第19話 目印
一時間近く悩んだ結果、私たちはお揃いのヘアクリップを買うことにした。
髪をまとめるような大きなものではなく、小さなサイズのヘアクリップだ。
これなら、髪の短い渚でもヘアアレンジに使用できる。
私たちが選んだのは、蝶の形を模した薄紫色のヘアクリップだ。グラデーションがかった色味が特徴的で、ちょっと高かったけれど、誰かとかぶることもないと思う。
「可愛いの買えてよかった」
買ったばかりのヘアクリップを袋から取り出し、渚が嬉しそうに眺める。その横顔を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。
私とのおそろいを、こんなに喜んでくれるなんて。
「ねえ、桃華はどこにつける? 思いきって前髪あげてもいいし、編み込みとかしてもいいよね」
「そうね。渚なら、どっちでも似合うと思う」
「じゃあ、どっちがより似合うと思う?」
「……えっと」
渚が前髪を上げることは滅多にない。だから、前髪なしの渚が見れる機会はかなり貴重だ。
だけどそれって、他の人にも見られちゃうってことよね。
渚は外で前髪を上げることはほとんどないが、家でくつろいでいる時は別だ。邪魔だから、と雑に前髪をヘアピンでとめていることも多い。
何度もお泊りをしたり家で一緒に過ごしている私は、渚のそういう姿もたっぷり見てきた。
「ちょっと考えさせてもらってもいい?」
「なにそれ。桃華、私の髪型で真剣になりすぎ」
「だって、大事なことでしょ」
あはは、なんて大声で笑いながらも、渚はちょっとだけ照れたような顔をしている。
本当、可愛い。
「じゃあ、桃華の髪型は私が決めてあげる」
「いいよ」
「うわ、どうしようかな。髪長いから、いろいろ考えられちゃう」
体育祭の髪型について話をしながら、ショッピングモール内のカフェに入った。
映画を見ながらポップコーンを食べるために、昼食は軽く済ませようということになったのだ。
互いにサンドイッチを頼み、届くのを待つ。渚はヘアクリップの入った袋を荷物カゴに入れず、テーブルの上においた。
「ねえ、桃華」
「なに?」
「体育祭、他の人とおそろいとかしないでよ」
さりげなく口にするつもりだったのだろうが、顔を見れば渚が緊張していることが分かった。
渚は何かを誤魔化すように水を一気に飲んで、じっと私を見つめる。
「桃華には、これがあるんだから」
渚がヘアクリップの入った袋を指差す。
うん、と頷いて、私も水を飲んだ。
勘違いじゃなく、渚の私に対する独占欲はどんどん大きくなっていると思う。
だけどそれが、どんな感情に由来するのかは分からない。
「渚もね。せっかくお互いに目印つけてるんだから、余計な物つけないでよ?」
「もちろん、約束する」
渚が歯を見せてにっこりと笑った。その笑顔に、手を伸ばしてみたくなる。
渚は拒まないだろう。
だけど、私は自分の手をぎゅっと握った。
曖昧に関係を始めてしまったら、そのまま進んでしまう気がして。
この前、私たちはキスをした。お互いにあの日のことには触れないけれど、確かに唇を重ねた。
なし崩しに先の進むことだって、不可能じゃない……とは思う。
でも私はやっぱり、渚とちゃんと名前のある関係になりたい。
「桃華? ぼーっとして、どうしたの」
「あ、ごめん。映画のこと考えてた。原作読んだの結構前だから、どんな話だったかなって」
でまかせを口にしたけれど、渚は私の言葉を素直に信じたみたいだった。
「忘れてるなら、そのまま映画見た方が絶対楽しいって」
「そう?」
「そう! 渚ちゃんが保証してあげます」
冗談めかしてそんなことを言って、渚は右目でウインクをしてみせた。
可愛い。
早く、全部私の物になっちゃえばいいのに。
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