第6話 勇者はレベルアップした!

「山並様、珍しいお菓子が手に入りましたので一緒に頂きませんか?

 アリスさんも待っておりますし、ワンダも一緒にどうかしら?」


 ランプが照らす宿の廊下で、マリアさんが勇者に赤い綺麗な箱を差し出してみせた。


「うん、すぐ行くよマリア。

 ワンダ、さっきの話はまた今度にしよう」


 これで何度目であろうか、ワンダと勇者が二人きりになるのをマリアが邪魔したのは。

 昨日は”魔法のコツを教えるから”、一昨日は”町の有力者が勇者様に会いたがってるから、至急相談したい”と、あれやこれや理由を付けてワンダが勇者を誘う度に妨害をしてくる。

 ランプの炎に揺れる、マリアさんの顔がしてやったりというように笑みを浮かべていた。


「ローザさんは今夜もお出かけですか? 折角お茶会の用意もできていますし、一緒に食べてから出かけられたら如何です?」


「いえ、今日は急ぎませんと。

 今までワーシールでお世話になった盗賊仲間のみんなに誘われえておりますので」


「そう、仕方ないわね……」


 マリアさんは、あっさり私を誘うのを諦める。たぶん彼女は、これから私がどこに出かけるのか知ったうえで、一応の形式上だけ誘ってくれたに違いない。

 私は廊下を行くマリアさんと勇者を、ふて腐れているワンダと二人で見送った。


「チェッ、マリアの奴また邪魔をしやがって」


 二人がドアに入ったのを見送ると、ワンダはすぐに舌打ちをした。

 この数日の勇者を巡る彼女達の争いは、幼い頃からの親友であった筈の二人の仲にひびを入れている事は確であろう。


「ローザは、また男のとこだろ?」


 やはりワンダも気づいている。


「い、いえ、盗賊仲間には殿方もいますけど、そのような関係の男(ヒト)は……」


 バレバレとはいえ”はい、そうですよ”などと、あっけらかんと言える訳もない。


「まぁ、おまえがどんな男と遊んでても勝手だけどさ、これで暫くはお別れなんだ。未練ないようにしときな」


 今日で勇者が冒険者生活を始めて丁度一か月、明日には戦士長のオーリンが成長した勇者を魔王軍との前線部隊に送るべく、迎えにやってくる。アランとの逢瀬も今宵限りなのだ。


「あんま夢中になりすぎて、帰りが遅れるなよ」


 ワンダはそれだけ言うと満足したのか、勇者達が消えたドアへと踵を返した。



         *      *      *



 オーリン戦士長が私達の宿を訪れたのは、次の日の昼前だった。

 部屋に入った彼は、勇者を一目見るなり声を震わせる。


「おお! 見違えましたぞ勇者殿!!」


 確かにこの一か月の冒険者生活で、勇者は目に見えて成長していた。

 ひょろひょろだった体は、一人前とはいかぬまでも駆け出し冒険者としてなら通用するレベルに肉が付き、身だしなみもマリアさんの指導の成果もあり眉を顰(ひそ)める程には酷くはなくなっていた。あえて身だしなみに難点を付けるならば、まだ寝癖が僅かに残っている事くらいだろうか。

 また、冒険者として経験を積んだおかげだろうか、これみよがしに力を見せびらかそうと奇行に走る頻度も減っていた。あくまで私達の前でという条件付きではあるが、これまでのようにやたら怪力を振るって周囲に迷惑をかける事もなく、無分別に魔法を使って仲間に迷惑をかける事もなくなった。

 もっとも、その分だけ傲慢(ごうまん)さは増していて、冒険者ギルドに戻る度にやれ”キメラを一撃で倒した”だの”オーガの群れを魔法で薙ぎ払った”などと、大声で自慢話をする始末。

 ギルド初日の乱闘騒ぎで必要以上に有名になったせいで、いくらその自慢話が面白くなくとも勇者に文句を言う者もおらず、ギルド一階の軽食カウンターの利用者を半減させるだけの結果となっていた。


「これなら、勇者様が前線部隊に合流されても問題ありませんな!

