第12話 転生の意義

「なぁ、これから僕はちょっと奇妙な事を言うけど、姉さん信じる気はあるかい? 信じてくれるなら、今姉さんが考えてるような怖い事にはならずに済むと思うんだけど」


 老人はそう言って照れくさそうに笑うが、いきなりそんな事を言われても困るのが普通だろう。


「実際に聞いてみなければ分からないわよ、そんな事。

 でも、このままにしておいたって、どうせあたしの寿命は長くないんだし、聞くだけ聞いてみるわ」


 他に頼るものがあるでなし、時間の無駄だったとしても別に構わない。私はそう思っていた。


「まず、確かめときたいんだが、そんなに嫌なら勇者さんのパーティ抜けるって事はできないのかい?」


「無理よ。王様からの命令だったし、そのために用意してもらったお金も沢山使っちゃったし」


 もとはと言えば、私が褒美の額に眼が眩んだのが発端だったのだ、勇者のパーティに加わる事になったのは。


「じゃあ、仕方ない。これから、僕の言う三っつの事をやってみてくれ。

 まず一つ目は、勇者の悪口を言わない事。直接本人に聞かれなかったとしても、神様は聞いているからね。そういう不和を招くような事してると、自然と神様は離れて悪魔が寄ってきちまうよ」


「それは、不満があっても吐き出すなって事?」


 それが我慢できるのなら、私が酒場に通う必要などなかった。


「それより、考え方を変えちまう方がいいと思うよ。

 ほら、勇者が来なかった世界を想像してみなよ? 問題があるとはいえ、あの勇者さんがいなかったら、もっと大変な事になってたんじゃないか?」


「うーーん」


 あの勇者に感謝するなど癪だが、勇者の力があったからこそ魔王軍のジーバーグ侵攻を押し戻せたし、それにアモンとの戦いでは私達を庇おうともしてくれていた、一応は。

 いないよりかは、いて貰った方が良いのは確かだろう。


「常に悪いとこばかりに目を向けていると、なにを手に入れても不満ばかり抱くようになるもんだよ。

 ほら、既に大金を稼いでいるのに、まだまだ満足できない大金持ちっているだろ? 彼等はいっつも不満にばかり目を向けて、もっと欲しいもっと欲しいと思っているから、どんなに金を稼いでも、どんなに贅沢をしても満足できず、今の生活に不満たらたらなんだよ。

 彼等を見習っても仕方ないだろ?

 今の勇者だっているだけありがたいんだから、それを思えば自然と不満を抱かなくなってくるよ」


 老人の言う事に納得できるわけではなかったし、これで問題が解決するなどとは思えない。が、しかし神から与えられた勇者のお共をしているのに、神に好かれようとしなかったのも事実だ。

 今思えば、おかしな話だ。もしかしたら、これが私の中にあった”人のおごり”というものだったのかもしれない。


「二つ目は?」


「勇者に会うたびに”この人が劣等感から解放されますように”と心の中で祈ってやることさ。他人のために祈れる人間を、神様は贔屓してくれるからね」


 これにはすぐに心が拒否反応を示した。


「それは、自分の事より他人の事を考えろってこと? 自己犠牲的な」


 私は不快感が表に出ないようを誤魔化しつつも、それとなく抵抗を試みる。


「自己犠牲なんて神様は望んじゃいないさ。誰かの犠牲で他の誰かが幸せになるなんて、生贄の儀式とまるで変わらないじゃないか。

 それに、心の中で祈るだけなんだよ。なんの犠牲もありゃしないよ」


「あの男のために祈るねぇ……」


 本気でやりたくないのだ、それは。


「不満そうだね」


「当たり前でしょ。今まであいつのおかげで、散々嫌な思いをしてきたんだから」


「むしろ、だからこそいいのさ」


「え?」


「転生って信じるかい?」


「それは、もちろん」


 アルメリア人には、転生を信じぬ者も多い。しかし勇者だって転生してこの世界にやって来たのだから、今となっては信じぬ方がむしろ不自然といういものだ。


「じゃあ、転生の目的ってなんだと思う?」


「目的?」


「転生があるって事は、転生を繰り返している魂だってあるって事だよな?

