第10話 魔将軍アモン

ドゥッ!


 轟音と共に、目の前のリザードマンの一団がアリスの放ったファイヤーボールによって吹き飛んだ。


「うおおおおぉーーっ!」


 雄たけびを上げてワンダが突進すると、脇から不意打ちを喰らったリザードマンの小隊はちりぢりになって退散していく。


(後ろから奇襲をかけるつもりが、逆に奇襲されるなんて思ってもみなかったんでしょうね)


 今私達はジーバーグの部隊の救援に駆け付けていた。そして到着早々、ジーバーグ部隊の後方を狙っていたた伏兵を無力化する事に成功したという訳だ。

 ショートソードを引き抜いて、マリアさんとアリスを護衛しながらジーバーグ部隊の前方を見ると、巨大な竜巻によって巨人達が宙に舞っている。勇者の魔法によって、正面から突進してきた魔王軍大隊もこれで全滅という訳だ。


「みんな無事だったか」


 一仕事終えた勇者が、私達の元に戻ってきた。彼の後ろからは、今しがた窮地から救ったばかりのジーバーグの部隊がぞろぞろと着いてきている。


「よく、我々の危機がわかりましたね勇者様。おかげで助かりました」


 ジーバーグの隊長が私達に頭を下げる。

 この戦い、表向きは魔王軍によって領土を侵されたジーバーグにアルメリアが手助けしているという体裁になっている。もっとも、この戦いにおけるジーバーグ軍の指揮権は完全にアルメリア軍が掌握しており、彼等は実質アルメリアの命令で戦っているようなものだ。


「いつも定時どおりに斥候が来るのに、今日に限って来ないものですから、おかしいと思っていたのですわ」


 マリアさんが勇者の横から答えた。

 ジーバーグの軍は几帳面で、私達勇者パーティへの連絡を絶やした事がなかった。戦場を縦横無尽に走り回っている私達の居所を突き止めて連絡するのは大変な事であり、アルメリアの部隊でさえ連絡が途絶えがちなのに、ジーバーグはほぼ全ての部隊が連絡を絶やさなかったのだ。だからそれを良く覚えていたマリアさんが異変を察知して、私がおおよその部隊の位置を予測してここに駆けつけたのだ。


「恐れ入ります」


 隊長さんは、改めてマリアさんに深く頭を下げた。


『勇者様ーーーっ!!』


 大声を発して向こうから駆けて来たのは、馬に乗ったアルメリアの連絡兵だった。さきほど勇者が起こした竜巻を見て、こちらの位置を察したのだろう。


「この先、ラーナの町跡で魔王軍の大将部隊を発見! ただいまアルメリア本隊が、この殲滅に向かっております!

 勇者様の遊撃部隊も至急合流せよとの事です!」


 連絡兵は直立不動で私達にそう告げると、急いで引き返して行った。


「よし! さっさと合流しようぜ!」


 思った通り、好戦的なワンダが早速この知らせに飛びついた。


「アリスも、早く行った方がいいと思う」


 いつも慎重なアリスにしては積極的だが、これは大群に紛れた方が自分達が狙われにくいとの算段あっての事だろう。魔王軍は勇者を目の敵にしているのだから。


「私は反対ですわ。

 この辺りにまだ、孤立した部隊がいる可能性が高いですもの」


 マリアさんは反対しているが、これは通らないだろう。

 勇者は仲間の顔色を見て、常に行動を決めている。一昨日の晩の老人が言ったとおりに彼の劣等感が強く常に周囲の反応を気にする性格であるならば、多人数が賛成する方を必ず選ぶ。その方が波風が立たず、周囲に対して自分の株を下げる心配も少ないからだ。


(んん?)


