第13話 因果応報
「ジェイクさん! ジェイク将校!」
私は大声で叫んでいた。
今の勇者パーティの最悪な状況を抜け出すのためには、アルメリア軍の力を借りる事が必須だと思ったからだ。とても自力で立て直せるとは思えなかったので、私は必死だった。
「……」
しかし、部下に囲まれたジェイク将校は、私の前を何食わぬ顔で通り過ぎていく。
(なぜ聞こえないフリをしているの?)
私とジェイク将校の距離は、およそ5メートルしか離れていない。将校の部下はこちらを振り向いたのに、本人だけがこちらに一瞥もないなどありえぬ事だ。
「将校!!」
そう叫んで、駆け寄る私を部下達が阻む。
「コラ女! 参謀補佐官に失礼だぞ!!」
(失礼なのは私を無視する、そこの男の方でしょうがっ!
だいたい、こっちはジェイクが参謀補佐官に任命された事すら、知らされてなかったのよ!)
すまし顔で通り過ぎようとするジェイクに怒鳴りつけてやりたい衝動を押さえ、私はもう一度叫ぶ。
「ローザです! 勇者様のお供のローザです! ジェイク参謀補佐官!!
至急、ご相談したいことがあります! 戦局に関わる重大なご相談です!!」
勇者と聞いて部下達がどよめき、ジェイクは少し真表情で固まってからこちらを振り向いた。
私にどんな隠し事をしているか知らないが、もうこれ以上とぼけられないと肚をくくったのだろう。
「これは失敬、ローザさんでしたか。いや、どこかで見た顔だとは思ったのですが、最近は多忙で先を急いでおりましたもので。
御用があるのでしたら、私に替わって部下が聞きますので、それでよろしいですか?」
(嘘だ!)
それはすぐに直感した。最初から私の話を聞く気などなく、彼の部下に相談したところで、全て無視されるに違いなかった。
「いえ、ジェイク参謀補佐官のお耳に直接入れなければならない事です!
魔王軍討伐の成否に関わる大事なのです!!」
「むぅ……」
ジェイクは、私の剣幕に動揺した部下達を眺めながら少し悩んだ後、アルメリア軍陣地内の小さな建物の地下へと私を案内した。
* * *
その狭い地下室にはジェイクと、彼の副官らしき部下が一人いただけだった。
「ジェイク参謀補佐官は、勇者様の実力を把握できたのならば、軍の作戦に本格的に組み込むと、私達に説明されました。それにも関わらず、未だに勇者様を遊撃隊のまま据え置かれているのは、どういうお考えがあるのでしょうか?
勇者様のお力は十分なれど、未だ戦争に不慣れです。このまま彼自身の判断に任せて戦場で遊ばせておくのは、軍の損失以外のなにものでもありません!」
開口一番、私がジェイクに指摘したのが、これだった。
先ほどの態度からジェイクがこれにどう反応するのか? 私は身構え、彼の一挙手一投足に注意を向け続けていた。
「いや、勇者様のお力は各部隊より報告が入っておりますので、私も存じておりますよ。
ですが、今しばらく様子を見て、もっと正確なお力を把握してからの方が良いと判断いたしまして……」
「勇者様は、魔将軍アモンすら退けてみせたのですよ!
これ以上、何を知りたいというのですか?!」
私の語気の強さ押されたのか、ジェイクが口ごもり、隣の部下が彼に耳打ちを始める。
「分かりました。あなたはご存じないようですし、こちらも本音でお話ししましょう」
ジェイクはやや迷いながらも、机の上で手を組んで私の目を正面から見る。
「勇者様のお力は確かに素晴らしい、それは参謀本部でも既に認めているところです。
しかし、彼が政争の道具としてこの軍に送り込まれたとあっては、軽々にそれを用いる事など出来ぬのです」
「政争? 人類存亡の危機が掛かったこの戦いの最中に、政争などしている余裕がどこにあるというのです?」
「アリス=フューリー……」
(!!)
ジェイクの顔は、その名を口にした途端に険しく変化した。
「フューリー家は、マーク=ザッハード総司令官のかねてよりの政敵!
もし総司令官がフューリー家の操る勇者によって、失脚させられるような事があらば、それこそアルメリア軍が崩壊します!