 だったら魂はなんの目的で転生を繰り返しているんだと思う? 例えば、勇者様になるためかい?」


 それは違うだろう。かつて勇者が現れたのは100年も昔の事なのだ。100年に一度の災いに備えるためだけに、全ての魂達が転生を繰り返しているなどという事は流石にありえないだろう。それに、そもそも勇者が転生したのは魔王討伐のための”手段”としてであり、”目的”とはいえない。


「それとも力を身につけたり、大金持ちになるため?」


 これも違う。

 転生すれば違う肉体、違う環境から人生全てやり直しになるのだ。どんなに力を付けようと、どんな大金持ちになろうと、転生すればすべてがリセットされてしまう。

 この世界に来た勇者だって、転生前から力を持っていた訳ではない。転生前の肉体と転生前の記憶は引き継いでいるようだが、それすら異例の事なのだ。


「分からないわ」


 私は素直に降参した。このやたら神様を語る老人に対抗しても仕方ないし、答えが気に食わなければ信じなければいいだけの話だ。


「簡単な事さ。魂そのものを磨くため。

 転生を記した教えには、大抵似たような事が書かれているよ」


「あっ!」


 転生前と転生後において共通するものは、同じ魂が宿っているという事のみなのだ。ならば、転生の恩恵を受けられるのも魂以外にない。


「だからさ、魂を磨くためにある時は強者になったっり、またある時は弱者になったり、大金持ちになったり貧乏になったりと、様々なパターンの人生を魂は転生を繰り返しながら経験し続けているのさ。

 力や金があっても驕らず、弱くても貧乏でも卑屈にならない、そんな修行をするためにね。

 だからさ、嫌な相手のために祈るっていうのは、そんな魂の修行としては最高のものになるし、神様にも好かれると思わない? これから魔王を退治するんだし、少しでも神様を喜ばせといた方がいい事あるに決まってるだろ?」


 私は黙ってうなずいた。この老人の言葉に決して納得していた訳ではないが、一応の理はある。それに神聖魔法の使い手や、その恩恵に授かった者はやたら神を語りたがるものだから、そこまでおかしな人だとも思えなかった。

 一点だけ奇妙なのは、そこいらの宗教家や信心深い人達のように”神に祈れ”と、この老人が言わない事くらいだろうか。

 また、そこが気になってこの老人が三番目に何を言い出すのか、少し興味も湧いていた。


「三つめは、神様の試験に合格する事さ。

 神様は人を試すのが好きでね、明るい笑顔で和の道を目指すのか、暗いしかめっ面で不和の道を目指すのか、事あるごとにお試しになる。

 その試験が常に自分に向かってやって来るものと意識して、なるべくいい点を取るように心がけるんだ」


(それだけ?)


 ハッキリ言って拍子抜けだった。


「はぁ、おじいさんの考えは分かったけどさ、でもそんなんじゃ、あのダメ勇者を変える事なんてできないじゃない」


 この老人の言う事は、日常生活を少しだけ良くするのには、もしかしたらいいのかもしれない。

 しかし、私をこの窮地から救うには、また劇的に運命を変えるには、ほど遠い話のようにしか思えなかった。


「そうだよね、できればそうしたいよね。

 けど、もともと変える方法なんてどこにもないだろ? ないからこそ姉さんは困ってたんじゃないのかい?

 実の親だって子供を躾けるのに途方もない苦労するんだぜ、他人なんてそうそう変えられるものじゃない。

 だから、自分の方が変わるのさ。そっちの方が簡単だ。自分が変われば、自ずと周囲も少しずつ変わってくるよ」


「あたしなんかが変わったって、なんにもならないわよ」


 私の様な一介の女盗賊が周囲に与える影響など微々たるものだ。それだけでは何も変えられない。私はそう信じていたし、他の多くの人達もみんなそう信じていると思っていた。


「無理にやれとは言わないよ。

 でもね、姉さんの人生の主役は姉さん自身だよ。いくら力があったって王様や勇者様が主役じゃないんだ。主役が脇役の真似をしようとするから、おかしな方向に人生が進むんだよ。

