第14話 詭道

 アルメリア軍の作戦会議から数日、私達勇者パーティは遊撃隊としての任務をこれまでどおり継続していた。

 あの作戦会議の内容は、アルメリア軍上層以外には伏せられている。魔王ザルメザッハが調略を得意とするため、どこに裏切り者が潜んでいるか分からないためである。特にジーバーグは、魔の大陸アローシュナに隣接していたため長年調略を進められていた形跡があり、その軍上層にすらアモンを陥れる作戦は知らせていない。


「勇者様! 救援をお願い致します!」


 よって私達の前に駆け付けたこの伝令の兵も、勇者が今まで通りに遊撃隊を続けているものと信じている。


「さてと、いくつかの部隊から救援要請が来たけど、どこを優先した方がいいと思うローザ?」


 勇者が尋ねる。あの作戦会議前と明確に変わった事があるとすれば、これだろう。パーティの行動を決める際、勇者もワンダもアリスも私を頼るようになっていたのだ。

 アモンの罠を唯一見抜けたのが私一人だった事と、軍上層に掛け合って状況を好転させたのが効いたのだろう。マリアさんも今の状況には不服がない様子だが、彼女の場合は腹の中で何を考えているのか分からず少し不気味だ。


「うーん、救援要請のあった各部隊の位置から推測すると、現在魔王軍は右翼を集中攻撃しているようです。こちらの右翼の部隊が手薄になっている事に気づいているのだとすれば、そこを優先して救援すべきじゃないかしら」


「流石だな。ローザは戦況をよく把握してるから、頼りになるぜ!」


 ワンダが私の肩を軽く叩く。彼女とは、この数日で少し距離が縮まっていた。いや、彼女の方から私との距離を縮めてくれたと言うべきか。

 私にパーティの行動を決めさせた方がいいと、勇者に意見してくれたのも彼女だった。


「待ってください、右翼といっても範囲が広いわ。どこを目指すか決めてなくて大丈夫?」


 マリアさんが私に問う。彼女だけは私に……、いや相変わらず勇者以外の誰にも心を許していない様子だ。もっとも、信用され過ぎても自分の作戦の穴を見落としてしまう事も怖いので、疑いの目を持ってくれる人が身近にいるのは貴重ではあるのだが。


「大丈夫よ。ローザにはどこに向かうべきか、もう見えてるんでしょ?」


 アリスが私の顔を見上げる。

 卑しい身分の私に対し、アリスは一貫して”近づくな”という態度をこれまでは取っていた。しかし、それもここ数日はなりを潜めている。

 これまでは、不安を口にしては後方に下がるか、大部隊と合流する事ばかりを考えていたのに、私の言う事ならば例え激戦区に向かう決断でも素直に従ってくれている。

 こうなると、これまでの生意気な貴族のお嬢様というイメージも融解し、アリスの事が可愛く見え始めるのだから不思議だ。


「救援要請のあった部隊の配置から考えて、魔王軍が最終的に狙っているのは右翼ジーバーグ指揮官のようです。これを阻止するため、その侵攻ルートを塞ぐように動きましょう」


「よし、決まりだな!」


 勇者が元気よくそう言うと、皆もそれに頷き、右翼の陣へと一斉に駆けだしていた。


(この勇者から、劣等感が消えますように)


 みんなを追いかけながら私は、いつものように勇者に祈る。

 最初は嫌々やっていた事だが、考えてみればこの勇者から劣等感が消えてくれれば、劣等感が強過ぎるが故にやらかしてしまう、この勇者の困った行動が減るのだ。私にとってもメリットがある事だと分かれば、心で呟く程度の事など造作もなくなっていた。

 無論、あの老人の言う事を全て信じている訳ではないが、あれから勇者パーティの状況は好転し始めている。奇跡が起こったとは思わないが、ひょっとしたら少し運気が好転してきたのかもしれない。



