第5話 またなんかやっちゃいました?
ゴオオオォォォォッ!!
私はただ茫然と、燃え落ちてゆく幽霊屋敷を見上げていた。
幽霊の手から取り戻す筈だったお屋敷から舞い落ちる煤を、私は頭から払い落し、この騒動を起こした張本人、つまり勇者を横目で睨む。この屋敷には相当数の美術品が残されていた筈なのだが、これではもう絶望的だ。
「いやぁ……。なんか、またやっちゃったぁ」
口角を上げる勇者に、反省の色はない。
(何が”やっちゃった”だ! わざとだろうが絶対!)
私はそんな心の叫びを胸中に押しとどめるながら、いつもどおりの営業スマイルを作り、そして一呼吸おいてから勇者に話しかける。
「あ、あの、山並様、なぜこんな事を……」
「ああ、いや、ゴーストが沢山出て来たから、一掃してやろうと思ってさ」
確かに数十匹のゴーストの群れは一掃できたが、屋敷の中で炎の竜巻を作り出せば火事になるくらい、子供でも想像できる事なんじゃないのか? これを本気で言っているとすれば、この勇者は相当のバカだ。
「お兄ちゃんはアリスより魔法使えるけど、まだ魔法のことよく分かってないの!」
私に不穏な雰囲気を感じたのか、アリスが勇者との間に割って入った。しかし、彼女が言ってる事の意味を、私はまるで分からない。
「つまり、山並様は魔法の使い分けがまだできないって事ですわね。あまりに早く魔法を習得されてしまったため、各々の魔法の特性が把握しきれていないのですわ。
普通は弱い魔法から時間をかけて順に覚えていくものですから、自然と各魔法の使いどころが身についていくものなんですけど……」
(ああ、なるほど)
マリアさんの通訳で、ようやく私は事態を呑み込めた。しかし、だからと言ってあの勇者が無罪という訳ではない。
(なんで”ゴメン”の一言も出てこないんだよ、こいつは!)
腕組みしてマリアの言葉に頷いている勇者が、憎ったらしいことこの上ない。
「じゃあ、早いとこそれを大児に覚えてもらおうぜ。
今だって、危うく屋敷と一緒に俺達まで焼け死ぬとこだったし、魔王討伐隊に参加しても、魔法で味方を巻き込みかねないぞ」
ワンダの懸念はもっともだ。私だって今のままの勇者に、自分の近くで魔法を使って欲しくはない。
「まずは、この火をどうにかしませんと……」
そう言って、屋敷を包む炎の前に進み出るマリアさんを勇者が押しのける。
「いいよいいよ、俺に任せておいて」
ヒュゴオオォォォッ!
勇者が燃え盛る屋敷に向かって手をかざすと氷の竜巻が出現し、炎を凍らせていく。
「よし」
勇者がパチンと指を鳴らすと、氷の竜巻は消え失せ、氷塊にまみれた屋敷だけが取り残される。そしてムカつくのは、それを見た私達の反応を確かめるかのように、イチイチこちらを振り向いて顔を見渡してくる事だ。
(そんなに自慢したいのかよ……)
私はあいそ笑いを返しながら、心の中で勇者に毒づいてやる。
部下を集めてやたら昔の手柄を自慢したり、わざわざ大勢の前で怒鳴って叱りつける事で自身の力を誇示する連中がいるが、この勇者のメンタリティはそれと大差ない。己を誇示する手段が魔力に置き換わっただけの話だ。
だいたいコイツは、自分で起こした火事を自分で消してみせただけなのだ。
「お見事です山並様。
それじゃあ、今度はスライム退治の依頼でも受けましょうか。まずは弱い魔物を相手にして、低ランクの魔法から順に威力と特性を試してもらうのが近道でしょうから」
「アリスも、さんせーい!」
マリアさんのその提案に従い、私達はゴースト退治の不手際の報告と、新たにスライム退治の依頼を受けるために、台無しになった郊外の一軒家を後にするのだった。
* * *
「もう嫌になるわよ、あの馬鹿勇者には!」
バー”夜の足跡”のいつもの席で、私は今日も酒を片手に愚痴をこぼしていた。窓から差し込む月明かりが、グラスの中を泳ぐ酒を金色に輝かせている。
「また勇者の話かい?」
