第1話 混乱の始まり

西暦2031(令和13)年2月12日 日本国長崎県五島列島沖合上空


 海上自衛隊所属の〈P-1〉対潜哨戒機は、九州から北西の方角、五島列島沖合上空を飛行していた。


 台湾と北九州、そして韓国といった東シナ海に面する地域が『東アジア大戦』にてミサイルとドローン兵器の跳梁で壊滅し、戦後も国体と核戦力を維持し続けていた中国が潜水艦戦力の増強を押し進めていった結果、海上自衛隊の航空機部隊である航空集団は大幅な戦力増強を行った。長崎県大村市の飛行場拡張に伴って再編された第3航空群はその一つで、対馬海峡周辺の哨戒を強化するべく10機の〈P-1〉が配備されている。


 単なる偵察飛行であれば、アメリカのMQ-9B〈シーガーディアン〉無人哨戒機の方が便利ではあるが、現在はそうはいかなかった。その理由は極めて単純なものであった。


 2月11日の深夜、突如として人工衛星との通信が全て途絶し、日本全土を混乱が覆った。政府は直ちに緊急事態宣言を発令して混乱の収束に取り掛かり、同時に自衛隊と海上保安庁に対して周辺の状況把握を指示。稼働できる全ての航空機と艦船を用いて調査を実施する事としていた。


「どうだ、異常は見受けられるか?」


「いや…至って普通だが…それでもGPSが使えない状況は大変だ…」


 〈P-1〉の機内で、機長と武器員はインカムで会話を交わす。とその時、レーダーに反応が現れる。それを確認しようとしたその時、激震が機体を襲う。


「っ、何事だ!?」


「こ、攻撃を受けました!左翼に被弾!」


 報告を受け、機長は直ぐに目前のヘッドアップディスプレイを確認する。確かに左翼のエンジン1基にエラーの表示が躍っていた。


「直ぐに燃料供給を停止する!くそ、何が起きたってんだ…!」


・・・


日本国東京都 首相官邸


『早速面倒な事が起き始めたみたいだな』


 首相官邸の閣議室で、ノートパソコンを依り代に『出席』している『代行者』はそう呟き、南原総一朗なんばら そういちろう首相は複雑そうな表情を浮かべる。


 血筋というものが悪しき旧弊として忌む様になった21世紀の日本にて、政治家の名家たる南原の名は、稀有にも高い信頼を持っていた。高いカリスマと知名度によって政治改革に臨んだ父の背を追う形で政界に足を踏み入れた彼は、当初は『親の七光りで来た若造』、『顔がいいだけの自由党のお飾り人形』などと嘲笑されていたが、『東アジア大戦』前後での政治的な動きの中で真価を発揮し、こうして大戦後の首相として日本の立て直しに奔走していた。


「『セナトゥス』からのシミュレーション結果と『使者』の提言のおかげで、何とか早期に対応する事が出来ましたが…問題はここからです。先ず海自の哨戒機が未知の航空戦力に襲われ、機体が損傷。五島列島にも大きな被害が出ています。また、九州が危険に晒される事となります」


『それはもう把握している。すでに長崎と佐賀、熊本の3県に対して対応策を提案している。後は、首相がやるべき事をやるだけだ』


 『代行者』の言葉に、南原は小さく頷く。そして矢口と外務大臣が近寄り、話しかける。


「…どうやら、『使者』が外務省に到着した様だ。接待を頼む」


『承知した。ともかく今、矢口達は国内の混乱を鎮めるのを優先するべきだ。でないといつ暴徒が『セナトゥス』に押し入って来るか不安でたまらない』

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