ローザさん、あなたはフューリー家の企みとは無関係のようだし、もし我々に協力して勇者の動向を知らせるとお約束くださるのなら、こちらとしても決して悪いようには致しませんよ」
(な、何を言っているの、この人は……?)
信じられない事だが、この男は本気で勇者がフューリー家の手先ではないかと恐れている。
まだ幼いアリスが政略をこなせる器ではなく、勇者もまた政治などとは無縁の人物だと知っている私からみれば、それはあり得ぬ妄想なのだが、この男はそれを本気で口にしているのだ。
「ありえません! アリス様は政治を語るには幼すぎますし、勇者様はこの世界にやって来たばかりで、この国の権力の所在すら知らぬ有様。これでどうして、勢力争いの駒になりえましょう!?
この軍の指揮を担う参謀補佐官でしたら、その程度は今からでもいくらでも調べられましょうに! 私はフューリー家の内情を知る者から、アリスは一族から疎んじられているとも聞いておりますよ!」
「ではなぜ、オートキでは総司令官に挨拶すらしなかったのだ?
後ろ暗い事が無いのであれば、戦地に赴く前に総司令官にお目通りを願い出るくらい、当たり前にする事だろう!」
マーク=ザッハード総司令が、オートキで私達の前に姿を現さなかった理由もこれで分かった。”二心が無いのであれば、自ら挨拶に出向いて証明しろ!”とのメッセージのつもりだったのだ。しかし……、しかしだっ!
(そんな事、あたし達に分かる訳がないじゃないの!!)
軍内部で政争に日夜明け暮れているこの男にとっては、その程度のやり取りなど知っていて当たり前なのかもしれないが、異世界からやって来たばかりの勇者や身分の低い私が知る訳がない。
だいたい、一丸となって魔王軍と戦わねばならぬこの時にまで、軍内部が政争の事で頭が一杯だなんて誰が想像できようか?
『神は和を好み、悪魔は不和を好む』
不意にバーで出会った老人の言った言葉が脳裏に浮かぶ。軍内部ですらこれだけの不和を抱えたまま魔王と戦っているのだ、苦戦した挙句にジーバーグの南半分まで侵略されたのも、至極当然の結果だったのだろう。
「先にも言いました通り、勇者様は異世界より来たばかりで軍の慣例など知りません。それに元の世界で軍に所属していた訳でもないのです」
誤解は解けたのだろうか? ジェイクは脇に控える部下とヒソヒソと何やら相談をしている。
「なるほど、あなたの言う事も一理あるようだ」
部下との内緒話を終えたジェイクが、改めてこちらに向き直る。
「しかし、それが本当だとしても、あの勇者を作戦に参加させても良いものか?」
「え? それはどういう……」
「ワーシールから来た商人に聞いたのだ。あの勇者は魔法で仲間を焼き殺そうとしたり、些細な原因で喧嘩をして人を殺しかけた事もあるのだとか」
(!!)
それは、毎日のように酒場で私が吹聴し続けていた、勇者の悪口だった。ワーシールの者がその話を知っていたのだとすれば、恐らくはアランが私の紹介した商人にそれを話したのだろう。
特にアランに口止めもしていなかったし、それも当然の結果だったのかもしれない。
「いえ、それは魔法の使い方に慣れていなかった頃の話です。
今はもう、アリス様とマリアさんの訓練により、そのような不手際を起こす事は決してありません。
また喧嘩をしたのも、神から授かった力をまだ自覚していない頃の話です。今はきちんと自重しております!
このジーバーグで共に戦った兵士達も、同じ意見でありましょう!
