第9話 ハーレムパーティ戦場を駆ける

 戦場に着いてからの勇者の活躍は目覚ましかった。グールの群れを焼却し、バンパイアロードの首を刎ね、オーガ(人食い鬼)の群れすら相手にならなかった。

 が、それでも戦況に格段の変化をもたらせなかったのは、とある問題を勇者パーティが抱えていたからだった。


「おい! この先に魔軍の大将がいるぞ! あれを討ち取れば一気に戦況がひっくり返せるぜ大児!」


 赤い髪をなびかせ、戦斧を振るうワンダが勇者に叫ぶ。彼女は今回に限らずいつでも積極策を選ぶ。


「それより後方部隊の乱れが深刻ですの! 崩壊する前に援護しに行くべきだよ、おにーちゃん!」


 アリスがワンダの提案をすぐに否定する。彼女のツインテールに結わえた金髪とオレンジのフリフリ付きローブは、戦場で異彩を放ったままだ。

 そしてアリスの選ぶ作戦の特徴は、いつも積極性に欠けるものであることだ。少しでも危険を避け、保身を優先しているのが明らかにわかる。


「いえ、すぐに孤立した部隊を助けに行くべきですわ! このままではすぐに全滅してしまいます!」


 金の杖でみんなに祝福の魔法をかけていたマリアさんも叫ぶ。彼女の纏う白とエメラルドグリーンの僧衣と、青い髪が戦場を照らす炎に煽られてなびく。

 マリアさんは人道に従う優等生的な提案をよくするが、その反面柔軟性に欠ける。いつも理想論を追求している印象だ。


「うーーん」


 勇者は数分悩んだ末に、マリアさんの案を採用した。

 しかし、これはマリアさんの案が最も合理的だと判断したからではない。みんなの顔色を窺い、どれを採用すればもっとも波風が立たないかを判断しただけである。

 これは、この数日間の勇者を見ていて分かった事だ。

 そしてその半端な決断の結果、いつも一貫性のない行動を繰り返しては、戦場の要所を外してしまう。だから勇者の力によって負けはしないものの、かといって大勝する事もできないという、もどかしい状況が続いてしまうのだ。

 とはいえ、今回採用したマリアさんの案は正解だったと言えるだろう。


「無事でしたかオットーさん!」


 辺りに居た魚人の群れを一掃し、沼地に取り残されていた部隊に近づくと、その小隊を指揮していたオットーさんに私は出会う事ができた。


「ローザさん、それに勇者様! ありがとうございます!」


 泥だらけの顔でオットーさんが微笑む。ローゼルースの港で会った時は、オーリン戦士長に”私の部下だ”と紹介されただけだったので、軍での立場は分からなかったが、小隊長を任せられる身分だったとは、少し彼を見直した。


「勇者様ーー!」


 後ろの方から大声が響き、振り向くと伝令の兵が駆け寄ってくる。


「後方部隊の立て直しに成功しました! 勇者様には前線部隊の援護に集中してくださるように、との事です!」


 私は急いで、現在のおおよその時刻と伝令の内容をメモに取る。戦場に出てからの私の専らの仕事は、勇者パーティに対して寄せられる各部隊からの伝令の記録とその整理だった。


「後は偵察部隊からあった、敵の大将部隊の殲滅だけだなローザ?」


「ええ、そうですけど……」


 私は少し言いよどんだ。もうそれは手遅れなのだから……。


「今から行っても、もうどっかに行っちまってるだろうし、追うのは厳しいだろうなっ!」


 勇者が討ち漏らした魚人兵に斧を振るいながら、忌々しそうにワンダが言う。

 アリスもそうなのだが、戦場に来てからの彼女達は存在感が薄い。もうすっかり力を使いこなせるようになった勇者が殆どの敵をすぐに片づけてしまうし、彼女達の殲滅力は勇者のそれと比べると本当に微々たるものなのだ。

 マリアさんの気力を回復させる魔法や、身のこなしを上昇させる援護魔法は、勇者がマスターできていない僧侶系の魔法であるため活躍の場はあるのだが、戦士と魔法使いの役割は勇者一人でこなしてしまっているのが現状だ。


「じゃ、前線の主力部隊にとりあえず合流しとこうか」


 勇者はオットーさんの部隊を引き連れて進軍を開始し、私はいつものように黙って勇者の決断に従う。

 一つの船に船頭が3人も居るため混乱が生じるのだ。このうえ私まで船頭となって口を挟むようになってしまっては収拾が付かないだろうし、この一貫性のない勇者の決断がもし失敗したとしてもその責任の一端を担うのはごめんだからだ。



         *      *      *



「まったく、あの勇者はいつもどうしてああも決断力がないのよ! 戦場で数分も悩んだ末にみんなの顔色で判断するんだもん、悩む分だけ時間の無駄じゃない!」


 オカサオのオシャレなバーのカウンターで、私は酒に溺れていた。

 現地の食事は体に悪いものばかりだと聞いてはいたが、戦場での不満を勇者の前でぶちまける訳にもいかず、こうして軍事施設外の酒場を探しては飲んだくれているという訳だ。

 幸いにもジーバーグ料理は前評判以上に味が良く、勇者のおかげでストレスだらけになった私を癒すのに役立ってくれていた。ただし、これが身体に悪い料理ばかりである事も、事前に知らされた通りではあるのだが……。


(それにしても、私以外の客はジーバーグの食べ物が身体に毒だなんて知らないのよね……)


