第14話(渚視点)私の知らない幼馴染
学ランを着た桃華が、じっと私を見つめている。
着てほしいと言ったのは私だ。それなのに脱げと言っているのだから、桃華が戸惑うのも無理はない。
「似合ってない?」
桃華がわずかに首を傾ける。長い髪が揺れて、バニラの匂いがした。
「……そんなことない」
むしろ逆だ。学ラン自体はよく似合っている。
でもそれが草壁の物だと思うと、素直に褒める気にはなれない。
「なんで、草壁の学ラン借りたの」
「貸してくれるって言うから」
「それだけ?」
「それだけ」
桃華の言葉に嘘はないのかもしれない。桃華に兄弟はいないし、他に親しい男友達もいないのだから、草壁以外に借りられる人はいないだろう。
でも、気に入らない。
桃華に近寄ると、知らない匂いがした。草壁の匂いだろうか。
「……嫌なの。早く脱いでよ」
我儘を言っている自覚はある。理不尽に不機嫌な態度をとってしまっている自覚も。
けれど、上手く表情や言葉を繕えない。
「分かった」
桃華が学ランを脱ぐ。丁寧に畳んで紙袋へしまう様子にすら腹が立ってしまう私は、きっと本当におかしい。
「座りなよ、渚」
桃華に促され、隣に腰を下ろす。
桃華のいつもと変わらない態度に胸が騒いだ。
桃華は私のこと、どう思ってるの?
こんなことを聞きたくなったのは初めてだ。桃華は私の親友で、桃華だって同じように思ってくれている。
その関係に、不安を覚えたことなんて一度もなかった。
なのに今は違う。
桃華が草壁と話すたびに嫌な気持ちになって、私じゃなく草壁を選ぶ日がくるんじゃないかって、心配になって……。
「桃華」
「なに?」
「……ちょっとだけ、いい?」
返事を聞かずに桃華を強く抱き締める。嗅ぎ慣れた匂いがしてほっとした。
桃華の肩に顔を埋め、腰を強く引き寄せる。桃華は無言で、そっと私の腰に手を回してくれた。
「ねえ、桃華。草壁のこと、好きになったわけじゃないよね……?」
返事を聞くのが怖くて、声が震えた。
もし、桃華に頷かれたら?
草壁のことが好きなのだと、微笑みながら言われてしまったら?
私は、どうすればいいのだろう。
いつかは、桃華にも恋人ができるだろうと思っていた。
その時は笑っておめでとうと言えると信じていた。
でも、きっと違う。
私は親友の恋を応援してあげられない。
「もし、そうだって言ったら?」
反射的に手が動いて、桃華の手首をぎゅっと握っていた。
いたっ、と桃華が呟いても、力を緩めてあげられない。
どうして? なんで私、こんな気持ちになってるの?
胸の奥に、赤黒い感情が渦巻いていて、自分でも上手く説明できない。
「嘘だよ」
桃華はくすっと笑って、私をじっと見つめた。
挑発するような、甘い笑顔。見たことがない表情にどきっとする。
桃華って、こんな顔で笑う子だった……?
いつの間にか、私の知らない桃華がたくさんいる。
それだけで、気が狂ってしまいそうだ。
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