第7話 大手柄! 勇者様の人助け

(寂れた村ね……)


 それが夕日に染まるアダインの村を見た、私の素直な感想だった。

 肩を落とし、背を丸めた村人がやけに目立ち、そして男の数が少ない。魔王軍との戦いで、多くの男手が徴兵され活気が失われているのであろう。それはこの村に限った事ではないのだが。


「こんなとこ泊まるのヤダーー!!」


 今夜の宿となる村長宅に着いた途端に、アリスの我儘が爆発した。

 これでも、この村では一番大きく立派な屋敷なのだが、大貴族の娘であるアリスのお眼鏡には叶わなかったという訳だ。


(こんな子を戦場なんかに連れてって、本当に大丈夫なんだろうか)


「そうかな、いいとこだと思うけど」


「アリスさん、村長さんも精一杯もてなしてくれているのですし、そんな事を言っては失礼ですよ」


 勇者とマリアさんになだめられて、アリスはしぶしぶ我儘をおさめたが、戦場でイチイチこんな事はやってられない。そもそも、大貴族の御令嬢を勇者と共に戦いの場に立たせるというのが、無謀なのだ。


(ジーバーグ行きの船に乗る明日までなら、引き返せる筈よね)


 今夜のうちにアリスを説得し、ワーシールの城に送り返した方が賢明かもしれない。後でオーリン戦士長に相談してみることにしよう。



         *      *      *



 アダイン村長さんが女性用にと用意してくれた大部屋で、私はアリスに勇者との同行を諦めさせるべく話を切り出そうと試みたが、それは無謀だった。

 そもそも貴族のアリスは私と距離を置いており、常日頃から相手にもしてくれていない。いや、ハッキリ言って見下されていると表現した方が正しいか……。

 見下している相手からの説得に彼女が応じる筈もないし、私としても目を合わそうとすらしてくれない彼女にいつ話を切り出したものかまるで分からなかった。

 そもそも、この女部屋の空気が悪い。

 マリアさんとワンダとも同室なのだが、彼女達二人は勇者の取り合いでギスギスしたまんまだ。アリスは教会の後ろ盾があるマリアさんにだけは一目おいているようだが、ワンダと私の事は侮蔑を込めた目で見るし、マリアさんと私が仲良くすればワンダと角が立ち、ワンダと仲良くしてもマリアさんと敵対する事になる。

 要するに、私の居場所がここにはないのだ。アランという逃げ場を作れただけ、ワーシールは遥かにマシだった。


(やっぱりアリスの事は、オーリンさんに頼むしかなさそうね)


 私は一人で居心地の悪い女部屋を抜け、勇者と戦士長の泊まる向かいの部屋へと向かった。


「オーリン戦士長、ちょっと相談したい事が……」


 部屋の中にはオーリンさん一人で、どこへ行ったのか勇者の姿はなかった。


「単刀直入に言いますが、アリスさんは魔王軍との戦いに参加させるべきじゃないのではないでしょうか?」


 あの勇者はアリスと一緒にいたいのだろうから、この場にいなくて本当にラッキーだった。私は勇者が戻って来る前に済ませてしまおうと、そのままの勢いに乗って話を続ける。


「成人前の貴族の御令嬢を残酷な戦争に連れてくなんて、どう考えてもおかしいですよ。とても彼女が耐えられるとは思えません!

 戦士長のお力で、今のうちにアリスさんをワーシールに送り返して貰えないでしょうか?」


 戦士長は一瞬だけ怯えたような表情を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻り、戸惑いがちに口を開いた。


「気持ちは分かりますが……、そうですね、ローザさんはアリス=フューリー嬢に対して誤解をされています。

 街中で絞首刑や斬首刑があると、それを見物に来る連中が多いのは知っていますね。彼等にとって見ず知らずの者の死は、娯楽なのです。アリス嬢の両親、フューリー夫妻もその典型でして、その娘である彼女もまた処刑場の光景を見慣れております。