 姉さんは自分がこのまま勇者さんと共に死ぬ運命だと思ってるようだけど、その運命を変えられるのは姉さんだけなんだ。

 他人に自分の人生を預けたら、預けた相手の好き勝手にされるだけだよ。それが姉さんの気に食わない相手なら、尚更だろ?」


 その老人の最後の言葉は、今の私がどうしようもなく信じたくなるような話だった。周囲にいる力ある人間にいくら頼ってもどうにもならない、そんな状況に今の私は置かれていたのだから……。



         *      *      *



 あくる日の戦場で、私は自分の考えが正しかった事を確信せねばならなかった。およそ私が予想していたとおり、勇者パーティは最悪の状態に陥っていたのだ。


「ねぇ、本当に大丈夫? あの伝令は偽物じゃないよね?!」


 アリスが、私に向かって不安の声を上げた。私から伝令の内容を記したメモを取り上げて必死の形相でそれを読むアリスを見て、マリアさんの彼女を疎む(うとむ)気持ちが少し理解できてしまう。

 いまの彼女はとても臆病で、常に疑心暗鬼に陥っているような状態だったのだ。

 今までのアリスは、わがままだが明るいお嬢様というった風だったが、今は常に暗く怯えていてパーティの空気を悪くしている。


「悩んでいても仕方ねーよ! この前みたいに怪しい点がないなら、早く前線部隊を助けに行こうぜ」


 ワンダは相変わらずだが、少し無理をしているようにも感じる。彼女の場合は、恐怖に飲まれないよう、あえて消極的にならないよう努めているのだろう。


「いえ、ここは情報に間違いがないか確認できるまで待ちましょう。またアモンが罠を貼っている可能性もありますわ」


 マリアさんはアリス同様、以前よりも慎重になった。

 彼女の場合、疑心暗鬼で縮こまっているようでもないのだが、情報が十分に集まってから行動しようという方針だ。そしてそれは彼女の決断が遅くなったという事でもある。

 そして相変わらず積極姿勢を変えないワンダに対し、マリアさんはなお一層の苛立ちを抱くようになったようだ。ワンダを見る目が、昨日よりも明らかに鋭くなっている。


「うーーん」


 そして、この勇者だ。

 アリスの不安と、マリアさんの重箱の隅をつつく様な慎重さ、その両方に配慮して決断を下すものだから、以前にもまして行動が遅くなった。これでは自由な判断と、それに支えられた迅速さが取り柄となる遊撃部隊の利点が完全に殺されてしまっている。

 そもそも戦場で決断が遅い事は、愚将の証でもあるのだ。魔将軍アモンがこの状況を知ったのなら、必ずやそれを利用するだろう。相手が一手指す間に、こちらは二手三手と策を進める事が可能なのだから。


 私は昨晩、かの老人から言いつけられた三つの事を守ってはいたが、やはり何も起こらなかった。

 いや、もともと何かが起こると思ってはいなかったのだ。少しばかり私が勇者を見る目をいつもと変えようと、心の中で少しばかりいつもと違う事を祈ろうと、何も変わる訳がない。

 溺れる者が藁(わら)をもつかむように、私も何でもいいから気休めでも望みがあるならばと、やってみただけの話なのだから。

 結局、その日の勇者パーティは、いつもの半分も戦果を上げられぬまま、夕日に染まるオカサオのアルメリア軍陣地に戻ってきていた。私は既にパーティのみんなと別れ、いつものように一人でオカサオの町に酒を飲みに行くつもりでいたのだが。


(妙だわ……)


 その時だった、私の中に急に違和感が芽生えたのは。ほんの僅かな気づくきっかけも、何の前兆もなかったのに、突然の違和感が私を襲ってきたのだ。


(いつまでアルメリア軍は、勇者に遊撃部隊をやらせているつもりなの!?)


オートキのアルメリア軍総司令部で聞いた話では”勇者の実力が分かるまでは本格的な作戦に組み込まず、遊撃部隊として活動してもらう”というような話だった。

 しかし、もう勇者が戦場に立つようになって半月も経っているし、魔将軍アモンに対しても実力を発揮してみせた。それなのになぜ軍司令部は、勇者を遊撃隊のままで留め置いているのだろう?


(あれは!)


 それは偶然だったのだろうか? 丁度今、私の視線の先には、オートキの司令部で私達に遊撃隊になるよう告げた張本人、ジェイク将校が部下の兵士を連れて歩いていた。

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