第8話 牽制

「本、借りるの? 渚が?」


 渚は普段、本なんて読まない。

 私がすすめても、桃華から内容を聞く方がいいな、なんて言うような子だ。


「そう! だから、私でも読める本探すの手伝ってよ」


 カウンター越しに、渚がぐいぐいと私の手を引っ張る。

 待って、と言っても渚はやめようとしない。


 もしかして、私が草壁と話してたから?

 渚、嫉妬してくれたの?


「いいよ、行ってきて。カウンターは俺がやっとくから」


 草壁がそう言ってくれたのに、渚は彼の方を見向きもしない。


 渚は基本的に、誰に対しても優しくて愛想がいい。

 そんな渚がこんな態度をとるなんて。


 どうしよう。嬉しすぎてにやける。


「分かった。渚、今行くから」


 草壁に軽く頭を下げ、渚のところへ向かう。渚は満足そうな顔をして私の手をぎゅっと握った。


「急に本を借りたいなんて、どうしたの?」


 本を借りたいわけじゃなくて、渚は私と草壁を引き離したかっただけだろう。

 分かってはいるけれど、つい聞いてしまう。


「……桃華」

「なに?」

「桃華は、あいつのことどう思ってるの」


 ちら、と渚がカウンターに座る草壁へ視線を向けた。


「どうって、ただのクラスメートだよ」

「本当に?」

「本当だって」

「仲良さそうだけど」

「まあ、席も隣だし、委員会も一緒だから」


 渚は不満そうにそっと息を吐いた。


「じゃあ桃華は、私のことどう思ってるの?」

「大事な幼馴染だよ」


 間を空けずにそう答えると、渚は少し安心したみたいだった。


 渚が草壁や他の男子と付き合わないようにしなければならない。

 でもそれとは別に、私が渚を口説かなきゃ。


 すう、と息を吸い込んで、私は渚をじっと見つめた。


「それに、私は渚のこと、一番好きだよ」

「一番って、何の中で?」


 頬を真っ赤にして、それでも少し拗ねた顔を維持しつつ渚が聞いてくる。


 ああもう、本当に可愛い。


「世界中で、一番」

「……ありがと」


 そう言うと、渚は私から目を逸らしてしまった。

 あまりにも可愛い横顔を見ていると、抱き締めたくなってしまう。


「ところで、本当に本借りるの?」

「うん。借りる」

「どうしたの、急に」

「桃華が好きな本、私も読んでみようかなって思ったの」


 どういう心境の変化かは分からないけれど、渚が私の好きな本に興味を持ってくれたのは嬉しい。


 ここで、読みにくい本を勧めちゃうとまずいよね。

 シリーズものも避けた方が無難かな。


「そうだ」


 私は少し移動して、本棚から一冊の文庫本を取り出した。

 人気作家のヒット作で、単行本で出ていた作品が最近文庫化されたのだ。


「これとかどう? 読みやすいし、今度映画化もするくらい人気なの」


 ライトミステリーだから、きっと読書慣れしていない渚でも読みやすいはずだ。


「映画もやるんだ」


 そう言いながら、渚は私から本を受け取った。


「ねえ、桃華」

「うん」

「私もこれ読むから、映画、一緒に観に行かない?」


 正直、原作を読んでいるし、映画を観に行くつもりはなかった。

 でも、渚からの誘いを断るわけがない。


「うん、行こう。映画観に行くの、何気に久しぶりじゃない?」

「だよね! 楽しみだな。いつ公開なの?」

「確か来月だったと思う。あとで公式のホームページ送っとくね」


 私がそう言うと、渚は満面の笑みでありがとう、と言ってくれた。

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