 そもそも貴族にとって、我々身分いやしき者の命など虫も同然、目の前でいくらそれがむごたらしく死のうが、彼女にとってどうという事もありません。

 加えて魔法の腕前も宮廷魔術師に迫るアリス嬢の前では、戦場すら遊び場へと姿を変えるでしょう。ここだけの話”お城の首狩り貴族”などとフューリー家を陰口する者さえいるくらいなのですから、その家で育ったアリス嬢も推して知るべしということです」


 それは、貴族というものを間近に知っているからこその意見だろう。嬉々として軍を率いる戦好きの貴族というのは、まさにそういう連中なのかもしれない。

 しかし、アリスはどうだろうか? 勇者と共に冒険者をしている時、彼女は強いモンスターとの戦いより、スライム退治を望んだのだ。自分より弱い敵を相手にする分には彼女は嬉々としてその魔力と残虐性を発揮するだろうが、自分達と同格以上の相手に対してもそうあり続ける事ができうるものだろうか?

 しかし、その疑問をオーリンさんにぶつけるのは、いささか残酷というものか。もし、オーリンさんがアリスさんの説得に失敗したのなら、彼女は躊躇なくオーリンさんを処刑する事だってできるのだ。それはフューリー家の威光を借りれば、本当に容易いものだろう。

 14にも満たない金髪の娘に歴戦の勇士が怯え、女盗賊などは話し掛けることすらはばかられる。それが身分差というものだ。


 「でもフューリー家は、アリスさんを勇者と共に行かせる事に反対ではないのですか?」


 アリスが如何にオーリンさんに反感を抱こうと、彼がフューリー家の意向に従っているだけならば、処罰される心配はない筈だ。


「フューリー家と言っても、一枚岩という訳ではないようで、アリス嬢の前線行きにむしろ賛成する者もいるくらいでして……」


「え?」


 普通に考えれば、成人前の娘を戦場に寄こす貴族などいないと思うのだが……。


「アリス嬢の御兄弟の中には、彼女の魔法の才を妬む者も少なくありません。生まれた順では自分の方が上なのに、妹に先を越されては立場がないのでしょう。

 表向きは”才能のある者には早く実績を積ませるべきだ”と言ってはいるようですがね」


「そうなんですか……」


 アリスが勇者と共にフューリー家を出ようと思った訳が、私にも分かったような気がした。


ガチャ


 ノックもなく不意にドアが開いたかと思うと、村長さんを連れた勇者が部屋に入って来た。


「ちょっと村長の話を聞いてやってくれよ、戦士長さん」


 村長さんは申し訳なさそうにペコペコしながら部屋に入ると、勇者に促されるままにオーリンさんの前に立った。


「実は、最近この辺りで狼が増えておりまして、家畜を襲うので困っております。

 いつものように狼を追い払おうにも徴兵で男手が足らず、このままではこの村が危ういのです」


 オーリンさんは苦笑いを浮かべる。


「わかりました、ワーシールに戻り次第、何人か応援をまわせないか上に掛け合ってみます」


 オーリンさんは明らかに返事を濁している。彼だって前線になるべく兵を送りたいのだ。この村のために兵力を裂く事は本意ではない。村長の願いは十中八九受け入れられないだろう。


「何人か? それで本当に間に合うのでしょうか?

 村を守るとなりますと、それなりの数の人手がいる筈ですが……」


「わかっている、わかっている。なんとか上に頼んでみるから、もうよしてくれ」


 オーリンさんは強引に話を切り上げ、村長さんは肩を落としたまま部屋を後にしようとする。


(おや?)


