第10話 国交締結

西暦2031(令和13)年2月22日 日本国東京都 首相官邸


 この日、南原首相はテージア共和国から来訪してきたアントニア・ディ・ルムス大使と会談に応じていた。


「先のパルシア帝国の侵略に対する迎撃戦と、占領された地域の奪還作戦の勝利、お見事でした。そして同時に、戦闘で犠牲になった者達へ哀悼の意を表します」


「…」


 ルムス大使の言葉に、南原は小さく頷く。長崎と五島列島での戦闘の情報は公共放送を介して周知されており、右翼グループは『理不尽な侵略からの勝利だ』と喧伝している。これに対して普段であれば左翼が反発を見せるのだが、どう考えても日本側に不備は無く、ただ沈黙を続けるしかなかった。


「現在、我が国はパルシアと平和な状態にありますが、彼の国は未だに我が国への侵略の意図を隠そうとしておりません。法的な問題で我が国との軍事同盟は難しい事は理解しております。が、我が国は貴国の自衛のためになる手伝いをする事が出来ます」


「まず、我が国は石油を自給出来ております。如何なる強力な兵器であろうと、燃料が無ければ稼働出来ない上に製造や整備にも石油が必要となる。貴国に対してかなり低い値段で輸出出来る様に根回しをしましょう。鉄鉱石やボーキサイト等の金属資源も同様に、です」


 テージア側からの提案に、南原は生唾を飲み込む。現在日本は、国内油田の再開発とロシア連邦大使館との交渉によって、何とか石油をかき集めている最中であり、それでも完全な枯渇まで一年先送りに出来るかどうかというところであった。


「また、農業も盛んですので、こちらも格安で貴国に輸出致しましょう。全て、貴国が我が国と国交を結んで頂ければ叶います。如何ですかな?」


「…分かりました。明日、返事をお送り致しましょう」


 南原はルムスにそう答えた。この翌日、政府はテージア共和国と国交を結び、安全保障条約を締結する事を決定。どうにか新たな友邦を手に入れる事となる。


・・・


2月25日 千代田区市ヶ谷 防衛省庁舎


「我らはどうにか五島列島を奪還する事に成功したが、戦いはまだ終わったわけではない」


 上村統合幕僚長の言葉に、会議室に集う一同は頷く。自衛隊のやるべき事は終えた。だが相手は講和の動きを見せてきていない。テージア共和国の使者曰く、『彼の国は東方世界圏内にある国・地域を自国と対等な存在にあるとは見ていない』という。そしてパルシア帝国が日本を対等な国として捉えるためには、現状では平和な外交手段では通用しないという。


 テージア側からの忠告に対し、戦争に対して忌避感を抱く者は怪訝な表情を浮かべたが、使者は武力を用いた対外政策に最も苦い表情を浮かべたいのはテージア自身であると言った。曰く、ホットラインを築き上げるまでに20年の歳月と十数万の犠牲者を要したという。


「よって、ここからは我らの実力をはっきりと相手に見せつける。九州から西にあるフローティア島は、つい3か月前にパルシア帝国が占領し、東方進出の橋頭保になっているという。我らは現地の帝国群を排除し、直接的な圧力を見せ付けねばならない」


 上村はそう言いつつ、統合作戦司令部部長の天野あまの陸将に目を向ける。統合作戦司令部は統合幕僚監部の運用部を前身とする組織で、首相の補佐に忙殺される事の多い統合幕僚長の負担を軽減させていた。


「今回のフローティア島攻略作戦に投じる戦力は以下の通りです。まず陸自は陸上総隊隷下部隊を先発隊として派遣し、次いで第1・第2・第4・第7師団を投入。海自は第1・第4護衛隊群を投入して制海権を掌握します。そして空自ですが、第8航空団を中心に第2・第3航空団を西部へ展開。3個航空団で敵から制空権を奪取します」


 総数7万に上る隊員を動員した大規模作戦に、その場に集う多くが息を呑む。

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