第21話 練習開始
体育祭に向けて、応援団の練習が始まった。
3年生は受験があるから、応援団に参加する生徒はかなり少ない。ほとんどが、1、2年生だ。
練習時は学ランの着用はなく、全員体操服姿である。
「桃華ちゃん」
軽く右手だけを上げて、草壁が微笑む。微笑み返しただけで、隣にいる渚から鋭い視線を感じた。
練習初日の今日は、まず団長から基本的な説明を受ける。
それから係決めだ。派手な演舞だけではなく、応援団にもいろいろと細かい仕事があるらしい。
「桃華ちゃんは、何の係狙ってる?」
渚の視線に気づいていないわけじゃないだろうに、草壁は私の隣に腰を下ろした。
私を挟んで、草壁と渚が睨み合う。
私がこの2人の間に入れるなんて、昔は考えもしなかったな。
「桃華は私と一緒の係がいいでしょ」
そう言って、渚か私の腕をぎゅっと抱いた。体操服は制服のシャツよりも生地が柔らかいから、渚の柔らかな部分を感じる。
「ね、桃華」
甘えるような渚の声に、私はすぐ頷いてしまった。
だって、可愛い声と顔で甘えられたら、拒めるはずがない。
あーあ。
本当はもっと、渚が嫉妬するようなことを言えればよかったのに。
失敗したかもしれない。だけど、嫉妬心を煽りすぎれば嫌われてしまう。いいバランスを見つけなくては。
「優希くんは、何の係を狙ってるの?」
私がそう聞くと、とたんに渚はそっぽを向いた。草壁には全く興味がない、という分かりやすい意思表示である。
「玉入れかな。数えるの、面白そうだし」
玉入れ係の応援団員は、担当する組のカゴに入った玉の数を数える。
その間、みんなの視線を集めるのは応援団員だ。
他の係は審判やサポートばかりで、目立つことはあまりない。
目立ちたがりの草壁らしい希望ね。
内心でそう思っても、口には出さない。微笑みを浮かべたまま、いいね、と相槌を打った。
「私と違って運動も得意だし、体力もあるし、優希くんは応援団向いてると思うよ」
何気なく口にした褒め言葉だったが、草壁は思いの外照れたようだった。
不思議に思っていると、草壁が小さな声で言う。
「桃華ちゃんって、結構俺のこと見てくれてるよね」
……ああ、そういうことになるのね。
私が草壁についていろいろと知っているのは、過去に渚から聞いた話を覚えているからだ。
大好きな人が愛おしそうに語る憎き男の特徴を、私は一度聞いただけで覚えてしまっていた。
「そうかな。なんとなく、目に入っちゃうのかも」
露骨過ぎてはいけない。あくまでも自然に、ほんのりと好意を滲ませるだけ。
そしてそこに、わざとらしい恋愛の色は乗せない。
「へえ、それは嬉しいな」
草壁がはにかむと、渚がそっと私の手を握ってきた。
「ねえ、私たちの第一希望どうする?」
やたらと私たちの、を強調する渚が可愛い。渚と一緒ならなんでもいいよ、なんて返事は甘すぎるだろうか。
「渚が好きなやつでいいよ」
「せっかくだから、お互いやりたいやつがいいじゃん!」
渚の主張はもっともだ。うん、と頷いて、応援団の係について思いをめぐらせる。
何を選んだら、一番渚との距離が近づくかな。
「最高の思い出にしようね!」
そう言って、渚が純粋な笑顔を浮かべる。今すぐ抱き締めたくなってしまって、私はそっと唇の内側を噛んだ。
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