第2話 機械仕掛けの衛兵

西暦2031(令和13)年2月15日


「治安悪化は避けられぬ状況であるとはいえ、最小限に留められたのは幸いだったな」


 福岡市郊外の緊急避難施設にて、警備と誘導を行っていた警察官の一人は呟く。その眼前には数千人もの市民の姿。


 中国と北朝鮮の狂ったかの様な弾道ミサイルとドローン兵器の大量使用により、九州北部の諸都市は甚大な被害を被った。幸いにも熱核弾頭は用いられなかったものの、戦争序盤に投射されたミサイルと、対馬海峡に展開していた貨物船の擬装コンテナより一斉発射されたドローンの数量は、九州北部の諸都市にウクライナ東部の惨状を再現するには十分過ぎた。


 戦後、大都市の地下鉄システムの大規模な改造と避難シェルター整備が復興計画の一部として盛り込まれ、数年かけてある程度形になってきたところに今回の異変である。インターネットがまともに機能しない状況下でデマの流布は避けられない事態であり、混乱も当然ながら頻発していた。


 だが、東アジア大戦当時ならまだしも、今の日本の治安維持組織には対応する手段があった。警察官の下に『1体』の人型のロボットが駆け寄って、人工音声で報告を上げる。


「報告します、この地区の市民は全員が避難を完了し、統制下に置かれています。少なくとも、これ以上の混乱は回避できるでしょう」


「フム…『ワーカー』様様、といったところか。まぁ、公務員は直ぐに増えない職種だしな」


 警察官はそう呟きながら、警護を行う十数体のロボットを見つめた。


 戦後、西暦2027(令和9)年に稼働を開始した『セナトゥス』が政府に提案した方策の一つに、最新技術による国家公務員の確保がある。少子化による人口減少に加え、国民の大多数の社会・政府への奉仕や貢献の意識が希薄化しつつある現状は、自衛隊はもちろんの事警察や消防といった、時に自らを危険に晒す国家公務員への志願者が減っていく事実を危惧した『セナトゥス』は、政治面の改革の必要性とともに、物理的な不足を解決する手段を求めた。


 その解答の一つが、『ワーカー』である。アメリカのベンチャー企業が開発していた人型ロボットをベースに、日本国内の名だたる企業群が共同開発したそれは、2030年時点で累計1万体が製造され、非常時の治安維持任務や夜間勤務に用いられている。日本独自に開発されたインターフェースで自律稼働する『ワーカー』は、映画でよくあるシステムの暴走を端とする反乱のリスクが危惧されたが、それは『セナトゥス』自身の国家に対する献身で払拭され、むしろ猛烈に批判していた者達が某国と共謀して政府転覆を目論んでいるとして手痛いしっぺ返しを被っていた。


「上層部からの情報では、1か月以内に事態終息の目途がつくらしい。寝ずの番は任せたぞ」


・・・


福岡県築上郡築城 航空自衛隊築城基地


 九州北部の防空を主任務とする航空自衛隊第8航空団は、福岡県の築城ついきに拠点を置く。そのブリーフィングルームでは、会議が執り行われていた。


「さて、任務の内容についてだ」


 ブリーフィングルームにて、第8航空団隷下部隊たる第7飛行隊の面々は隊長の田代たしろ二等空佐から説明を受ける。東アジア大戦後、北朝鮮は過去の存在となり、アメリカも中国の仕込んだ時限爆弾たる民族問題を起点とした内紛により、東アジア方面に対する影響力が低下。敗戦しても尚軍事力の回復と増強を進める中国に対抗するべく、新たに3個飛行隊の編制が行われた。


 その一つが、1977(昭和52)年に解隊され、それから半世紀ぶりに再編された第7飛行隊であり、この部隊は先の戦争で多くの機体を失った部隊と同様に、F-15EJ〈ストライクイーグル〉戦闘攻撃機を保有していた。この戦闘機はアメリカや韓国が有するものと異なり、日本国内でライセンス生産され、レーダーや武装も国産のものを使用している。何より主翼の設計を大幅に変更しており、最大4発の空対艦ミサイルを搭載する事が出来た。


「今回の任務は、五島列島に対する強行偵察任務だ。現在、五島列島は未知の武装勢力に強襲され、占領下に置かれている。その現状を把握するのが、我らに課せられた今回の任務だ」


 2月13日に突如として襲撃を仕掛けてきた謎の武装勢力。これが五島列島に対して襲撃を仕掛け、現地を占領したという情報は、自衛隊上層部と政府に大きな混乱を引き起こしていた。その真偽を探る事が必要だった。


「今回、我が国は想定外の連続に見舞われている。一刻も早く状況を把握し、この国に平穏を取り戻すんだ」

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