第13話 学ラン

「そういえば桃華ちゃんって、学ランどうするの? 借りる人とかいる?」


 応援団員が決定した翌日、目が合うなり草壁はそう聞いてきた。


 応援団は、男女問わず学ランを着用する。うちの高校は男女共にブレザーのため、外部から調達しなければならない。


 男子の大半は中学時代の物を着用する。女子は、誰かから学ランを借りるのも一大イベントだ。

 まあ、兄弟がいる場合は、家から持ってくることも多いが。


「桃華ちゃん、兄弟とかいないよね」

「まあ。……親戚中探せば、誰かから借りられそうだけど」

「そんなことしないで、俺の着ればいいじゃん。俺、中学の頃、学ラン2着買ってたから」


 知ってる。だって前、渚が貴方の学ランを着てたから。

 弟から借りることだってできたのに、渚はわざわざ草壁のを着ていた。


 学ラン姿の渚は可愛かったけど、草壁の学ランだと思うと悔しかったのを覚えている。


「じゃあ、お願いしようかな」

「オッケー。明日持ってくるね」

「ありがとう」


 応援団の練習は、来週から本格的に始まることになっている。

 週に3日、放課後に2時間の練習だ。なかなかにハードである。


「桃華ちゃんが応援団なんてびっくりした。藤宮さんが言ったから?」

「まあね。一緒にやりたかったの」

「やっぱり。ちなみに俺は、なんで応援団に入ったと思う?」


 からかうような、なにかを期待したような目で見つめられる。


「分かんないな。元からやりたかったのかと思ってた」


 わざとそう言うと、草壁は少しだけ寂しそうに笑った。


 胸が痛まないと言えば、嘘になる。

 この世界の草壁は、ただ私が気になっているだけだろう。それに渚と結婚した世界の草壁だって、悪いことをしたわけじゃない。


 ごめんね。でも、仕方ないの。

 私は絶対、渚と幸せになるって決めてるから。





「はい、これ」


 翌日、約束通り草壁は学ランを持ってきてくれた。

 紙袋に入れられた学ランはクリーニングに出していたのか、ビニールで梱包されている。


「ありがとう」

「もしサイズ合わないとか、なんかあったら言ってね」

「うん。でも、大丈夫だと思う」


 視線を感じて、渚の方を見る。案の定、渚はじっと私を見つめていた。

 嫉妬に気づかないふりをして、笑って手を振る。


 渚は、ちゃんと手を振り返してくれた。





「桃華」

「なに?」

「学ラン、着てみせてよ」


 帰り道で、渚はいきなりそう言った。


「ここで?」


 着ると言っても羽織るだけだ。制服の上からでいいのなら、どこでも着れる。

 しかし渚は首を横に振った。


「うちきて。今日、誰もいないから」

「おばさんは?」

「友達と遊びに行ってる」


 頷くよりも先に、渚が私の手をぎゅっと掴んだ。


「いいでしょ?」

「うん」


 手を繋いだまま、渚の家へ向かう。鍵を開けて家の中に入ると、渚の言っていた通り誰もいなかった。


「お茶とお菓子持っていくから、部屋で待ってて」

「分かった」


 渚の部屋は2階にある。階段をのぼって、突き当たりの部屋に入った。

 渚の部屋は散らかっているわけではないけれど、かなり物が多い。


 いらないものは捨てなさいとよくおばさんに怒られるらしいけれど、私はこの部屋が好きだ。

 渚が選んだ物に溢れた空間。そう思うだけで、部屋まで愛おしくなる。


「……着ておこうかな」


 紙袋から学ランを取り出す。ビニールを破り、クリーニング屋のタグを外した。

 制服のブレザーを脱いで、ワイシャツの上から学ランを羽織る。

 結構動きにくいな、というのが正直な感想だ。


「桃華、ドア開けて」


 言われた通り扉を開ける。お菓子とコップがのったお盆を持った渚は、私を見て固まった。


「桃華、それ……」

「着てみたんだけど、どう?」

「桃華」

「なに?」

「今すぐ脱いで、それ」


 渚の顔が歪む。やっぱり私は何も気づかないふりをして、どうして? と首を傾げた。

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