第29話 なんでもするから

 だめだ。頭が上手くまわらない。いつもならちゃんと誤魔化せるはずなのに、涙をとめることすらできない。


「桃華ちゃん?」


 草壁が近寄ってくる。顔を上げようとすると、渚が私の頭にハンカチをかぶせた。


「弱ってる女の子の顔見るの、マナー違反だから」


 渚はそう言って、ハンカチの上から私の頭をぽんぽんと叩いた。


 どうしよう。

 怪しまれたよね。


「おばさんくるまで、休んでていいからね」


 優しい声で言って、渚は私の肩をそっと叩いた。


「……うん」


 とりあえず今はもう、渚の言葉通り、休んでしまおう。





「……はあ」


 自室の天井を見つめながら、何度目かも分からない溜息を吐く。

 お母さんの車に乗って家へ帰り、寝ていなさいと強引にベッドへ運ばれた。


「渚、どう思ったかな」


 明らかに私の言動はおかしかったはずだ。

 というか、冷静に考えれば、告白まがいのことをしてしまった気がする。


「どうしよう」


 いずれは渚と恋人になりたいし、そのためにいろいろやってきたつもりだ。

 渚よりも先に草壁と仲良くなろうとしたり、草壁を使って渚の嫉妬心を煽ろうとしたり。


 でも全部、台無しだ。

 きっと、私が本当に好きなのは渚だってこと、もうバレちゃってる。


 ベッド脇においていた鞄に手を伸ばし、スマホを取り出す。

 渚からも草壁からも、体調を心配するメッセージが届いていた。


 どうするのが正解?

 

 考えても答えが分からなくて、気づけば私は渚に電話をかけていた。

 体調が悪くて、まともに考えられる状態じゃないのかもしれない。


『桃華?』


 渚はすぐに出てくれた。


『もう大丈夫なの?』

「……うん。家でも寝たから」

『よかった。急に電話なんて、どうしたの?』

「えっと……」

『ねえ、桃華』


 電話の向こうの渚は今、どんな表情をしているのだろう。


『桃華は、私が誰かと付き合うのが嫌なんだよね』

「……うん」


 今さら否定できない。


『それは、どうして? 親友に彼氏ができたら寂しいから?』

「……うん」

『それだけ?』


 渚の声は軽やかで、楽しそうだった。


『私は、それだけじゃないんじゃないかなって思ったんだけど』


 からかうような言い方をされても、今は上手く言い返せない。

 口を開けば開いた分だけ、墓穴を掘ってしまいそうな気がして。


『ねえ、桃華。私ね、高校に入る前は、高校生になったら彼氏がほしいなって思ってたの』


 知っている。彼氏ができたら夏祭りに行きたいだとか、海にも行ってみたいだとか、そんな話を渚はしていたから。

 渚からすれば、単なる思いつきのような、たいした意味のない話だったことも知っている。


 でも私は、そんな話を聞くたびに胸が苦しかった。


『友達にも、彼氏ができて楽しそうにしてる子もいたりして』

「……うん」

『でも私、桃華がどうしてもって言うなら、彼氏なんていらないよ』

「……本当に?」

『うん、本当』


 こんなことを言われてしまったら、もう誤魔化したりなんてできない。

 恋は惚れた方が負け、というのは、本当なのかもしれない。だとしたら私は、生涯渚に負けっぱなしだ。


「渚」


 本当は、こんなつもりじゃなかったのに。


「……お願い。彼氏なんて、作らないで」


 だけど、なんだっていい。渚が他の男にとられるより、ずっといい。


「なんでもするから、私と一緒にいてよ」

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