         *      *      *



「下がってな、ローザ!」


 後ろから私を襲おうとしたオーガ(人食い鬼)の頭を、ワンダが斧で叩き割った。


「ありがとう!」


 私はワンダに礼を言いながら、ジーバーグの部隊長の元に駆け寄る。彼から周囲の戦況を教えて貰うためだ。


「この右翼の指揮官はどこですか? どの部隊に?」


「ご心配には及びません。今しがた退却して行きました。

 あなた方が、魔王軍を引きつけてくれたおかげです。感謝いたします!」


 年配の部隊長は槍を杖代わりにして傷だらけの体を支えながら、私に大きな声で答えてくれた。


『隊長殿!! アルメリア軍から伝令! でんれーい!』


 魔物の叫び声や武器を振るう金属音が響く中、大声でジーバーグ兵が叫び、馬に乗った伝令のアルメリア兵が私と隊長の前に駆け寄る。


「勇者パーティのローザさんですね! この先、サクゥートで孤立した部隊あり!

 至急、勇者殿の救援を要請します!!」


 そう告げながら伝令の兵は、私に向かって左手にはめたバラの飾りの付いた銀の指輪を見せた。それは予め伝えられていた、魔将軍アモンを狩る作戦開始の合図だった。

 私は、頷いて馬上の兵士に答えると、急いで勇者の姿を探す。


「山並様! 伝令です! 大至急の救援要請です!!」


「わかった! すぐ行くよローザ!!」


 ジーバーグ部隊の前に立ち塞がっていたキマイラ(合成獣)を一刀両断にした勇者は、アリスとマリアさんを引き連れて、すぐに私の元に引き返してきた。



         *      *      *



 盆地の広がるサクゥートで孤立した部隊を取り囲んでしたのは、鳥の羽と足を持つ、ハーピーと呼ばれる女性型のモンスターだった。森に囲まれた薄暗いこの盆地は、ラーナでアモンが奇襲仕掛けてきた場所と似通っており、あの魔将軍が得意としている戦場である事が伺える。


(なにもかも予定通りって訳ね)


 私は待ち構えているであろう魔将軍の部隊に悟られぬ様に、わざと不安げな表情を作る。芝居が下手な、勇者とアリスはともかく、ワンダとマリアさんも同様だ。


ゴオォォォォッ……


 私達の先頭を駆けていた勇者は、天を薙ぎ払うように魔法の炎を放ってこれを一蹴するが、即座に飛んで来た無数の氷塊に襲われる。


ガキャン!!


 勇者は剣を振るってこれ等をバラバラに砕き、それを放った犯人を見上げる。そう……魔将軍アモンを。氷の破片が飛び散る中、クロヤギの頭とカラスの翼を持つこの悪魔は、数日前と変らぬ姿で私達を空から見下ろしていた。


「勇者は馬鹿だと聞いていたが、まさか同じ罠に二度も引っかかるほどとはな。

 ひょっとして、伝令の兵が本物だったから信用したのか? わざと兵の一部を逃してやっただけだたいうのに」


「そっちこそ、この前とやってる事が同じじゃないか。芸がないな!」


 勇者の言葉にアモンはフッ鼻で笑って、空に小さな火の玉を放った。それが奴の作戦開始の合図なのだろう。


「いや、ちょっと違うぞ。

 今回は俺が、一対一で戦ってやろう」


 アモンが雄たけびをあげながら三又の矛を手に勇者に突撃をするのと、周囲の森から無数のハーピー、数匹のアモン親衛隊の悪魔の生き残り、そしてグリフォン(上半身が鷹、下半身がライオンの怪物)数体が空に飛びあがるのは同時だった。

 こないだと同じく、私達と勇者を引き離し、包囲する作戦だ。


ガキィィ!!


 一方アモンは、言葉通り一対一で勇者と相対している。今回は部下の手助けもなく、力量で上回る勇者に押されてはいるが、アモンは防御に徹して勝負を長引かせている。

 無論勇者がアモンに背を向けて、私達を援護する隙は与えない。適度に牽制を交えて、引き付けている。まるで、何かを待っているかのように。だが……。


ドドゥッ!!