今日も私の酒の相手をしてくれているのは、田舎からワーシールの都に出て来た貴族の八男坊アラン。
切れ長の目に金色の髪、適度に筋肉質な体で、貴族らしからぬ垢抜けた赤いジャケットを羽織っている。彼に会うだけで、あの勇者によって削られた私の精神が癒されていくようだ。
「だって、今日なんて危うく焼け死ぬところだったのよ、あたし達ぃ~~!」
私はわざと口を尖らせ、彼の太い腕に手を伸ばして甘える。
実を言うと、このアランについては、付き合い始める前に盗賊達の情報網をフル活用して、その身元や素行を調査済みだ。
フルネームはアラン=ドッシュ。実家が豊かな地方貴族であるが故に生活には困ってはおらず、金銭トラブルの心配はなし。浮いた噂が常に付きまとう遊び人だが、一度に複数の女性とだらしなく夜の関係を持ったり、娼館に通いつめてる様子もなく、性病をうつされる可能性も低い。女性との派手なトラブルを起こした事もなければ、女に手をあげた事もない。
遊びで付き合う男としては、これ以上ない優良物件だ。
「それは俺も困るな。ローザが無事で本当に良かったよ。
怪我とかしてない?」
優しい言葉と共に、彼の香水の匂いが鼻孔をくすぐる。
誰彼構わず遊んでいる男の発する複数の香水が雑に混ざった下品な香りではなく、センスの良いスッキリとしたほのかな香りだ。
(流石に良く分かってるわね~~)
私も自分の臭いには人一倍気を遣っている。相手の臭いが気になり始めると愛情も冷め関係が終わってしまう事が多いし、冒険者なんてしてるとモンスターの臭いが知らず知らずのうちにうつってしまっている事も多いからだ。女性は特にデリケートゾーンの臭いに要注意だ。
「うん、大丈夫。
もし怪我しても、マリアさんが魔法で治してくれるし」
「そうか、良かった。
それにしても、勇者の力ってのは凄いものだね。俺も魔法は使えるけど、とてもそんな真似はできないよ」
「いいのよアランは、魔法が使えなくったって、こんなに素敵なんだから。
それにしてもあの勇者、男として……というか、人間としてどこまで駄目駄目なのかしら」
魔物を倒す力は一流でも、勇者の男としての価値はゼロを通り越してマイナスだ。最近では、顔を合わせるだけで気分が悪くなってくる。
それに比べ、アランのなんと紳士であることか。あのバカに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ!
「でも、その勇者がおかしな奴で助かったなぁ」
「え?」
「だって、ローザが前線に行かずこの町に残っているのは、そいつのおかげなんだから」
「バカ……」
私は体を斜めに傾けて、アランの肩に身を預けた。
「さ、勇者の話はこの辺で止めにしようぜ」
「……うん」
肩をやさしく抱いてくれる彼の言葉を受け入れ、私は素直に頷いた。
私のストレス発散のためとはいえ、アランには勇者の愚痴にいつも付き合ってもらって、正直悪いと思っている。毒を吐いている自分はよくとも、それを聞かされている方がいい気分になる事などありえないのだから。
「ねぇ、アランの方はどうだったの? 久しぶりにお父様とお会いになったんでしょ?」
「いつもの通りさ。親父は兄貴達にしか興味ないからな。
”ワーシールに住んで長いんだから、少しは家に貢献してみせろ”なんて言われたけど、要するに、”面倒だから俺に手間をかけたくない”って事なんだろうぜ」
以前からアランはドッシュ家内で肩身が狭く、自分の居場所がないと感じていた。だから豊かな領地を一人で飛び出し、都会のワーシールで自由気ままな生活をしていたのだが、もうそろそろ実家から自立を促されはじめて苛立っているようだ。
事情を知らない者にはもっともな事に思えるかも知れないが、自立と言っても、ワーシールになんの伝手(つて)もない地方貴族のお坊ちゃんにとってはハードルの高過ぎる話だ。アランが焦るのも無理はない。
「ねぇ、盗賊達の噂でいい儲け話を聞いてるんだけど……、お父様を見返してみる気はある?