 けれど、その時私はおかしな点に気づいた。


(行軍速度が速すぎる……)


 2時間程前に連絡を受けたアルメリア軍本隊の位置と、今現在ラーナの町跡へ向かっているというアルメリア軍本隊の位置が、余りにも離れすぎているのだ。


「私も反対です、山並様」


 余計な口出しはすまいと心がけていたが、今回ばかりは私も口を挟まざるを得なかった。


 「今までアルメリアの大部隊が、ここまでの速度で進軍した事はありませんでした。不自然ではありませんか?」


 私は、これまで伝令から受けた記録を勇者に見せながら言った。これが罠である可能性も考慮するべきだと、私は思ったのだ。


「確かにちょっと早すぎる気もするが、急げば不可能な距離じゃないんじゃないか?

 それに今回も逃せば、魔王軍の大将部隊を2度も俺達は見逃した事になるし、もし大児なしで戦ったら、アルメリア軍の被害もバカにならないぞ」


 ワンダは先日も大将部隊急襲を提案し、これを勇者に蹴られている。今度こそ逃したくないだろうし、先日に引き続きマリアさんの案ばかり採用されるのも面白くないのだろう。

 今回のワンダは一歩も引かぬ構えだ。

 当然、ワンダの気迫に押された勇者は、アルメリア本体との合流を選択した。



         *      *      *



(やっぱり考えすぎだったのかな?)


 ラーナへ続く道を駆けながら私は思った。そこには大軍が直前に通ったような、足跡が残されていたからだ。

 ワンダはこの先にアルメリア本隊がいると確信しているのだろう、先ほどから足取りは軽いし上機嫌に口元を緩めている。

 軍から提供された地図にも示されていたこの道は、深い森林地帯へと続いており、木々によって見渡しが急激に悪くなっていった。


(やっぱりおかしい……)


 森に入って以降、この道はどんどん狭くなっている。大軍がここを通るのなら、縦列隊形を取る必要があるし、進軍速度は遅くなる筈だ。そうでなくとも、こんな視界の悪い場所を進軍するならば、敵の襲撃を警戒せずに全力疾走などという不用心な真似ができうるものだろうか?


「みんな止まって!」


 私は叫んだ。周囲の森から気配がある。


「ほう、まんざら馬鹿ばかりという訳でもないらしい」


 声と共に正面脇の森から、何かが上空に飛び上がる。それはクロヤギの頭とコウモリの翼を持つ悪魔だった。


「ぬん!」


 悪魔は、叫ぶと共に掌から巨大な炎の球を撃ちだした。


ドドウッ!


 その炎は私達のすぐ後ろに落ちて地面を抉り、熱風と土砂を容赦なく私達に浴びせかける。退路を塞がれたのだ。


「みんな、下がっていてくれ」


 そう言うや否や、勇者は一直線に悪魔に向かって突撃を開始た。どのみち私達の力ではあの悪魔に対抗はできない。勇者自身が一対一で倒すしかないと判断したのだろう。


「くらえっ!」


 勇者の掌から巨大な雷撃が放たれ、悪魔がそれを両手で受け止める。バチバチという不吉な音が周囲に響き、肉の焦げる臭いがあたりに立ち込めるが悪魔は怯まない。


「魔力は、こちらが少々不利か」


 焦げた掌を見つめながら悪魔は勇者の目の前に着地すると、どこからともなく三又の矛(ほこ)をとりだして構える。


「俺の名はアモン! 魔将軍アモンだ!

 今度は、こいつで勝負といこう」


 勇者は黙って腰の剣を引き抜いた。


キィーンッ!


「はは、剣でもそちらが一枚上手か。

 危うく腕一本、もっていかれるところだったぞ」


 私には見えないほど早い一撃。それが一瞬で交差した事に私が気づいたのは、アモンの左肩から血が滴っているのを見た瞬間であった。

 出血の量から勇者がつけたその肩の傷が深い事がわかるが、それにも関わらずアモンはまだ平然としている。


「ならば、本気を出すとしよう」


「口だけは達者だな、すぐに決着をつけてやる!」


 勇者が再び剣を構えて突進すると悪魔は、およそ悲鳴のような動物の鳴き声のような咆哮を上げて、再び空に逃げる。そして、それと同時に周囲の森から飛び上がった無数の影が、勇者に向かって魔法の雷を浴びせかける。


ズガッ! バチバチバチバチィッ!