 アモンの部下達を無数の火球が襲う。取り残され孤立した筈の部隊、勇者の救援を待たなければ数体のハーピーにすら手も足もでなかった筈の部隊……、その中に潜んでいたのだ、精鋭の魔術師達が。彼等は無詠唱魔法をも習得しており、連続で魔法を放ち続けている。

 これは、アモンを誘い出すために仕掛けられた囮部隊の一つなのだ。この場所で、この地形で孤立してみせたのにも、あえて戦力を秘めたまま戦っていたのも、当然その訳がある。


「っ!!」


 アモンの顔色が変わる。これが自分を嵌めるための罠である事に気づいたのだろう。


「どうした? また逃げる気か?」


「ほざけ!」


 勇者の挑発に、アモンが不快感を顔ににじませた。しかし、奴の表情にまだ恐怖はない。矛を振るう動きにも迷いがない。まだとっておきの策を隠し持っているからだろう。

 懸命な事だが、こちらもそれは先刻承知である。


「水は来ないぜ」


 勇者が笑う。

 このサクゥートには、近くに川をせき止めた大きな堤防がある。これを決壊させれば、私達のいるこの盆地は水に呑まれる。

 例え身体能力に富む勇者は無事だったとしても、同伴している私達や、アルメリアの部隊の大半は流されてしまうだろう。当然、空飛ぶ魔物達によって編成されたアモンの軍団は無傷だし、水が溜まって沼地と化したサクゥートには援軍が辿り着くのも難しくなる。

 アモンは先の失敗を元に、ここまで策を用意してここで決戦を挑んだのだろうが、同様の理由でアモンを誘い出す死地として、アルメリア軍が目を付けた場所でもあった。

 アモンが誘い出した勇者を確実に仕留める罠を仕掛けられそうな地形は、ここを含めても数か所しか存在しなかったのだ。故にこの魔将軍の考えも、行動も読むのは簡単だった。


『とつげきぃぃっ!』


『うおおぉぉぉぉっ!!!』


 突如、地を震わすような雄叫びが響き渡り、ちょうど堤防のある方からアルメリアの大部隊が姿を現す。堤防を破壊する筈だったアモンの部下を蹴散らした部隊が、ここに駆け付けたのだ。


『悪魔どもを逃すなぁぁぁっ!』


『おおおおぉぉぉっ!』


 そして、私達の後方からも援軍がほぼ同時に姿を現す。アモン自身の逃げ道も、奴の部隊の退路も、これでなくなったという訳だ。

 アモンの連れて来たハーピーの大群、親衛隊の悪魔達、そしてグリフォンも、数百の軍勢が放つ魔法に、あるいは矢に撃たれ、次々と地に落ちていく。


「アリスさん!」


「分かってるわよ!」


 マリアさんの祝福の魔法で兵士達の力は底上げされ、そこにアリスの魔法も加わる。単純な力でいえば微力かもしれないが、マリアさんの掲げる神々しい金の杖と、幼いアリスの魔法を放つ健気な姿が、周囲の兵の士気を底上げしていく。

 当然の事ながら、虚を突かれたとはいえ魔物達も必死に応戦しようとするのだが……。


「おらぁ!」


バシュン! ザシュ!


 ワンダが戦斧で魔法を弾き落とし、飛び掛かるグリフォンに切りかかる。盾を手にした兵士達も彼女に続き、魔物達の思惑を裏切って魔術師部隊への被害を最小限に留めてしまう。


「ぐがぁぁぁっ!!」


 アモンは、ようやく自分の策が全て読まれていた事に気づき、慌てて勇者を引き離して空に逃げようと三又の矛を振るうが……


ズガシュッ……


 苦し紛れに振るった矛が届く訳もなく、その胴は既に勇者の剣によって両断されていた。


「よもや、こんな無能な……、ろくに物事も考えられぬ出来損ないの勇者に嵌められるとは……」


 それが、この魔将軍が最後に口にした言葉だった。地面に転がる悪魔の半身は、もうピクリとも動かず、ただただドス黒い血の池を周囲に広げるばかりだった。

 勇者が軍から孤立して、未だに独断ででたらめな行動を続けている。そう勘違いしたのが、この魔将軍の命運を断ったという訳だ。そして、そう勘違いさせるべくアルメリア軍が画策していた事が、私達の勝利へと繋がった。


「魔将軍アモンを倒したぞーー!!」


 勇者の声と兵士達の歓声が、昼間でも薄暗いサクゥートの盆地に響き渡る。終わってみれば、それは僅か十数分の出来事だった。

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