 では、これからの日程をまずは軽くご説明いたします」


 オーリン戦士長の話によると、海の向こうで現在魔王軍との戦場になっているジーバーグ国には、アルメリア国の西の港ローゼルースから用意した船で向かうという。そして、ここワーシールからローゼルースまでには、馬車で約2日の道程が必要となるため、山あいの村アダインで一泊する予定なのだそうだ。ローゼルースからジーバーグ国の港へは8日かかるというから、前線に着くまでには約11日かかる計算となる。

 もっとも、ジーバーグに着いて以降の予定は、現地の軍に任せているらしくオーリン戦士長も良く分かっていないらしい。


「ささっ、馬車を待たせてあります、早くこちらへ……」


(おっと)


 部屋から出るどさくさに紛れて、勇者が尻に手を伸ばすのを察知し、身をよじって私はそれを躱す。

 これが、勇者が傲慢になって新たに現れたもう一つの悪癖。ワンダやマリアだけでなく、私やギルドの女職員、宿の女従業員など、周囲の女性に見境なくセクハラをするようになったのである。

 ワンダやマリアさんが順調に勇者を攻略していたのならば、盛りの付いたこの勇者も落ち着いてくれたかもしれないが、二人は互いに互いが勇者に接近するのを牽制し合ってギスギスするばかりで、それどころではなかったのだ。


「ささっ、勇者様どうぞこちらへ」


 オーリン戦士長は、そんな勇者の増長も知らず、上機嫌で迎えの豪華な馬車に彼を案内する。

 玄関で勇者一行を見送る宿の従業員たちの目が、それとは対照的に冷めたものなのが実に皮肉である。



         *      *      *



(もうワーシールの町があんなに遠い……)


 馬車の窓からどんどん小さくなるワーシールの町を眺め、私は感慨にふけっていた。

 アランとの情事も今となっては遥か昔のこと。その別れもあっさりとしたものだったが、今はその別れの瞬間こそ最も忘れがたい彼との思い出となっていた。


(あの時、”じゃ、またねアラン”なーんて言っちゃったけど、あたしは次にいつ会うつもりでいたのかしら? 首尾よく事が済んでアルメリアに帰る頃には、アランに新しい恋人ができているに違いないのに……)


 お互い遊びのつもりでの付き合いだった。はじめから本物の愛情ではないと分かっていた。しかし、それを改めて突き付けられる別れの瞬間の寂しさは、いつ味わっても辛いものだ。


「名残惜しそうね……、ワーシールにもう少し滞在していたかったの?」


 マリアさんが窓ガラスに頭を預けながら、私に尋ねた。彼女青く長い髪が、地面から伝わる馬車の振動に揺れている。


「え、まぁ……」


 曖昧に答えたが、間違いなくマリアさんは私の男遊びを知っていた。


(このまま、この話を掘り下げられるのはうまくないかな……)


 先頭の馬車に勇者とオーリン戦士長、それにワンダとマリアが乗り込んでいたため、この2台目の馬車にはマリアさんと私しか乗っていない。オーリン戦士長がワンダと意気投合していたのと、アリスの我儘によりマリアさんが前を行く4人乗りの馬車を追い出されこちらに乗ることになったためだ。

 2人きりで閉じ込められたこの状況で、アランとの思い出を根掘り葉掘り問い詰められたくはない。別れた寂しさの残る今ならば、尚更のことだ。


「あの、ワンダさんとは幼い頃からの親友なんですよね?」


 話を逸らそうと思って咄嗟に出た話題がそれだった。マリアさんとワンダの仲がこじれそうになっていて、頭のどこかでそれを気にしていたため漏れた一言でもあったのだろうか。


「親友……、ええそうね、周囲からはそう見えるのかもね……」


(え……地雷だったの?)


 マリアさんの顔が、みるみる険しく歪んでいくのをみて、私は総毛だった。


「確かに、小さい頃は親友だと思っていたわよ、あのゴリラと。でも、違った。

 何度私があの女によって面倒事に巻き込まれたり、理不尽な仕打ちを受けたと思う?」


 ”何度”と聞かれても私はそれに答えようがない。あいそ笑いを浮かべ、なんとか地雷の爆発が収まるのを待つ以外に手はなかった。


「あいつの喧嘩に無関係な私まで巻き込まれて、仲が悪くなった友達や知り合いだっていたし、あいつに恋人を盗られた事だけでも5回もあるのよアタシは!