 勇者は剣を振るって、その雷を逸らしたが、形勢は既に逆転していた。


「こやつ等は、我が親衛隊だ。

 偽情報に騙された時点で、既に貴様は負けているのだ」


 周囲に飛ぶその影は、コウモリの羽を持つ角の生えた人間……、アモンの部下の悪魔だった。


「勇者よ、貴様のパーティの戦力は既に分かっていた。

 貴様自身の実力だけは測りかねていたが、それも想定の範囲内である事も、先ほど確かめさせてもらった」


 悪魔は魔法で肩の傷を塞ぎながら、勇者を見下ろす。


「そうかよ!」


 再び魔法を放とうとする勇者に、上空からアモンが突撃する。


キィン!


 勇者はアモンの矛を剣でかわしたが魔法は放てず、逆にアモンの部下達によって魔法を浴びせかけられる。


「くそっ!」


 先ほどと同じように剣で魔法を弾いた勇者だったが、彼の方が劣勢なのは明らかだ。


「大児!」


 叫んで勇者に駆け寄るワンダに向かって、上空から魔法が放たれる。


「くっ!」


 ワンダはとっさにその魔法の雷を避けたが、もう勇者に近づく事はできなかった。空を飛ぶアモンの親衛隊が、私達と勇者を遮るように立ち塞がっていたからだ。


「ワンダ!」


 急いでワンダに駆け寄ろうとする勇者に、アモンが再び襲い掛かる!


ガチィィッ!


「その女に構ってる場合か? まだまだ余裕がありそうだな」


 つばぜり合いをしながら、アモンが笑う。


「卑怯なっ!」


 勇者はそう怒鳴ると、力づくでアモンをねじ伏せようと試みるが、奴はすぐに上空へと逃れてしまう。


「卑怯? この程度の策略、人間同士の争いでもザラに行われている事だ。

 確か人間どもはこういう時に”卑怯卑劣は敗者の戯言”などと言うのであったな」


 私達と勇者の間を遮ったアモンの親衛隊は、既に私達をぐるりと取り囲み、包囲を完成させていた。

 こちらもそれに対抗すべく、マリアさんが私のショートソードとワンダの戦斧にエンチャント(魔力付与)魔法をかけ、アリスが魔法の詠唱を始めるが……。


「ぐわぁっ!」


 ワンダの悲鳴が上がる。彼女はマリアさんの魔法によって強化された戦斧で、上空から撃ち込まれた魔法の雷を弾いたのだが、その威力に押されて吹き飛ばされ、地面に倒れていた。


「ワンダッ!」


 慌ててこちらを振り返る勇者に、再びアモン親衛隊から氷の雨が降り注ぐ。この悪魔達の魔法は無詠唱で放たれるため、よそ見などしていては勇者でもかわす事が困難だ。


「くっ!」


 勇者は辛うじて剣でそれを弾くが、その直後に襲い掛かるアモンの一撃を躱しきれず鎧の一部を剥がされてしまう。

 奇しくもそれは、アモンと同じ左肩だった。外れた肩当てがカラカラと音をたてて地面を転がり、それを眺める悪魔達は笑みを浮かべている。


「大丈夫だっ! 俺達に構わず目の前の敵に集中しろ大児!」


 ワンダは叫ぶが、勇者にそれができない事は、その泣き出しそうな顔でわかる。


「きゃあっ!」


 続いて足元に悪魔の雷が突き刺さり、私は思わず情けない悲鳴を上げてしまう。


(弄ばれている……)


 これは勇者の動揺を誘うために、悪魔が私達を利用しているのだ。私達を殺さず、弄び続ける事で、勇者がアモンとの戦いに集中できないよう利用しているのだ。

 しかし、それが分かった所で私達には何もできなかった。


シュバッ!


 アリスは炎の球を放つが、空飛ぶ悪魔達には当たらない。そもそも空飛ぶ悪魔達はアリスより格上の魔法使いなのだ。素早く撃てる無詠唱魔法を扱えぬアリス一人で、どうにかなるものではない。

 私はかつてない命の危機に、血の気が引いていくような寒気を感じていた。

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