第20話 だって
「映画、かなりよかったよね!?」
映画館を出るなり、渚がはしゃいだ声でそう言った。
そのことに関しては、私も異論がない。
「うん。すごくよかったと思う。途中で犯人とか思い出しちゃったけど、それでも楽しく見れたし」
「だよね!? 本当よかった! 映画わりと久しぶりだったけど、映画館で見るのいいなとも思った」
興奮気味の渚が可愛い。この笑顔を見られただけで、ここにきてよかったと思う。
「そういえばさ、予告で流れたホラー映画、ちょっと面白そうじゃなかった?」
渚が思い出したように言う。本編の印象が強くて忘れていたが、確かに面白そうな予告をやっていた気がする。
「うん。なんか、集落ものだったよね」
「そうそう。あれ、公開されたら観に行かない?」
「行きたい」
「じゃあ、約束ね!」
また、渚と出かける予定ができた。それだけで嬉しくて、にやけそうになる。
「で、これからどうする?」
映画館を出たところで、渚に聞かれた。スマホで時間を確かめると、現在の時刻は午後3時半。
家に帰るには、少々早すぎる時間だ。
「そうだね、どこか……」
話しかけて、途中でやめてしまった。草壁の姿を見つけてしまったからである。
そして、目が合ってしまった。
「桃華ちゃん!」
軽々しく私の名前を呼んで、草壁が近づいてくる。彼の隣には、見覚えのある男子がいた。
確か、草壁の中学時代の同級生……だよね。
草壁とはかなり仲がいいはずで、渚も彼女として紹介されたことがある、と言っていたはず。
彼と3人で撮った写真の中で、渚は草壁に腰を抱かれていた。
どれも、昔の記憶だ。渚を自分のものにできなくて、物分かりのいいふりをしていた時の記憶。
「偶然だね、2人も映画見てたの?」
「うん」
大丈夫、大丈夫。
今の草壁が好きなのはきっと私だ。渚じゃない。だから、大丈夫。
分かっている。分かっていても、草壁の視界に渚が入るだけで嫌な気分になる。
だって、渚は可愛くていい子だ。いつ草壁が渚を好きになったって、おかしくない。
「桃華」
ぐいっ、と手を引かれた。慌てて渚の顔を見ると、拗ねたように頬を膨らませている。
「今は、私とデート中でしょ」
そう言って、渚は歩き始めた。
♡
「で、この後どうしよっか」
草壁たちが見えなくなるまで歩いた後、渚は笑顔でそう聞いてきた。
「えーっと……本屋とか。新刊、ちょっと気になってるのあって」
「いいね! 私その後コスメ見たい。いい?」
「うん」
「で、最後にアイスかクレープでも食べながら帰るっていうのはどう?」
渚の笑顔は自然で、いつも通りだ。
でも、違和感がある。
だって……草壁の話題を少しも出していないから。
さすがに意図的なのだろうか。
尋ねようとした瞬間に、目で制された気がした。
あいつの話はしたくないから、と。
その眼差しの鋭さにぞくっとする。渚が草壁に嫌悪感を向けるたびに嬉しくなってしまうなんて、私は酷いだろうか。
「桃華? どうしたの? もしかして……」
あいつが気になるの、という言葉を渚は飲み込んだみたいだった。
「なんでもない。アイスにするかクレープにするか、考えてただけ」
もっと、もっとだ。
もっと、渚に嫉妬してほしい。草壁のことをとことん嫌ってほしい。
だって私、貴女が大好きだから。
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