第3話 俺は目立ちたくないのに!

「なぁ、マリア、ローズ。町では”勇者様”って呼ばないでくれないか」


 そう勇者が提案したのは、私が城に呼ばれた翌日、町の冒険者ギルドに向かう道すがらの事だった。


「別に構いませんが、いったいなぜ?」


 マリアが小首をかしげている。


「勇者だとバレると人目を引くだろ。目立ちたくないんだよ、俺は」


(なに言ってんだコイツ?)


 それが正直な感想だった。

 赤紫の鎧をまとった肌も露わな赤毛の女戦士、サラサラと青髪をなびかせて歩く金の大杖を持った女僧侶、オレンジのフリフリ付きローブを纏った金髪魔女っ娘、そしてそれを引き連れて歩く冴えない猫背の男。しかも勇者が身に着けている剣も軽鎧も特注品だ。

 さっきから周囲の目が痛いのに、この勇者は気づいてないのだろうか? 目立たないのは灰色のシャツとズボン姿の私くらいのものなのに。


(あたしは新品ショートソードですら、目立たないように工夫してんだぞ。バッカみたい)


 私は自分の腰から下げた、白いショートソードに目をやった。こいつはお城で貰った高級品だが、昨夜の内に鞘を汚して人目につきにくいくすんだ色合いへと変色させておいたのだ。盗賊が目立っては、本末転倒なのだから。


「……あ、では、これから山並様とお呼びしますね」


「じゃあ、私もそういたします」


 呼び名に関しては、マリアさんの案に私も乗っかる事にする。こんなもん、自分で考えるのも面倒だ。


「山並”様”か……ちょっと照れくさいけど、それでいいよ」


(へ……???)


 それならアリスに”お兄ちゃん”と呼ばれているのは照れくさくないのだろうか、この勇者は? 実の兄妹でもないのに。

 あっさり納得してくれたのは面倒がなくて助かるのだが、私はそこが釈然としなかった。



         *      *      *



 冒険者ギルドに入ると、すぐに好奇の視線が私達に注がれた。およそ冒険者とは思えないひょろい男が、美女を4人も引き連れて入ってきたのだ、無理もない。


「じゃあ、大児の冒険者登録と依頼の受注は俺が済ませてくるよ」


 ワンダは、ギルド奥の受付カウンターを顎でさした。


「え? 俺の冒険者登録するんだから、俺が行かなきゃ駄目なんじゃないのか?

 ほら、冒険者としての適性試験とか、能力測定とかあるんだろ?」


 勇者の言う通り、普段であれば最低限の適正くらい確認するものだが、今回はいつもと事情が違う。


「城からの推薦状があるんだ、そんなもん必要ねーよ」


「あ、ああなるほど、そうか……、そうなのか」


 ワンダの言う事に、なぜか勇者は不服そうだ。


「みんなは、空いてる席を探して待っててくれ」


 見渡すと、私達の周囲には受付待ち用に置かれた机がいくつも並べられており、その半数近くが空席だった。このギルドには軽食を注文できるカウンターも別に用意されており、それを食べながら暇をつぶしている冒険者もいくらか見受けられる。


「よぉ、久しぶり」


 ワンダはこのギルドでは顔見知りが多いらしく、近くの冒険者達に声をかけながら受付へと向かって行ってしまった。

 それにしても、ワンダの姿を見て見咎める者が誰もいないという事は、彼女は普段からあの派手な格好で冒険をしていたのだろうか? いやもしかすると、冒険者として名を売るために、ワンダはあえて目立つように心がけているのかもしれない。


「あ、そこの席が空いてるぜ」


 そう言って勇者が奥の席に向かって歩き出すのと、手前の席の男が行く手を遮るように足を出すのはほぼ同時の事であった。

 私は普段、誰彼構わず喧嘩を売るようなゴロツキ冒険者の味方はしない。けれど今回は勇者の悪目立ちが過ぎたのだ、目を付けられるのも当然と言わざるを得ない。


(目立ちたくないって言っていたし、あんな安い喧嘩を買うようなバカな真似は流石にしないわよね……)


 私の心の声は、その直後の勇者の行動によって裏切られる事となる。


ドカッ!


 勇者はなんと、助走をつけて男の足を蹴り上げたのだ。男は悲鳴を上げて足を押さえ、机の下を転げまわり、立ち上がる気配もない。


(折れ……)


 私がいの一番に心配したのは、男の足の事だった。鎧を軽々と切り裂く馬鹿力で蹴り上げられたのだ、ただで済む筈がない。男は足の脛に鎧を付けていたが、それが大きく凹んでいる事が、遠くからでも一目で分かる。

 男の悲鳴を聞きつけたギルドの冒険者達が、既に私達の周りに人垣を作り始めている。


「何しやがるテメェ!!」


 男と同席していた二人の仲間、そのうちガタイの優れた方が勇者の胸倉を掴む。


バキィ!


 が、即座に勇者の拳が顔にめり込む。


(が……顔面……)


 足ならばまだ怪我で済む、だが顔であれば命にも関わる。現に殴られた男は、胸倉を掴んだまま力なく勇者にぶら下がっている。最悪の事態が私の頭をよぎり、心臓の鼓動が高まっていく。


(なにが”目立ちたくない”よ! 今おまえがやってるそれは、女の前でいきがるチンピラと変らないじゃないかっ!)


