第7話 反撃準備

西暦2031(令和13)年2月19日 長崎県佐世保


 佐世保の港に、十数隻の艦が集う。埠頭の上では公共放送に務める報道陣が、自衛隊の活動状況を撮影していた。


「こちらは海上自衛隊の佐世保基地です。現在、自衛隊は防衛出動に基づき、武装集団に占領された五島列島を奪還する作戦準備が進められています」


 リポーターの佐藤さとうはカメラの前でそう言い、ニュース番組で流されるであろうリポート発言を終える。そしてため息をつきつつ振り向く。現在この港に錨を降ろしているのは4隻の輸送艦で、ランプハッチを用いて陸上自衛隊の車両や物資を艦内へ運び込んでいた。


 東アジア大戦では北九州が弾道ミサイルの驟雨を浴びて大損害を得た様に、沖縄県も先島諸島や尖閣諸島が人民解放軍の強襲上陸を受けて一時占領された。自衛隊はこれを排除するために水陸両用作戦を展開したが、戦いは熾烈そのものだった。


 輸送艦を護衛する艦は敵との戦闘で弾薬不足に陥り、航空自衛隊も敵機との交戦で余裕を失っていた。さらに人民解放軍は装甲車両や軍用ドローンも現地に多数持ち込んでおり、水陸機動団は大きな負担と犠牲を強制させられたのである。


 戦後、水陸機動団はアメリカ海兵隊に範を取って独自に航空戦力を得るとともに、海上自衛隊も輸送艦艇の増強を決定。そうして建造されたのがみうら型多機能輸送艦で、いずも型護衛艦に比肩するこの巨艦は、兵員700名、車両60両、航空機20機を搭載して単艦で本格的な上陸作戦を遂行する事が出来る。そして今回、五島列島を奪還するべくおおすみ型輸送艦3隻も全て動員されていた。


 長崎市を占領するために展開していた敵軍の規模は大きい。となれば橋頭堡とされた五島列島にはその数倍はいる可能性も高く、しっかり念を入れて戦わねばならない。


「それにしても、こんなに派手に自衛隊が動いているというのに、市民団体は全く出てきてこないですね…沖縄も同様みたいですけど」


 カメラマンがぼそりと呟き、佐藤はため息をつく。


「貴方、確か入社4年目だったよね?詳しく知らないのも当然だけど、大戦後、政府はいわゆる『レインボーパージ』を行ったのよ。その中で一番打撃を受けたのは市民団体とマスコミなのよ」


 国際社会で今求められている事の逆をやるかの様な、虹色の主義主張を否定するかの様な行動を皮肉で表したそれは、メディアからは『戦前の軍国主義への回帰だ』という風に非難されていたが、国民の大多数はグローバリズムへの適合を言い訳にした左派勢力のやりたい放題に対する『裁き』だと見ていた。


 特に市民団体とマスコミは歪なイデオロギーを根拠とした狼藉を問題視され、多数が『公金の不正利用』や『個人情報の非合法な手段での取得と悪質なプライバシー侵害』の容疑で逮捕されていく様子は、政府の事実上の『粛清』であった。


「そもそも、今のこの国に個人で身勝手が許される様な余裕は無いわ。今はただ、視聴率よりも正しい情報を発信し続けるのみよ」


 佐藤はそう呟きながら、行政から厳しい審査を経て許可を得て来ている、デモ隊の方に目を向ける。市民団体のやらせではない、本当の抗議は、自分達の想像していたものよりも小さい。逆に言えばそれぐらい自衛隊の『罪』について真剣に考えている者はいないという事である。


「…今回の襲撃者は、明らかに殺意を向けてきていた。今更自衛隊の存在を否定など出来る訳無いものね」


・・・


「これよりブリーフィングを始める。今回の目標は五島列島上空の制空権確保だ」


 築城基地内部の会議室で、第8航空団団長の村上雄一むらかみ ゆういち空将補は映像を切り替えながら説明を始める。


「現在、地上通信施設を用いたUAVの遠隔操縦により偵察を行い、五島列島全域に敵が部隊を配置している事を確認している。我ら第8航空団は総力を以て強襲し、敵航空戦力を殲滅する。陸上自衛隊と海上自衛隊も支援をしてくれる予定だ」


「敵は、空中空母とも言うべき大型航空機と、対地攻撃能力に優れたUAVを多数有しています。地上からも同様の航空戦力が増援として上がってくる可能性が高いですが…」


「それについては心配無い。まず機体そのもののスペックが制空戦闘機としては低い。最高速度は時速700キロ、旋回性能は良いが上昇能力に難がある。ミサイルによるロングレンジ攻撃で対処可能だ」


 田代の問いに村上はそう答え、説明を続ける。


「今回の作戦には、第6、第7、第8飛行隊全部隊を投入する。5年前の東アジア大戦以来の大規模作戦だ。五島を踏み荒らした不埒な侵略者共を追い出すぞ!」


『了解!』


 ブリーフィングが終わり、一同は会議室を後にしていく。そして村上は、一人の女性自衛官に話しかけた。


宮野みやの三尉、今回の任務より、貴官には新型機が宛行われる事となる。ハンガーに向かうぞ」


 二人は会議室を出て、ハンガーへ向かう。そして内部に入り、天井の照明が点く。そして目に飛び込んできたのは、1機の航空機だった。


 そのフォルムは、かつてアメリカ空軍が開発していた〈YF-23〉試作戦闘機に似ている。そして塗装は赤・青・白の三色であり、防衛装備庁で運用されていたものである事が伺えた。


「〈XF-3〉試作戦闘機…イギリスやイタリアと共に進めていたグローバル戦闘航空プログラムGCAPが頓挫した場合の保険、ないし国産装備品の試験機体として試作されていたものだ。アビオニクスは〈ストライクイーグル〉の奴を流用しているが、戦闘能力に関しては全く不足は無い」


「…これで、戦闘に参加せよと?」


「ああ…塗装を塗り直す時間は無かった。ともあれ、貴官の腕なら生半可な対空砲火など回避出来るだろう。戦闘データを必ず生きて持って帰ってこい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る