第33話 間違い
「それは……」
私が言い淀んでいると、渚が私の胸のリボンをほどいた。
「ねえ、桃華」
思わず唾を飲み込む。渚の瞳に映る私は、滑稽なほど動揺していた。
「ボタン、外してほしい?」
笑いながら、渚は私のワイシャツの一番上のボタンを触った。
「ねえ、どうしてほしいの?」
人差し指で、渚がそっと私の胸をつついた。
それだけで全身が熱くなる。真っ赤になった私を見て、渚はまた笑った。
どうしてほしい? なんて、言われても困る。
私はただ、渚に恋愛的な意味で好きになってほしくて、そのために頑張っていて。
こんな風に私を押し倒してくる渚への対処法なんて、私は知らない。
「……な、渚は」
情けないことに私の声は震えた。仕方ない。だって前の人生も含めて、誰かとこんな雰囲気になったことはないんだから。
ていうか、渚はどうして平然としていられるの?
この時点での渚の恋愛経験は、私と少ししか変わらないはずなのに。
「してほしいって言ったら、私とできるの?」
「なにを?」
「なにをって……その、分かるでしょ」
恥ずかしさのあまり目を逸らす。渚は少しだけ悩んだ後、頷いた。
「たぶんだけど……できると思う」
「……本当に? 私、女だけど」
「そんなの、私が一番知ってる」
渚はそう言って、今度は手のひらで私の胸を軽く揉んだ。
いきなりのことに変な声が出そうになったのをとっさに我慢する。
「ここ、痕つけていい?」
渚の言葉にびっくりして目を見開く。渚は真剣な顔のまま、私のブラウスのボタンを上から二つ外した。
「……なんで?」
どうしようもなく、喉が渇く。絞り出した声は、情けないほど震えていた。
「そうしたら桃華、他の人の前で脱げないでしょ」
渚は、どこまで本気なんだろう。
いや、紛れもなく彼女は本気だ。本気で、私が誰かのものになることを恐れている。
でもまだ、恋愛的な意味で好きだと、付き合ってほしいのだと言われたわけじゃない。
どうすれば、ちゃんと渚が私のものになるんだろう。
「嫌なの?」
渚の瞳が、不安そうに揺れる。こんな目で見られたら、私のとれる行動なんて一つしかない。
こんな状況で、上手い駆け引きなんて思い浮かばない。
「……いいよ」
私はもうとっくに、骨の髄まで渚のもの。
こんなに渚のこと好きなの、きっと世界で私だけだよ。
渚の顔がゆっくりと近づいてくる。
私は目を閉じて、初めての軽い痛みに耐えた。
♡
「痕つけるのって、結構難しいんだね」
やりきった、とでも言いたげな表情で渚が言う。
なんとなく顔を直視できなくて、目を逸らしながら頷いた。
今、私の胸元には渚がつけた赤い痕がある。一個だけかと思いきや、渚は大量に痕をつけた。
こんなの絶対、間違ってる。
そもそも、付き合ってもいないのにキスをした時から、たぶん間違えてしまっている。
今から、どんな風に軌道修正すればいいのだろう。
「桃華」
「……なに?」
「また、うちにきてくれる?」
渚がこんなことを聞いてくるのは初めてだ。だからこそ、言葉の意味を考えてしまう。
渚は今、いろいろと試している最中なのかもしれない。
私がどこまで渚を受け入れられるのか。
渚がどこまで私に踏み込めるのか。
「うん、またくるよ」
私の言葉に、渚は安心したように笑った。
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