噂には尾ひれが付くものでございます。あまり本気に致しませぬよう、お願い申し上げます」
よもや、よりにもよってあの勇者の弁護をする羽目になるなどと思ってもみなかったし、自分で蒔いた噂を尻拭いする羽目にもなるとは思っていなかった。今にして思えば、自爆もいいところだ。
あの老人に言われたとおり、今後勇者の悪口を言うのは一切やめよう、と改めて心に誓う。
「……わかった、あなたの言う事が本当かどうか可能な限り確かめたうえで、なるべく早く手を打とう。
こちらとしても信用できるのならば、勇者の力は喉から手が出るほどに欲しいのだ」
ジェイクは、少し目を細めて考えた末に、そう返事をしてくれた。ほんの十分ほどの短い話し合いだったにも関わらず、私の背中は脂汗でぐっっしょりと濡れてしまっていた。
* * *
私がジェイクに進言してから二日後の事だった、勇者パーティがアルメリア軍前線の作戦会議に呼ばれたのは。
オートキの時とは違い、その広い一室には参謀本部のお偉方が雁首を揃えて並び、その中心には階級章を山のように胸に付けた髭の年配の男が座っていた。
「よくぞ参られた勇者殿、私がアルメリア軍総司令官マーク=ザッハードだ」
「は、はい」
そして、その男の差し出した手を、勇者はやや恐縮しながら握り返していた。
「多忙により、今まで挨拶もできずに済まなかった。これからは勇者殿にも軍の作戦に参加してもらう!」
政争による失脚を恐れていたなど、おくびにも出さずに総司令官は堂々とそう言い放つ。
「はい、よろしくお願いいたします」
それに対し、何の後ろめたい事もない筈の勇者の声はうわずっていた。
総司令官は隣に控えていたジェイクに顎で指図し、ジェイクが書類の束を抱えて直立する。
「まず勇者殿のパーティには、これまでどおり遊撃隊を務めていてもらいます。しかし、これは敵を騙すための芝居としてであり……」
参謀本部としては、再び勇者が遊撃隊として孤立する状況を作り出し、魔将軍アモンを誘い出す作戦なのだと、私達の前でおおよそジェイクはそう説明した。
「……元々アモンは短気な性格であり、それにも関わらず今まで後方に留まっていたのは、魔王軍内に問題を抱えているためでしょう。ひとまとめに魔王軍と言っても、異なる種族の魔物同士で100年も勢力争いを繰り返してきたのです。アモンが統率しなければ、仲間割れにより後方の支配地域が維持できなかったとものと考えられます。
そのアモンが前線に出て来たのは、勇者殿の戦場での活躍が目覚ましく、後方に問題を残したまま前線に出向かざるを得なかったものと推察されます。
そのうえ、直属の親衛隊の多くを勇者殿によって失ったとあれば、奴の心中は焦りで一杯の筈。勇者殿を討つ機会を与えてやれば、ノコノコと我々の罠におびき出されるに違いありません」
直立不動のまま作戦を述べるジェイクは、そう締めくくった。
* * *
「ありがとよ」
参謀本部を出た後に、真っ先にそう言ってくれたのは赤毛のグラマーモンスターことワンダだった。
「ローザがジェイク参謀補佐官に相談してくれたんだろ。
このまま遊撃隊してても、またアモンに狙われやしないか気が気じゃなかったし、本当に助かったよ」
彼女の笑顔を見たのは数日ぶりだ。
「いえ、そんな。私は、たまたま運よく参謀補佐官と出会えただけで……」
本当になぜあんなドンピシャのタイミングでジェイクに会えたのか、自分でも不思議でしかたがなかった。
「運が良かっただけだとしても、お手柄には違いありませんわ。
本当に良かったわ~~。これでおにいちゃんも、もっと手柄が立てられるね」
暗かったアリスの顔にも、いつもの明るさが戻っている。その笑顔は、彼女の着ているオレンジ色のローブの明るい色によく映えていた。
「本当にファインプレーだったよ。流石はローザだ!」
勇者もどこか、ほっとした様子だ。
優柔不断なこの男としては、自分に決断を任される事そのものが負担となっていたのかもしれない。
(え……!?)
マリアさんの顔だけが、なぜか今までより険しい。マリアさんと目が合ってしまった私はすぐに視線を逸らそうとしたが、それに気づいた彼女はその前に笑顔へと戻っていた。
結果として私の行動がワンダやアリスを助けた形になったのが、気に食わなかったのだろうか? それとも、あのまま勇者パーティが険悪になって分裂した方が、ワンダとアリスを勇者から引き剥がすのに好都合だったのか? その両方なのか?
いずれにせよ、私は彼女にとって余計な事をしてしまったようだ。もしかしたら、私がワンダやアリスの側に寝返ったとすら、彼女には思われてしまったのかもしれない。
マリアさんの長く青い髪が風に揺れる様は、その時の私にはやけに不気味に感じられた。
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