 心の叫びとは裏腹に私の頭は想定外の事態を処理しきれず混乱し、一歩足を踏み出す事も、咄嗟に叫ぶ事さえもできなかった。

 私の気も知らず、勇者は意識もなく自分にダランとぶら下がる男にむかって、再び拳を振り上げている。


「や、止め……」


 私はかすれた様な、その声を発するのがやっとだった。


「何やってんだよ大児!」


 それはワンダの声だった。彼女は周囲の人垣から飛び出して勇者の腕を掴み、それを振り下ろすのを阻止している。


「拳を下ろせ大児! そいつ死んじまうぞ!」


「あ、ああ……」


 ワンダの気迫に押され、勇者は腕の力を抜いて拳を開いた。


「ま、マリアさん! 傷の手当てを! 早く!!」


 私はすぐに振り向いて、マリアさんに向かって叫ぶ。彼女は青い顔で唖然と立ち尽くしていたが、私の声ですぐに正気を取り戻したのだろう、勇者に掴みかかった男に駆け寄った。マリアの後に続いて男に駆け寄ったアリスは、その顔を覗き込んで怯えた表情を浮かべている。

 マリアさんによって、すぐに男は勇者の胸から引き剥され、床に寝る事を許された。


「お、おいあんたら! この始末どうしてくれんだよ!

 ちゃんと落とし前は付けてくれるんだろうなっ!」


 男達の最後の仲間が、騒然とするギルドに響き渡るように大声を張り上げる。


「あ”あ”!? 普段から周囲に喧嘩を売りまくってるからそんな目に合うんだろうが!

 命があっただけ、ありがたいと思いなっ!」


 私はドスの効いた声で男を威圧するついでに睨みつけ、腰に下げていたショートソードを引き抜いて机に突き立てた。

 こういう手合いに下手(したて)に出てはだめだ。例え自分達に非があったのしてもゴロツキ相手にそれを認めたら、弱味に付け入られるだけなのだから。

 幸いな事に、勇者に殴られた男もマリアの回復魔法で息を吹き返し、意識も取り戻していた。


「おい! さっき受けたスライム退治はキャンセルだ! 隣にあったオーク退治の依頼に変えてくれ!」


 ワンダが受付に向かって叫んでいる。


「ええー、スライム退治がいいのにぃ」


「バカ言うな! 早いとこ大児に自分の力を自覚させないと、大変な事になるぞ!」


 アリスはそれ以上わがままを続けなかった。いくら彼女でもこの惨状を目の当たりにしては、ワンダの言葉に従わざるを得なかったのだろう。

 ふと騒ぎの張本人である勇者の方に目を向けると、うつむいたまま何かを呟いていた。


「まいったなぁ、目立ちたくなかったのに……」


(こいつ……!!)


 その小さな一言は、私を苛立たせるに十分なものだった。



         *      *      *



 町近くの森に出没したオークの群れを目の前にして、勇者は及び腰だった。

 尻を突き出した姿勢から放たれる、文字通りへっぴり腰のみっともない剣。しかし、それに触れたオークの身体は容赦なく裂けていくのは流石と言うべきか。彼の持つ勇者としての力、それだけは間違いなく本物なのだ。


「なにやってんだ大児! そんなみっともない剣の振り方を教えた覚えはねーぞ!」


 ワンダがオークの棍棒を受け流しながら叫ぶ。


「そんな事言ったって、いきなりこんな大きなモンスターの相手なんて!」


 ワンダに答える勇者の声は裏返っている。

 オークは豚の顔を持つ、3メートル近い亜人種だ。力が強く、1対1で戦える冒険者すら数少ないのだが、この二人なら問題はないだろう。

 勇者の怪力は桁外れだし、ワンダの大斧を操る技術も人並みではない。オークは勇者に力負けして斬られ、ワンダには隙を突かれては斬られていく。


「ひまーーっ! つまんなーーい!」


 アリスが退屈して駄々をこね始めるが、この戦いには私やマリアにだって出る幕はない。


「これで最後か……」


 逃げ出そうとした最後の一匹を背中から切り裂いたワンダが、斧を背負いながらこちらを振り返った。

 森の広場の勇者は、剣をだらりと下ろし、肩で息をしながら立ち尽くしている。汗でクタクタになって頭に張り付いた髪の毛のおかげで、今は普段のだらしない頭の彼よりまともに見えてしまう。


「周りをよく見てみなよ大児」


 ワンダは周囲に血まみれになって転がる、十数匹のオークの群れを指さした。巨大なオークの身体には深い切り傷が生々しく、大量の血が地面に溢れて赤い池を作っている。


「これ、七割以上はお前がやったんだぜ。そんな力を喧嘩に使ったらどうなると思う?」


 それは器用に捌くワンダより、不器用に逃げる勇者の方が与しやすいと判断した結果だったのだろう。今の戦いにおいて、オークは勇者を集中的に狙っていたが、それが間違いであると気づいた時には既に半数以上がその怪力によって殺されていた。


「……わ、悪かったよ」


 周囲の惨状を数秒噛みしめた後、ワンダの問いかけに勇者はうつむいたまま、小さな声で答えた。ワンダはそれをフッと笑ってから、言葉を続ける。


「冒険に行ったまま帰らない奴が、たまにいるんだよ。

 そいつが普段どんなロクでなしでも、そいつに家族や恋人がいるとな、冒険者ギルドにやって来てわんわん泣くんだ。

 そんなの見たくないだろ?」


 勇者はワンダに向かって小さくうなずいてみせ、ワンダはそれに応えるかのように右手を力強く握る。


「だからな大児、喧嘩をする時はまず相手の家族と恋人の有無を確認するんだ! ぶっ飛ばすのはその後でも遅くはないっ!!」


「お、おぅ……」


 全てを台無しにする最後の一言には、無神経な勇者すら引いてしまっていた。

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