第2話 人生最高の日

 今日は渚の結婚式だ。

 招待状が届いて、当たり前のように出席に丸をつけて送り返した。


 友人代表の挨拶を頼めるのは桃華しかいないなんて言われて、すぐに了承してしまった。


 憧れの結婚式場ではないけれど、値段のわりにはいい式場を見つけられたと渚は笑っていた。


 私なら憧れの式場を予約できたし、ウェディングドレスだって、もっと高いものを用意してあげられたのに。


 分かっている。そういうことじゃないってことくらい。


 だけど想像してしまう。

 人生で一番着飾った渚の隣を歩けるのが、私だったらって。


「そろそろ家、出ないと」





 すう、と大きく息を吸い込む。

 夏の温かい空気が、私の肺を満たした。


 今日は8月25日。どうしても記念日に式をあげたくて、婚約の一年後に結婚式をあげることにしたらしい。


 渚にとって、今日は間違いなく人生最高の日だろう。


 そして今日、私の人生は終わる。


 いろいろ考えたけど、もう、これ以上は限界だ。


 私は渚の結婚を受け入れられなかった。


「よし」


 歩道橋の柵を越える。

 人がこないうちに、さっさと飛び降りないと。


「渚、ごめんね。結婚式行けなくて」


 幸せいっぱいな渚は、私が結婚式にこなくてどんな顔をするんだろう。

 私が死んだことを聞いて、どう思うんだろう。


 渚にとって8月25日が、旦那との記念日でも人生で一度の結婚式の日でもなく、親友の命日になりますように。


 一番に愛してもらえないのなら、せめて私が、渚の一番大きな傷になれますように。


 渚あての遺書は昨晩書いた。

 伝えたいことがいろいろあったはずなのに上手くまとまらなくて、結局とても短い手紙になってしまった。


『渚、愛してる』


 それだけだ。


 ごめんね、渚。

 貴女のこと、こんなに大好きで。


 ぎゅ、と目を閉じる。誰より愛しい彼女の顔を思い浮かべながら、私は歩道橋から飛び降りた。





「桃華、桃華、起きなさい!」


 お母さんの大声で飛び起き、起きた瞬間、私は混乱した。


 ここ、実家だよね?

 なんで? 私、歩道橋から飛び降りたはずなのに……。


 呆然として動けずにいると、部屋の扉が開いてお母さんが入ってきた。


「入学式なんだから、遅刻できないでしょ」


 そう言ったお母さんの顔はずいぶんと若々しい。最近のお母さんは年をとってきていて、髪ももっと白かったのに。


 これは夢なの?


「どうしたの、ぼーっとして。もしかして桃華、体調悪い?」


 心配そうな顔で近づいてきて、お母さんはそっと私の額に手をあてた。


 熱はなさそうね、と呟いたお母さんを見て心臓がぎゅっと締めつけられる。


 私が自殺したことを知ったら、お母さんはどれほど悲しむんだろう。


「大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけ」

「そう? それならよかった。朝ご飯もうできてるから、着替えておりてきてね」

「うん、分かった」


 お母さんが部屋から出てすぐ、私は姿見の前にいった。

 鏡に映る私はかなり若い。まるで、高校生の時の私みたいだ。


「もしかして、高校の入学の日に戻ったの……?」


 高校は家から歩いて通えるところで、渚とも一緒だ。

 高校二年生からは違うクラスになってしまったけれど、一年生の時はクラスも一緒だった。


 そして渚はこの高校で、未来の夫……草壁くさかべ優希に出会うのだ。

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