていうんだね。
初めて聞くブラウスの形だよ。
「アンディ様はアンの好きに選んで良いと仰せでしたで、アンディ様に最も似合う色を選んだつもりです。ですが、ベスト着用が義務付けられておりますので、プリーツカフスブラウスの上にはベスト着用です」
「うん。ありがとう」
あまりにアンさんが力強いので、圧倒されてしまう。
もっと無口な人かと思っていたけど、かなり饒舌だった。
「ズボンは既定の長さよりも短くして、よりアンディ様の足が長く見えるようにしました。くるぶしまでの靴下と、パンツと合わせた靴をご用意してあります」
アンさんが俺のために選んでくれて、相当に気に入っている力作なんだね。
だけど、俺って足短いのかな? 長く見せる必要あるの?
「今回のコンセプトは、年上女性悩殺ショタカワあざと衣装です!」
めちゃくちゃあざとさを自覚していた。
「ハァー、これは母上や、姉さんは知っているの?」
「はい。もちろんです。お二人ともこの衣装を見た瞬間にヨダレを流しておられました」
「そっ、そう」
母上と姉さんが、衣装を見てヨダレを流しているって、どういう状況? 意味がわからない。とりあえず女性がこういうことが好きなことは理解できた。
「色々用意してくれてありがとう」
「はい!」
社交界デビューに向けて、俺は準備を始めた。
♢
いよいよ社交界デビューの日。
母上とレティシア姉さんと共に馬車へ乗り込む。
母上は貴婦人を思わせるドレス姿。
レティシア姉さんは、女騎士を連想させるパンツ姿の正装に身を包んでいる。
ただ、二人の視線が俺へ向けられている。
「何かな?」
「なっ、なんでもないわよ」
「ああ、なんでもない。それよりもよく似合っているではないか!」
二人の視線が俺の生足へ向けられているのが伝わってくる。
女性からの視線を、こんなにも感じる日が来るとは思ってもいなかった。
今日の俺はアンが用意してくれた衣装に、ハット帽から顔を隠すベールがかかっている。お披露目は女王陛下の前で行われるのでそれまでは隠しておくという意味があるそうだ。
「さぁ、到着よ。レティシア。しっかりとアンディを守ってね」
えっ? 守るってなに?
「わかっているぞ! 母上。私に任せてくれ」
ドンと胸を叩くレティシア姉さん。
もう社交界がどんなところかわからないけど、怖そうだというイメージしか湧いてこない。
ベールのせいで前が見え辛いこともあり、レティシア姉さんの腕を掴んで会場へ入るための階段を上がっていく。
歩くたびに、周りにいる女性からの視線が俺へ突き刺さる。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
俺はいたたまれない気分を味わいながらもなんとか、会場の入り口へと辿り着いた。
「アンディ」
名前を呼ばれて顔を上げれば、同じようにハットからベールを垂らしたレオの姿が映った。レオの隣には見たことがない女性が立っている。
「レオガオン・ドル・ハインツ様、ご機嫌麗しく、お声かけありがとうございます」
俺はアンに習った通りにレオへ挨拶をする。
俺の挨拶に、レオだけでなく、レティシア姉さんも、そしてレオの隣にいる女性も驚いた顔を見せる。
あれ? 何か間違えたか?
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