 勇者が村長さんを追いかけ、肩を抱いてしきりに慰めているのを見て私は違和感を覚える。この勇者が人に親身になっているところを始めて見たのだ。


(困っている人には優しいんだ)


 それは私が彼に見出した唯一の長所であったが、かといって私の中の彼の評価がそれだけで覆る訳でもない。

 人は一目相手を見ただけで、その人間が好きか嫌いかを判断する。所謂第一印象という奴だが、この第一印象を覆すのは容易な事ではないのだ。人は一度”嫌いだ”と思い込むと、その対象の欠点にばかりを注目するようになり、益々それを嫌いになっていくものなのだから。

 現に今更美点を一つ見出したところで、既に私は勇者を生理的に受け付けなくなっている。

 第一印象が決まるのに要する時間は出会ってから一秒にも満たないが、その僅かな時間がどれほど重要であることか。


 ……顔を近づけ小声で話していたため勇者が何を言ったかまでは分からなかったが、それを聞いて部屋から出る村長さんの顔はなぜか明るかった。



         *      *      *



 村長宅の慣れないベッドで寝たためであろうか、私はその夜目を覚ました。窓から差し込む僅かな月明かりが、まだ起きるべき時ではないと私に告げている。

 他の三人も当然まだ寝ったままだ。あれだけ”ベッドが固い”とごねていたアリスが安らかな寝息を立てているのに、あっという間に眠りについたワンダの寝相の悪さが対照的と言うべきか、それとも皮肉と言うべきか迷ってしまう。


(ん?)


 窓から差し込む月明かりが一瞬途絶えたのに気づき、私は半身を起こした。


(あれは勇者?)


 窓の外を駆けていくその後ろ姿は、私の見慣れたものだった。


アオーーン!


 続いて、森の方から聞こえてくる遠吠えを聞き、私は確信した。


(あの馬鹿、今度は何をするつもり!)


 私はベッドから飛び起きると、壁に立てかけておいたショートソードを握りしめ、窓を飛び出して勇者の後を追った。



         *      *      *



 想像以上に勇者の足は早く、私は距離を離されるばかりで追いつく事もできないのではないかと思えたが、それは懸念だった。


キャイン! キャイン! キャイン!


 月夜の森に響く狼達の鳴き声、それが勇者の仕業である事は明らかだった。私は嫌な予感を胸に募らせながら、その声を頼りに森を駆ける。


(なんてこと!)


 私が勇者に追い付いた時は、既に遅かった。何十匹も折り重なって死んでいる狼と、笑顔の勇者が、私をそこで待っていた。

 魔法を使って森ごと薙ぎ払わなかったのは、勇者に冒険者生活で学習させた成果ではあるのだが、この状況は決して歓迎できた事ではない。

 狼は一般的にモンスターに分類されるが、”魔物”ではなく”野生動物””猛獣”に区分されるものであり、生態系の一部だ。

 つまり狼がエサとするからこそ、草食獣の数が適度に保たれているのだ。もし、この辺り狼が激減するような事があらば、この森は鹿やヤギなどで溢れ、草木を食い荒らし、村の畑を狙って押し寄せて来るに違いないのだ。

 男手の足りない今のアダイン村がそれを対策できうる筈もなく、繁殖期を契機として来年からは更に過酷な試練を味わう事になるだろう。


「やあ、俺を心配して来てくれたのかいローザ」


「え、ええ……まぁ、そうです。

 で、でもこれで村の人達も安心する事でしょう。

 さ、早く戻りましょう山並様。あまりここにいると、みんなも心配しますよ」


 勇者は、それが村の助けになると信じてやったのだろう。今更割れたコップが元に戻る訳もなく、勇者に自分のした事を教えてやったところでもうどうにもならない。

 最悪な結果ではあるが、とりあえずこの場は勇者に戻ってもらうしかない。

 情報に疎い山あいの村の中に、生態系の知識を持つ者もいないだろうし、このまま村に戻っても、その場を取り繕う事はできる筈だ。


「実はここだけじゃなく、向こうの方でもここの倍以上の狼達を退治しといたんだ。

 これでアダインの村も安泰だな!」


 鼻高々に胸を張る勇者を前にして、私は奈落にどこまでも落ちていくような気分を味わっていた。

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