 幸せそうに料理を摘まむ客達を見渡して、私は洗いざらい真実をぶちまけたい衝動に駆られるが、すぐにその考えを引っ込めた。

 彼等がそれを聞く訳がないのだ。私自身ここの料理の美味しさに取りつかれ、毒と知りつつ食べているのだ。美味しい料理というものは麻薬のような効果もあるらしく、これを無理に止めさせようとしても、誰も耳に入れようとはしないだろう。


(ここに来たもう一つの目的の方は、今日も駄目なのかしらね……)


 できればワーシールの時のように、遊ぶ男もここで探すつもりだったのだが、どういう訳かジーバーグに来てからは、数日酒場をはしごしても一向に捕まらなかった。


(アランの時は二軒目のバーですぐ見つかったのに……、ジーバーグの男達は奥手なのが多いのかしら?

 そもそも、あの勇者がちゃんとしてさえいれば、こんな事で私が悩む必要だってなかったのに!)


 私の中で、再び勇者に対する怒りがこみ上げてくる。


「すぐに力を見せびらかそうと無意味な喧嘩を買うし! 火事になるほど大きな魔法をわざわざ使うし、そのくせ他の事はてんで駄目でだらしないし!

 なんであんなのが勇者なのよっ!」


「隣いいかい?」


(男の声……)


 振り向くとそこには初老の紳士が立っていた。いくら男に飢えているとはいえ、この年齢では私の守備範囲外だし断ろうかとも思ったのだが、センスのいいスーツや、彼の身に着ける金のアクセサリが目に入って気が変わった。


(どうせ相手してくれる人もいないんだし……ま、いっか)


「どうぞぉ」


 私は半ば気乗りしない事を隠そうともせず、そう口にした。


「なぁ、アンタはもったいないよ。そんなに美人でオシャレしているのに、怖い顔して人の悪口ばかり言ってるもんだから、誰も寄ってこないじゃないか」


(え?)


 思わず私は自分の頬に手を当てた。

 確かに不機嫌に勇者の不満ばかりを口にしていたし、顔つきがおかしくなっていても不思議ではない。


「それに、そんな飲み方だと、よく悪酔いするんじゃないか?

 酒には緊張を和らげる効果がある。だから人は酒を飲むと楽しくなるものなんだが、人の悪口を言うと逆に体は緊張してしまう。

 これではいくら飲んでも気持ちよくなれないから、ついつい酒を飲み過ぎてしまうんだよ」


「物知りなんですね、おじいさんは」


 咄嗟にそんな減らず口を叩いたが、たしかに酒に強い筈の私が、悪酔いする事が最近は増えていた。


「おじいさんは止めてくれ、そこはお兄さんだろ?」


 初老の男はケラケラと笑う。


「それにしても、勇者様っていうのはそんなに酷いのかい?」


「ええ! 酷いなんてものじゃないわ!

 あたしなんて、あの勇者の魔法に巻き込まれて死にそうになった事だってあるのよ!

 セクハラ三昧のスケベだし、魔王討伐兵器としてしか、あんな男に価値なんてある訳ないじゃない!」


 私の言葉に老人はウンウンと頷く。


「そうだね、あなたの気持ちわかるよ。

 でも、その勇者っていうのはよほど強い劣等感の持ち主なんだねぇ」


 その老人の言葉は、私の想像もしないものだった。


「劣等感!? あの勇者が!? ある訳ないじゃない!

 力も魔法も誰も叶わないほどに強力なのよ! そんな人が一体どこに劣等感を抱く必要があるのよ!」


「そうだねぇ……」


 老人は、私の言葉に逆らうでもなく眉を下げてみせるばかりだった。


「いいから教えてよ!」


 黙りこくってしまった老人に、私は少し苛立ってしまい思わず顔を近づける。


「だって、その勇者っていうのは、力はあってもそれ以外は駄目なんだろう?

 だったら、力以外の全てに劣等感を持っているんじゃないのかい?」


「あ……」


「劣等感の強い人間っていうのは、自分で自分のことを認める事ができないんだ。

 だからいつも不安で、他人に自分の事を認めて貰おうとする。

 あんたの話した勇者の場合は、力を周囲に見せつけて、常に自分を周囲から認めて貰わないと、不安で不安で仕方がないのさ」


「そう、かもしれません……」


 老人の言葉に私は納得するしかなかった。確かにあの勇者が周囲に自慢できるのはその力のみだ。

 特に色男という訳でもないし、金が稼げる訳でも人徳がある訳でもない。知恵があるどころか、この世界の常識すらも未だ知らない。

 元の世界での彼を私は知らないが、世捨て人のように人に会わないように生活していたとも聞いたし、人と接するのさえ苦手だったのだろう。

 しかし、そうなると劣等感を抱かぬ人間などいるのだろうか? 完璧な人間などこの世に一人もおらず、どこかに欠点を抱えているものだ。その欠点が例えちいさなものであったとしても、それを気にすれば気にするほど劣等感が湧いてきても不思議ではない。私自身だって女盗賊という卑しい身分に対して劣等感はある。


「むぅぅ……」


 今までの勇者に抱いてきたイメージと考えが頭の中で二転三転し、思わず額を抑える私を老人はまた笑う。


「まぁ、いいじゃないか、もうその話は。

 折角の夜だ、もっと楽しい話をしようよ……」


 老人の差し出すグラスに、私は力なく自分のグラスを当てて返事をしていた。

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