 信じられる?! 私の隣にあいつがいるだけで、あたしの青春はガタガタだったわ! いっつも比較されたし、いっつも男はあのゴリラにばかりになびいていくのよ! ねぇ! 信じられる?! どう考えてもおかしいわよ!」


 マリアさんの気持ちは分かる。あの赤毛のグラマーモンスターと比較されたら、大抵の女はかすんでしまうだろうし、そしてなによりワンダの性格は男にウケるのだ。

 一般的に女性は男性より遥かに感覚に優れ、それゆえ言葉にせずとも相手の態度でおおよそを察してしまう。男性の嘘が女性に通用しないのも、そのためだ。

 が、しかし、感覚に優れるが故に男性にまで”これくらいは言わずとも察してくれるものだろう”と期待してしまう女性が多いのだ。所謂”これくらいの事、言わなくても察してよ!”と、いうやつだ。

 が、男性は鈍い生き物なので、女性のこの要望が通る事は稀だ。また男性側もこういう”察してよ”という態度をとる女性を面倒臭がる傾向が強く、ワンダの様にサバサバと物を言う女性の方が、人気が出やすい。

 これは相手が悪すぎた。マリアさんの不幸としか、言いようがない。

 更にワンダは妙に男っぽいとこもあるから同性にもさぞモテていたのだろうし、彼女の親友というポジションだったマリアさんの肩身が狭かった事も容易に想像できる。


「でもかつての私は彼女を恨まなかった! 親友を恨んじゃいけないって、そう思っていつも悩んですらいたわ。

 教会の門を叩いたのだって、ワンダを妬んでいた醜い自分の心をどうにかしたかったからよ!  邪念を振り払うために、必死で修行だってしたわ!

 でもね、気づいちゃったの、私は何も悪くないって。どう考えても、あんなガサツなゴリラより私の方が素敵なのに男達が私を避けていたのは、ワンダのせいだったんだって。きっと山並様にしたように、他の男達にも強引に迫って横取りしていたに違いないわ!」


 この気持ちも私には分かる。女性にはいつか意中の人が……、いや正確には”こんな私の事を理解してくれる王子様が”迎えに来てくれるなどという憧れを抱く人が多い。そして近しい人に恋人ができると”私はあの人よりこんなにも素敵なのに、どうして私を選ばないの”とやきもちを妬く。友人の恋人の事が、自分の事もよく理解してくれる理想の男性の様に思え、そして彼が自分の事を選ばなかった理不尽に怒り、時には奪い取ろうとさえするものなのだ。

 その心理を理解しているからこそ、私には断言できる。ワンダに対するマリアさんの容疑も完全な思い込みであり冤罪なのだ、と。

 そもそも冷静に推察するならば、ワンダは自分より強い男にしか興味がないのだから、男達が勝手に彼女に夢中になっていたと考える方が自然な話だ。


(あたしも盗賊の親方に男の騙し方や、”ほうれんそう(報告・連絡・相談)”を叩き込まれるまでは、今のマリアさんと似たようなものだったからなぁ……)


 社会経験を積んだ女性ならば大抵は学んでいるものだ、自分が世の中を誤解していた事を。が、女子修道院に入った彼女は、それを未だに学習していないどころか、禁欲生活を強いられた反動で妄想が膨れ上がっている様にさえみえる。


「あなたは常識があってよかったわ。

 大児、大児と馴れ馴れしいワンダと違って身の程をわきまえているし、アリスさんともちゃんと距離を置いているし……」


 そこでようやく理解ができた、なぜマリアさんが私にそんな話をしたのかを。

 彼女は私を味方に引き入れるつもりなのだ。ワンダから……、いやアリスからも勇者を遠ざける仲間になってくれる事を、この私に期待しているのだ。

 先ほどから彼女は、その事を”わかるでしょ?”、”察してよ”と目で私に訴えてきている。

 明らかに今のマリアさんは感情に突き動かされており、その感情に私が逆らう事も否定する事も彼女は決して容認しないだろう。


「女盗賊と勇者様では、とても釣り合いませんからね。あはははは」


 トラブルを避けるためワンダやアリスと距離を開けてよそよそしくしていた事も、比較的まともだと思っていたマリアさんにだけ無警戒だった事も、この不測の事態を呼ぶ原因となってしまっていた。私はとりあえずマリアさんに話を合わせ、作り笑顔でこの場を逃れる事で精一杯だった。

 自分が如何に可哀想なワンダの被害者であるかを説くマリアさんの熱弁は、しばらく止みそうにない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る