ドッシュ家の人間が協力するのであれば、相手にとってもメリットが十分にある話だから丁度いいと思うんだけど……」
「それ本当かよ、ローザ!」
私の出した助け舟に、アランはすぐに飛び乗って来た。
「魔王軍との戦いの影響で、ワーシールでも一部の商品が手に入りにくくなってきてるでしょう。でも、このままいけば近い将来に不足する商品は、”一部”どころでは済まなくなるわ。
だから目先の効く商人達の中にはこれをチャンスと捉え、今のうちにこれから不足しそうな商品とその搬送ルートの確保に躍起になってる人もいてね、ドッシュ家の領地で栽培してる作物にも目を付けているのよ」
もし首尾よくワーシール商人との人脈が築けたなら、アランも将来の憂いを吹き飛ばせるだろう。
「なるほど。それで、その商人の名前は?!」
「うふふ、それは今夜のベッドの中で、詳しく教えてあ・げ・る」
彼のたくましい胸に、指を這わせながら上目遣いにアランの顔を見上げると、彼は胸に這わせた指を、その上から優しく握り返してきた。
「いいのかいローザ、そんなに頻繁に朝帰りを繰り返しても?」
「大丈夫よ。あの勇者は鈍感だし、うちのパーティに女盗賊の火遊びを咎める人なんていないから」
”夜中の内にワーシールの盗賊達と情報交換してくる”とでも言えば、勇者はまるで私の事を疑わない。
元々冒険者ワンダは女盗賊がどういうものかよく理解してるから、私の男遊びは放任するし、世間知らずのアリスは男女の関係など分からない筈だから論外。
マリアさんは薄々勘付いているのだろうが、勇者を狙うライバルが減るのであれば、むしろ大歓迎。邪魔をされる心配などない。
それにアランと過ごせるタイムリミットは、あと3週間を切っているのだから悠長にしている暇もない。それを過ぎたら私はワーシールを離れ、勇者と共に魔王軍との戦いの最前線に赴かなければならないのだから。
「さ、行きましょ」
バーを出た私達は、今宵限りの愛の巣を目指し、寄り添って町を歩き始めていた。
* * *
「ファイヤーー!!」
掛け声と共に勇者が腕を振り下ろすと、掌から勢いよく炎が飛び出した。草原を腐食して喰らい尽くしていたスライム達は、その炎によって一直線に貫かれ、黒い炭へと姿を変えていく。
ドゥッ!
炎はそのまま大きな岩に激突し、丸く穴を穿つようにそれを溶解させていく。
「いやぁ~~、またやっちゃったかな。
俺は魔力が強すぎるから、最弱の魔法でも少し加減しなければならないようだ」
後ろ頭を掻きながら笑顔を振りまく勇者を、私は睨む。
(わかってるなら、最初っから加減しろよ馬鹿! 絶対わざとやってるだろオマエは!!!)
この勇者は、私を苛立たせる天才にちがいない。
そもそも無詠唱魔法ができるなら、”ファイヤーー!!”なんて叫ぶ必要はない筈だ。わざわざ気合を入れて大声で叫び、自己主張しながら最大出力で魔法を使ったのが分からないとでも思っているか? オマエが魔法を撃ち出す時に、あんなに勢いよく腕を振りかぶったのを、私は初めて見たぞ!
だいたい、少し炎の軌道が逸れたなら、今度は隣の林が火事になっていたというのに、なーにが”やっちゃった”だ! 無責任にもほどがある!
「きゃーー、お兄ちゃんすっごーーいっ! こんな魔法見た事ないよーー」
それがアンタの素直な感想なのかもしれないが、この勇者を甘やかすのは勘弁してくれアリス。むしろコイツには本気で反省してもらわねば困るのだ。
(とはいえ、あたしが口を挟んだら角が立っちゃうわよねー。アリスは名門貴族のご令嬢だし、勇者に魔法を教えるのはあの子の領分なんだし……)
私は助けを求めようと、同じく魔法教育係のマリアさんの方にも視線を送ってみたのだが……。
「流石ですわ山並様。魔力の制御なら私にも心得がありますので頼ってくださいね」
私は思わず額を掌で押さえ、天を仰いだ。
(ああ、マリアさんまで……もう駄目かもしれない、このパーティは……)
得意げな笑みをたたえる勇者を横目で眺めながら、私は更なる不安と苛立ちを胸に募らせていた。
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